第14話 女神の石像



 朝のくだらない戯れ事も終わり、出勤の如く教会へと向かう。前世でも出勤をしたことなかったが、徒歩で出勤することはなかなかないだろう。それも女の子三人と一緒にだ。……一人はスライムなんだけどな。


「そういえば、ユウリって今までどうやって依頼をやってきたの?」


 アリアに突然話しかけられた。


 突然というのもおかしいか。小麦の水田と所々に見える森や小さな山を見ながら会話を続けることなんてない。ふと興味のあったことを尋ねてきたのだろう。


「どうやってと言われても……。一人でおつかいだったり、一人で建設の手伝いだったり、一人で害獣の駆除だったり……。基本的には何でもやってきたぞ」

「……あなたの話には“一人”が頭に来るのは何故ですか? そもそも、私と初めて会った時も一人でしたが、パーティメンバーなどはいないのですか?」

「……」


 シャルの的確なツッコミに俺は黙って目を逸らした。


 友達はいない。パーティメンバーもいなかった。一緒に働く人はいたが深い関係にまで発展しなかった。


「なるほど。ユウリはぼっちでオッパイ好きってことだね!」

「そんな言葉でまとめるな! それに男はみんなオッパイ好きだろ!」


 アリアが納得したように人差し指を立ててひらめくが、そんなひらめきはやめてほしい。


「……男はオッパイ好き」


 シャルが小言で自分の胸を見た後に不快そうに俺を睨んできた。俺は悪いことをしていない。不快な発言はしたかもしれないが、悪いのは世の中の男どもだ。


「で、でも! 一人で何でもできるようにこなしてきたんだよね。……私も一人だったから寂しいけどわかるよ」

「慰めればいいのか、突き放していいのか、困る回答はやめてくれ」


 リリムの言葉に俺は思わず小さく息を吐いた。ひとりぼっちを寂しいと感じるかは人による。人によるから答え難い。


「それにしても一人でよくやってたね。募集要項に一人でも可能ってなかなか見かけないんじゃない?」


 事実としてシャルは一人で受けられる依頼がなくて俺にパーティになるように言ってきた。


「オリバーに言って回してもらってたからな。お陰様であのギルドに一人で受けられる依頼はほとんどない」

「あなたと一緒になるハメになったのは、あなたが原因だったのですね」


 シャルはそう言って大きく息を吐いた。


 言われてみると自分で墓穴を掘ったような形になった。俺だって依頼を受けたくて受けているわけではないので、こうなっているキッカケが自分となると虚しくなる。


 そんな会話をしていると教会に到着する。教会の入り口の横には花壇があり、神父のヨゼフが花壇の花を世話していた。


「こんにちは!」


 アリアが元気良く挨拶するとヨゼフは俺らに気が付いてこちらを向いた。


「こんにちは。毎日、足を運んでいただいてありがとうございます。今日はリリムさんもご一緒でしたか」

「こ、こんにちは、神父様」

「今日もお祈りですか?」

「は、はいっ」

「そうですか。毎日素晴らしいですね」


 微笑むヨゼフに少し顔を赤くさせたリリムが答えた。こんなにわかりやすい反応しているとヨゼフも気が付きそうなものだが、ヨゼフはニコニコと優しい表情で気がついてなさそうだ。


