第17話 悪魔の石像



 初めは小さかった影は徐々に大きくなっていき、目で姿がわかるまでになった。数は二十数体だろうか。


 大きな耳に角。獣のような口元に牙。人と同じような背格好にも関わらず、筋肉質で爪が鋭い。そして、大きな翼。全身が黒いことから異形なものだとわかる。


「なんだ、あれは?」


 今までに見た事がない。前世で言うところの悪魔のような姿をしている。


「あれはガーゴイルです! 普段は石像の姿で隠れている悪魔です! 近寄らなければ動かないのに、何故こんなところに現れているのですかっ!?」


 シャルは急いで杖を構えると地面を二回叩く。すると、地面から人の腕ほど太さがある鎖が飛び出してガーゴイルへ伸びていく。


 しかし、鎖はガーゴイルに届くまでに失速し、ガーゴイルよって弾かれてしまう。


「くっ……。さすがに届きませんか」


 シャルの魔法の後に俺らに気が付いたガーゴイルのうち一体がこちらへ近づいて話しかけてくる。


「ニンゲン……。お前のカオは知っている。……忌ま忌ましき勇者一行のオンナ。……シャーロット」

「……魔族に顔を覚えられているとは意外でした。魔族は人の領地も覚えられないと思っていたところなので」


 シャルは警戒しながらガーゴイルを煽る。


「サガシモノがあるからな。クロカミ、クロメのカイリ・シュバルツというオンナを知らないか?」


 ガーゴイルはシャルの言葉を気にする事なく尋ねてくる。


 黒髪、黒目と言われても思い出すのは一人の女性。ボーイッシュで二十歳前後だと思われる者だ。


「……オマエたちがわかるように言えば、マオウのムスメ。ソレを探している」


 ガーゴイルの言う者は俺らの知っている者であった。


「何故、わざわざ探しているんだ?」

「……連座だ。オウは失敗した。だから、国が滅んだ。だから、処する」


 連座。罪を犯した本人だけでなく、その家族にも罰を与えることだ。


 王は失敗した。そのことから勇者が魔王を倒し、魔族の国が滅んだことをだろう。


「国が滅んだのは王様のせい。王様の罪。だから、あんたたちは娘にも罰を与えるとべきだと言ってんのか?」


 気が付けば俺はガーゴイルに尋ねていた。いや、この魔族の真意は予想がついているのに確認していた。


 俺は手を握りしめる。先ほどまで作業をしていたため、指には各属性の魔石がついた指輪をはめている。


「そうだ。罪には相応の罰が必要だ。最も大切な者を罰するのが失敗したオウへの最大の罰だ」

「くっそくだらねぇなっ!」


 指輪に魔力を込める。赤は火。青は水。緑は風。黄は雷。橙は土。それぞれの色がついた魔石から小さく出てきては霧散する。


「あんたらは他者に国を任せておいて責任だけ押し付けるってのかよ! てめぇの国を任せられるやつに代表を任せて、滅んだら全部ソイツのせい。それでソイツの全てを奪い取るってのか?」


 俺はガーゴイルに怒鳴るように言うが、ガーゴイルは表情を変えない。そもそもガーゴイルに表情なんてあるのだろうか。表情が変化したように見えない。


「ニンゲン、言ってることがわからない。オウの責任は責任だ。身内まで責任を取れ。できないなら全うしろ。ホウリツだ。それがキソクだ」

「法律、規則か……。くだらない。本当にくだらない。お前はカイリ・シュバルツを捕らえてどうする?」

「……処罰する。つまりはコロス」

「はんっ! そんなんだろうと思ったわ」


 何があっても、誰かが死んでいい法律なんてあってはならない。余程の罪でなければ死んではならないんだ。


 人の命は重い。とても重い。


 人なんてものは簡単に死んでしまう。だからこそ、人の命は重いのだ。下手な突き飛ばしだけで死んでしまうことがある。それを重んじた方がいいんだ。


 きっと、それは魔族も同じはずだ。


「命は大切にするもんだ」


 誰かが死ぬなんて俺は嫌だ。誰かが傷つくなんて見たくない。そんなくだらない幻想なのだろう。


 俺が何か言って傷つけてしまうなら仕方ない。俺が離れていけばいいだけの話だ。でも、誰かが誰かを傷つけるのは見ていられない。


「だから、誰かを殺そうとしているお前らを見過ごすわけにはいかない」


 俺は剣を抜く。剣術なんて勇者一行のアリアにすら及ばない。それでも戦わなければいけないなら戦う。


 人が傷つく理由がくだらない理由であってはいけないんだから。


「ニンゲン。それはテキタイするということでいいのか?」

「さあな」


 ガーゴイルの視線が鋭くなった気がする。そして、こちらに向かって飛んできたので、俺は炎を剣に纏わせて飛んだ。


 そう飛んだのだ。剣から噴き出る炎を推進力にしてガーゴイルへ衝突するように向かっていった。


 一瞬だったように思える。その時間でガーゴイルの懐へ入り込むと胴を切るように横払いで剣を振る。しかし、ガーゴイルはそれを避けた。


「……カゲロウ」


 ガーゴイルは鋭い爪で俺を攻撃するが当たることはなく、俺の右横をすれ違う。そして俺は袈裟斬りで剣を振るうとガーゴイルの肩から腹下までを切り裂き、ガーゴイルを吹き飛ばした。


