第16話 敵対心と信頼心



 シャルに殴られたところをさすりながら立ち上がり、魔王の娘と向き合う。


「んで、交渉は成立でいいのか?」

「うん。いいよ。ただ、そっちの敵対心が剥き出しな子の意見はいいの?」


 そう言った魔王の娘の視線の先にいるシャルはいまだに杖を構えて睨んでいる。


「……まあ、無視でいい。あんたに戦う気がないのはわかる。それよりもアリアの方が気になるからな」

「ふーん。仲間思いなんだね。……ちなみに白髪の子はトラウマで精神崩壊しているだけだから、もう魔法とかは関係ないからね」

「……なるほど。あんたの目は一瞬だけ過去をフラッシュバックさせる能力なのか」

「……よく気が付いたね」


 魔王の魔眼。娘はそう言って目を赤く光らせた。そのタイミングで目を合わせたアリアは過去のトラウマをフラッシュバックさせて崩れ落ちてしまった。


 気が付いたのはアリアが走り始めてすぐに崩れ落ちてしまったところだ。幻覚を見せるにしては崩れ落ちるのが早すぎる。


 それにシャルの悪夢を見せるという言葉も引っかかった。幻覚を夢と結びつけられはするが、夢は過去の記憶から作り出されたものだ。だから、見せたのは嫌な記憶のフラッシュバックだと思い付いた。


 ……まあ、フラッシュバックさせたトラウマが何かはきっと魔王の娘もわからないだろう。


「シャル。アリアを助ける方法はわかるか?」


 俺はアリアに近づき彼女の正面に屈んだ。彼女は俺のことには気が付かず、肩を抱いて震え続けている。


 こんなになってしまうほどの過去を持っているとはあまりに思えなかった。普段のアリアは明るくて人当たりもいい。だから、こんな風になるとは思わなかった。


「……一度、魔法で眠らせてしまえば大丈夫だと思います」


 シャルもアリアに近づいてきて、彼女の背中に手を添えた。そして、添えた手に小さな光の粒が舞い始める。


「……スリープ」


 そう言った後にアリアはふっと気を失うように前に倒れ込んだ。それを受け止めて表情を見ると安心する。


「なんとか大丈夫そうだな」

「ええ、そうですね」


 シャルは浮かない表情のままで口をキュッと引き絞ると、目を細めて立ち上がった。その視線の先は魔王の娘がいて、娘はシャルの表情に妖しく口角を上げた。


「あなたの能力は魔王城で経験しました。……とても嫌な能力です。そんなあなたが何故彼に一緒に暮らしたいなどと言うのですか?」

「別に〜。平和に暮らしたいだけ」

「……平和に? そうですか。それならば私はこの人に任せますので、私は私であなたを疑わせていただきます」


 シャルは俺に指を差して魔王の娘を睨んだ。


「……好きにどうぞ」


 魔王の娘はそう言って小さく笑った。



 ✳︎✳︎✳︎



 地下施設を破壊する。では、どうやって破壊するのか。そんなものは、爆☆裂なんて派手な方法はできない。そもそも上には村の教会があるのだから爆発なんてしてしまえば教会ごと崩れ落ちてしまう。


 だから、地下施設の解体も俺ら冒険者の仕事。俺はバールを片手に施設の器材や棚を破壊していく。


 めちゃくちゃ体力使うし、手が痺れて感覚がなくなってくる。……やばい。


 力仕事は男がやること。それならばシャルやアリアはどうしているのか。


 アリアは精神崩壊の影響でお休み。本人は恥ずかしいと部屋に閉じこもっている。……まあ、あんな姿を見た後だから休んでいても文句はない。


 シャルは真面目に魔法で鎖を操って地下施設を解体していた。……その魔法を俺にも教えてほしい。


「……あなた、この依頼から帰ったらどうするのですか?」

「どうするって何がだ?」

「魔王の娘と暮らすという話です」


 解体作業中にシャルから話しかけられる。


「別にどうもしないだろ。俺と同じ宿を紹介して終わりにするつもりだ」

「意外と素っ気ない対応するのですね。もっと手取り足取り、と言いますか……手を貸すのかと思ってました」


 そう言われて考え込む。一緒に暮らすと言われたものの俺自身がどう言った意味なのか考えてなかった。


「あんたが思う暮らすってどうなんだ?」

「どうと言われても……。一緒に食事や寝たり遊んだりするようなことだと思ってますが……」

「あー、なるほどな。言われてみるとそうかもなー。それぐらいした方がいいのか?」

「……それはあなたの勝手だと思います」


 そう言ったシャルは再び解体作業に戻り、俺もバールを片手に作業に戻った。


 シャルに言われるまで深く考えていなかった。一緒に暮らすことに魔王の娘は何の意味を込めて話していたのだろうか。


 魔王の娘は俺らと会った後から姿を見せていない。最後に顔を合わせた時は自由に探索してくると言っていた。


 自由人なところから深く考えて発言をしていないように思えるが、魔族の王様を務めた者の娘だ。彼女の発言を深く考えを巡らせずにいるのは無理だろう。


 よくよく考えると面倒なことになってしまっている。……まあ、考え過ぎてもしょうがないだろう。


 バールで破壊しては土魔法で補強しを繰り返して作業を進める。区切りのいいところで今日の作業を終えるとシャルと一緒に帰る。


 夕方、沈む夕日を背中にして影で表情もよくわからないまま並んで歩く。


 埃っぽくなる作業をしていただけにお風呂屋に寄って帰ることになったが、勇者一行は顔を見せると厄介ごとに巻き込まれると言っていたことを思い出した。


「なあ、風呂屋で顔を出すのはいいのか?」

「おそらく大丈夫でしょう。アリアも顔を出しているのに何も言われていませんし」

「でも、あんたはフードのままなのか」

「日頃から心掛けていることは継続するべきですから」


 素っ気なく答えていくシャルに出会ったときよりも会話が増えたと思う。あのときは無視しかされなかったからな。


「あなたは本当に魔王の娘と暮らすのですか?」


 珍しくシャルから話しかけてくる。


「またその話か? たぶんそうすると思うぞ」

「あなたの強さは知っていますが、魔王の娘と過ごすのは危険だと思います。私たちは彼女の企みも何も知らない。推測すらできていません。それなのに無謀な約束は私たちに利益がありません」


 シャルは一応心配して話してくれているのだろう。長々と理屈を捏ねているが、これでも同じパーティだから。


「まあ、危険だよな」

「そうです。今からでも約束を取り消して……」

「でも、知らないなら知ってみてもいいんじゃないか?」

「……」


 俺は口角を上げてシャルを見る。陽の影になった顔が見えているのかわからないが、余裕があるように見せる。


「魔王の娘の考えなんて何も知らない。だから、話してみて知るのも手だよな。話したくなさそうなら、今は見守って普段はどう過ごすのか聞いたりして仲良くなればいいさ」


 俺は何事もなく言い切る。意外と真面目な回答になったのではないだろうか。そう思っているとシャルのため息が聞こえる。


「友達もおらず、一人で依頼を受けていた人が何言っているのですか? 説得力がありませんよ」

「ど正論でぶん殴ってくるなっ! 言われてみれば俺に友達はいないっ! 孤高にして至高存在だからなっ!」

「……そうですか。孤独にして孤立しているわけではないのですね」


 みんなから一歩引かれる存在なはず。一歩避けられている存在ではないはず。そうだよね? 大丈夫だよね?


 そんなくだらないやりとりをしていると夕焼けの空に黒い鳥のような影がいくつも現れ始めた。

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