「そしたら、リリムとはここから別行動か」

「そうだね。リリムちゃん、いってらっしゃい!」


 恋の邪魔はできない。リリムとヨゼフを教会の中に送り出す。嬉しいやら、恥ずかしいやら、色々な感情が入り混じったリリムがこちらに一礼していった。


「……リリムさんは良い魔族」


 シャルが小さく呟く。リリムを送り出すには遠くを見ているような視線に俺は言葉を返す。


「良い奴か、悪い奴か。それを決めるのは個人のエゴだ。魔族は魔族だ」

「うわ、ユウリは割り切ってるねぇ」

「割り切るも何も、自分が信頼する奴は種族とか関係なく信頼するだけって話だ」


 じっと見てくるシャルに俺は前世の記憶から残る名言を言う。


「俺はあいつを信じた。それに俺はお前を信じてる。だから、お前を信じる俺を信じろ」


 超クールに言ってやった。でも、シャルは反応もなく一拍置いてから大きな溜め息を吐き始めた。


「それで、どこでそんなくさいセリフを知ったのですか?」

「くっ……。なんで受け売りだってバレてんだよ。超能力者なの?」

「まさか本当に受け売りだとは思わなかったです」


 シャルは頭を片手で押さえて悩ましげに首を左右に振った。そして、こちらをじろっと見る。


「……それと、少しは信じてますよ」


 そのままふいっと顔を逸らしたシャルは何も言わなくなる。


「で、デレたぁーー!」

「わあっはっ! シャルどんな気持ちぃ?」


 シャルの隣でピョコピョコ跳ねるアリアがシャルの顔を覗き込み笑顔になる。もはや言動が煽り行為である。


「良いもんが見れたよー」


 ホクホクとしたアリアにシャルは彼女の頬へ手を伸ばして引っ張った。


 そんなやりとりをした後に依頼について真面目に話し合う。


「なあ、俺らは五日間で森を重点的に調べたよな?」

「うん。そうだね」

「でも、森からは原因になりそうな箇所はありませんでしたよ」

「ああ、そうなんだよな」


 五日間でスライム討伐だけでなく、しっかりと調査もしていた。教会裏の森の中はくまなく探索し、おかしな箇所はなかったと言える。


「でも、まだ探索できてない場所がないか?」

「え、そんなところあったっけ?」


 アリアが首をこてりと傾げた。


「ああ、ある。俺らが全く探索してない場所だ」

「なるほど。そう言われると、そうでしたね」

「なんか二人だけでわかり合ってるから会話について行けないんだけど!」


 アリアは気づいてないようだが、シャルはすでに気がついたようだ。


 灯台下暗し。そんなことわざが見事に当てはまる場所が探索できていなかったのだ。


「教会だ。おそらく広さ的に地下がある」


 教会は鐘の付いた塔と礼拝堂になっている平家がくっついた形をしている。礼拝堂に二階はなかったので、二階となれば塔の方になる。だが、スライムが増殖するには広さが足りないので、可能性があれば地下が存在する。


「問題は入り口ですね」


 シャルの言う通り、入り口がどこにあるのか、それを見つけないといけない。


「ただ、ゲームだと定番の場所がいくつかあるんだよなぁ」

「げぇむ?」


 アリアとシャルが聞き覚えのない言葉に不思議そうにする。


「入り口を隠す場所はだいたい決まってるってことだ」


 そう言って、入り口の候補を言っていく。その候補から調べると教会の入り口の正面に置かれている女神の石像に不自然な窪みがあることを見つけた。


「これっぽいな」


 そういって窪みの箇所を押すと女神の石像がズズズと音を立てて動き、女神の石像が置かれていた場所には下へ続く階段があった。


「へぇー、すぐに見つけられるもんなんだね」

「あんないい加減だったのに意外ですね」

「いい加減とはいっても定番だからな。何も意外じゃない」


 ゲームでは教会の祭壇や礼拝堂の長イスに隠し階段のボタンがあって、押せばどこかに階段が現れる仕組みが多かったりする。だから、教会外でも同じくボタンがありそうな候補を簡単に絞り込めた。


「そういえば、ここからスライムはどうやって外に出てきたのですかね」


 思い出したようにシャルが言う。たしかに入り口がここだけなら外に出る手段がない。しかし、そんなのは……。


「知るわけないだろ。とりあえず、探索だけでもしようぜ」

「さんせーい! 考えるよりまず行動!」

「それで痛い目に何回も遭いましたよね?」


 アリアの言葉にシャルが冷たい視線を向けた。過去の旅で一体なんのトラブルが起きていたのか、俺は聞くのが面倒なので聞かない。

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