 さらに俺は吹き飛ばしたガーゴイルに炎の推進力で近づく。パッと見た感じでは切り裂いた傷はあまり深くないようだった。


 ……外皮が硬いのか。


 そう思い、剣に雷を纏わせる。そして、ガーゴイルに突き立てて、そのまま胸のあたりを突き刺した。雷の力により鋭さの増した剣はガーゴイルの硬い外皮を貫通し、ガーゴイルの背中まで貫いた。


「ぐはっ!! ……ニンゲン、オマエ、許されると思うのか?」

「許されるつもりはねぇし、あんたらの行動を許すつもりもねぇ」

「……ナカマがすぐにやってくる。……袋叩きだ」


 そう言ったガーゴイルは目を開いたまま生き絶えた。


 ガーゴイルから剣を抜く。その瞬間、空から異形の叫び声がつんざいた。


「一人で急ぎすぎです!」


 後ろからシャルの声が聞こえてくる。


「悪いな。厄介なことに巻き込んじまう」

「別にあれぐらいは大したことではないですよ。それに私は攻撃ができませんから、あなたがほとんど戦うことになりますし」

「そういえば、そうだったな。攻撃面はポンコツだったな」

「……あなたに言われると、事実でもムカつきますね」


 シャルとくだらないやりとりをしている間に二体目、三体目のガーゴイルがこちらに向かってくる。


 俺は地面に片手をついて魔法を発動させる。一本の土の柱が足元からガーゴイルに向かっていき、ガーゴイルはそれを受け止めた。


 もう一体のガーゴイルはシャルが発動した鎖の魔法により身動きが取れなくなっている。


 それを横目で確認すると、剣に炎を纏わせて推進力にして土の柱を駆け上がっていく。ガーゴイルの前まで来ると叩きつけるように上から下へ剣を振り下ろした。


 ガーゴイルは剣を両腕で防ぐが勢いを殺しきれずに地面に落ちていく。


 剣に纏わせる魔法を炎から雷へ変える。そして、天井を蹴り飛ばして地面に落ちるように、空気を蹴り、落ちていくガーゴイルへ向かっていき、剣を突き立ててガーゴイルの胸を突き刺した。


「……二体目」


 地面に着地しガーゴイルから剣を抜くと、次のガーゴイルを探す。


 周りを見回すと二体のガーゴイルが既に地面に鎖で縛り付けられており、シャルは他のガーゴイルの攻撃を鎖の魔法で弾いていた。


「うわー、つえぇー」


 あれで攻撃魔法が使えないのだから手加減しているのに等しい気がする。


「さっさと手伝ってくださいっ!」

「あいよ」


 シャルの言葉に返事すると、俺は雷の纏った剣で鎖で縛られているガーゴイルの急所を斬っていく。そして、シャルに近寄り、飛んでいるガーゴイルに斬りかかる。


 ガーゴイルに避けられ、剣は空振る。反撃を気にしてバックステップで距離を取る。しかし、ガーゴイルは距離を詰めてくる。


「……カゲロウ」


 小声で呟くとガーゴイルは何もない空間へ爪を振った。その隙を見て、俺は剣を横に薙ぎ払い、ガーゴイルに傷を付ける。


 よろけるガーゴイルの喉元に剣を返して斬りかかった。首はバッサリと弾け飛び、ガーゴイルの身体が倒れる。


「次!」


 再び周りを見れば、シャルがガーゴイルの一体を縛り終えており、俺はそのガーゴイルの急所を斬り、戦っているシャルに加勢する。


 俺にとってはギリギリの戦いを続ける。正直、しんどい。


「シャルー! ユウリー!」


 そんな時に遠くからアリアの明るい声が聞こえてくる。……幻聴じゃないか。勘違いしそうなほど明るい。


「わったし、さんじょ〜う!」


 目の前のガーゴイルの胴体を上下に斬り裂き、長い白髪を揺らしてアリアが現れた。赤い目をこちらに向けて微笑むと、次のガーゴイルへと向かって行った。


「すげーな」


 アリアの全身には風が舞っており、剣には圧縮された風を薄く纏っている。


 全身に舞っている風がアリアの動きを素早くし、剣に纏っている圧縮した風がガーゴイルの外皮を斬り裂くほどの斬れ味を作り上げていた。


 俺の場合は魔力密度の高い雷魔法を剣に纏わせないとガーゴイルの外皮は斬り裂けない。それを急所も狙わずに風魔法だけで実現しているのだ。


 残り十数体となったガーゴイルに対して、有利に戦いを進められそうだ。

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