第15話 地下施設と黒髪女性



 地下へと続く階段を降りる。階段の先は真っ暗なのでシャルに辺りを明るくする魔法を使ってもらった。


 階段を降り終えると目の前には一本の道。その両脇に謎の培養液が入ったカプセルがいくつも並んでおり、何かの研究施設のように思える。


「ん? というか世界観違いすぎないか?」


 俺の知っている限りでは、こんな何かを培養するカプセルみたいな近代的な機械はなかったはず。


 街の中にも見かけたことはないし、田舎の教会の真下にあるような施設ではないのはたしかだ。


「これは……魔族の施設……?」


 アリアがぽつりと呟いた。


「サンドリアの城にあった施設に似ていますね」


 アリアの言葉にシャルが反応する。俺には聞き慣れない言葉がある。


「サンドリアってなんだ?」

「サンドリアは地名のことだよ。そこにあるお城の施設に似ているの」

「……まあ、知らないのも仕方ないです。魔族がいた城。魔王城のことです」


 魔族が近代的な施設を作り出したのなら、今まで見かけたことがないのは理解できた。


「人間の街にこういう施設はないのか?」


 素朴な疑問にアリアは首を左右に振る。


「見たことはないかな。王都にならあるかもしれないけど、私たちでは入れない場所……、全く知らない所に作られていると思う」


 アリアは元商人。本人は否定するが行商として色々な地域を訪れていただろう。そのアリアが見たことがないというのだから、きっと人間の街に近代的な施設はなかったのだろう。


 唯一、似た施設を見かけた場所がサンドリアのお城。つまりは魔王城の中だ。


「……敵の方が発展しているのに勇者一行は魔王によく勝てたな」

「あはは〜、本当になんでだろうね〜」

「……私たちではなくて、クラトスが倒しましたからね」


 勇者クラトス。アリアとシャルを一行に引き入れ、魔王討伐への旅をしていた男の子の名前だ。


「勇者が一人で倒したのか?」

「うん。私たちがバラバラで戦っている最中にクラトスと魔王が戦ってたの。だから、駆け付けた時にはクラトスが魔王を倒した後だった」


 話を聞いていると、クラトスと他の勇者一行は分かれていたようだ。


 おそらくだが、『私が四天王が一人。私を倒してから進め!』『みんな、ここは俺に任せて先に進んでくれ!』的な展開が数回起きたのだろう。


 そして、最後に勇者だけが魔王のいる玉座に辿り着き、決闘。そして、勝利。


 まさに物語の定番だ。


 それが俺が冒険者になった日に行われていたと考えると自分が少しまぬけに思える。


 培養液が満たされたカプセルに挟まれた道を進み、一つの扉に突き当たった。


「今のところは何もなかったな」

「ええ。でも、スライムの発生条件は満たしていましたね」

「……地下だからじめじめしてるし、日の光も入らないね。それに、あの液体を水場って考えれば、ピッタリだね」


 シャルの言葉にアリアがスライムの発生条件を確認していく。


「つまり、リリムがスライムの発生原因じゃなくて、この場所が原因って言いたいのか?」

「そうですね。……もし、地上に繋がる道がもう一つあれば」


 そう言ってシャルは扉を睨むように目を細めた。


 この先に地上へ繋がる道があるかもしれない。そう思いながら扉を開けた。


 扉を開けた先は一つの部屋になっていた。本棚に試験管などの実験器具を保管する棚。紙やペン、実験器具が置かれた机。そして、机の前のイスに座る黒く短い髪の女の人。


「あなたは……魔王の娘」


 シャルがそういうと女の人は振り返り、その黒い瞳で俺らを見た。


「いらっしゃい。勇者一行」


 魔王の娘と呼ばれた女の人は、柔らかな声音に、嬉しそうに目を細め、艶めかしく笑う。


 シャルは杖を取り出し、アリアは剣を抜いて警戒する。それを見て、倣うように俺も剣を構えるが、相手はイスに座ったままで、戦う様子を見せない。


「あっはは! 魔王の討伐が終わって若手育成でもしてるの? 戦いは終わったって言うのに」


 魔王の娘は俺の様子に気が付いて、シャルやアリアが育成係だと勘違いしたのだろう。だから、最後の言葉は皮肉を言っている。


「あなたはここで何をしていたのですか?」


 シャルは魔王の娘の問いに答えず、質問した。


「……ま、いいか。私はここでコーヒー飲んで研究資料を読んでいただけ。それ以上も、それ以下もないかな」

「それだけなはずないですよね。スライムの何を研究していたのですか?」


 シャルの言葉はブラフだ。この研究施設が何を研究していたのかなんて知らない。魔王の娘から実際に研究の内容を聞き出すための口実だ。


「ごめんだけど、私、ここで研究してないよ。残念ながら前任は死んで後任もいない。そんな研究施設でコーヒー飲んでるだけ」


 その様子に嘘をついてるように見えない。だから、信用しようとはならないが、戦う意思がないのはわかった。


「その手に持ってる研究資料はなんだ?」


 俺が訊ねると魔王の娘は意外そうな表情を見せた後に紙を摘んで流し読む。


「スライムの形態変化の実験だね。基本的には真ん丸な球状のスライムが地面に付くと頭部と臀部が潰れて横から見ると楕円形に変形する。その形態変化から複雑な形状に変形できるのかを検証して実験を繰り返しているレポートだね」


 聞いていると頭が痛くなるような内容だ。ただ、この施設はスライムを対象にした研究施設だとわかった。


「それより同じ魔物相手に魔物が実験しているのか?」

「……君は倫理観でも気にしている?」

「ああ、人間も人間を実験対象にするのは禁忌になっている」


 この世界にと禁忌行為がある。魔法で金を使ってはいけない。人間を作ってはいけない。その他などなどである。


「あー、なるほど。そうしたら、魔族が魔物を実験対象にするのは倫理的に曖昧なんだ」

「魔族と魔物は別の意味なのか? 同じ仲間じゃないのな?」

「うーん、難しいなあ。君は勇者一行じゃなかった。だから、若いと思ってたけど、なぜなぜ期の子供だとは思わなかった」


 まるで幼児期の子供扱いに思わずムッとしてしまう。


「人間に例えよう。人間が動物に対して実験するのはいいこと?」

「それは色々とあるかもしれないけど問題ないと思う。だって、動物だし」

「それと同じことなんだよ。魔族が魔物に対して実験するのは問題ないよ。だって、魔物だし」


 そう言って凪のように微笑む魔王の娘が、俺が言ったことと同じようなことを言った。それで理解できた。つまり、魔族にとって魔物は家畜とほとんど変わらないということだ。


「それより、魔王の娘。ここでスライムを増やしてどうするつもりですか?」


 シャルが脱線した話を戻す。


「増やすも何も……なんか勝手に増えたから外にぽいぽい投げてたぐらいしかしてないよ」


 自白した。なんの躊躇いもなく犯人が罪を告白した。しかし、本人に悪意がない。それがよりタチが悪い。


「あなたの行為のせいで地上ではスライムが増えて討伐依頼が多く寄せられて大変だったのですよ。その元凶としてあなたを捕縛させていただきたい」


 シャルは杖で床を二回叩き、魔王の娘の足元にバインドの魔法を掛けた。


「よーしっ! 私も参戦だー!」

「あ、待ってください、アリア!」


 シャルの言葉も虚しく、アリアは飛び出す。すると、魔王の娘の瞳が真っ赤に染まり上がる。


「魔王の魔眼っ!」


 そう言った魔王の娘に目を合わせたアリアは走り出した足を止めて、そのまま膝から崩れ落ちた。そして、両腕で身体を抱えて震え始めた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。呪いを引き継いでしまってごめんなさい」


 震えて縮こまって、怯えるように嗚咽を籠らせた。


「おいっ! アリアっ!」


 俺が駆けつけようとするとシャルに手で止められる。


「いけません。彼女に近づいて目を合わせてはいけません」

「なんでだ!」

「魔王の娘の能力です! 魔眼持ちで彼女と目を合わせれば悪夢の中へ誘われて精神がボロボロになるまで帰って来れません。……残念ながらアリアは悪夢の中です」


 ……魔眼持ち。……くそかっけぇよ。俺も欲しかった。でも、魔眼持ち相手に目を合わせないようにして戦うのもくそかっけぇな。


 目と目を合わせなければ問題ない! 常に相手の足だけを見て、動きを洞察し対処する。


 ……やってやる。


 俺はポーチから魔石の付いた指輪を右手の指に嵌めていく。


「大丈夫だ。俺には秘策がある」

「はい? 何を言ってるですか? え、あ、ちょっと!」


 シャルの言うことを無視して、剣を構えたまま足元だけしか見ないで魔王の娘に近づく。そして、ある程度の距離で剣を床に刺し、両膝を地面につけた。そのまま頭を地面に擦り付けて言う。


「どっか行ってください。あと、この施設壊させてください」


 ザ・土下座。ジャパニーズカルチャー。


 これがダメなら後は知らん。首をちょんぱかも。


「ククッ! あっはは〜!!」


 笑い声が聞こえて顔を上げると、黒い瞳の魔王の娘が爆笑していた。


「なに? なにしてるの、きみ? 頭下げて壊させてってすごいこと言ってるね!」

「頭ひとつ下げて済むなら、まずは頭を下げますね」


 俺が言い切ると背中の方から大きなため息が聞こえてくる。シャルの半目が想像つく。


「え〜、どうしようかなぁ〜。面白いから良いよって言ってもいいけど〜」


 魔王の娘はにやにやと笑い始めて、俺のお願いを揺さぶりはじめた。そして、何かひらめいたように目を大きくさせた。


「そうだ! 一緒に暮らしてよ! それならいいよ!」

「そんなんでよければ、全然まかせてくだいよー」


 もはや否定することはない。人間に近い見た目の美人魔族に一緒に暮らしたいと言われたら即オッケーだ。


「ちょっと待ってくださいっ! 相手は魔王の娘ですよ! 何されるかわかりませんよ!」

「え、何かされちゃうの、僕! えっちやん!」

「バカですね! バーカ!」


 シャルはそう言って俺を鋭く睨むと杖でポカッと叩いてきた。


 ……いや、だから音と威力が伴ってないんだよ。

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