第7話 転生少年と教会神父
街から出て数時間。イノブウを倒した村とは別の村にやってきた。ここが今回に依頼してきた教会がある村だ。
「やっとついたかー。先に村長に話を聞きに行くんだろ?」
「ええ、そうですね」
イノブウの依頼と同様に村長に話を伺うようだ。
「調査依頼かー。何かわかるかなー」
アリアが少し不安げに呟いた。
村の景色は木や漆喰壁、土壁を使った平家がぽつりと一軒建っているのに対して緑色の小麦の水田が広がっている。
平家の屋根が赤土の瓦でなければ日本を思わせたのだろうか。その場合は小麦ではなく米の水田になるだろう。この地域は四季があるようだし、日本には近しい環境だ。
前世の記憶ともなると懐かしい景色という気持ちよりもデジャブ感に当てはまる言葉や記憶が頭の中に思い浮かぶような感じだ。しかし、まったく恋しくないといえば嘘になるのだろう。
そんな過去の記憶はともかく、この広い大地に調査依頼のヒントになるものを見つけるのは難しそうだ。
村の中を歩き、村人に話を聞きながら村長のところへたどり着いたが、村長からは教会へ行ってくれとしか話を聞けなかった。結局、無駄足になった形で村長のところを離れると教会へ向かった。
「こういう水田風景見るとのどかな気持ちになるよなー。村育ちだからこういう景色は見慣れているはずなのになー」
「……まあ、その意見には同意致しますね。私も昔はこういう風景の中で育ってましたから」
珍しくシャルと意見が一致する。フードで表情はきちんと見れないが、彼女も周りの景色を見て心穏やかになっているのだろう。
「私はこういう景色も街の景色も色々と見てたなー」
「アリアは行商の中で育ちましたからね」
「ふーん。勇者一行の中で商人だったのがいるっていうのはアリアだったのか」
勇者一行には色々な身分の人がいると知っていたが、誰がどの身分なのかまでは噂には流れてなかった。
「まあ、計算とか教わったけど、結局は勇者一行に同行したからほとんど商人ってわけじゃないよ」
アリアが笑いながらそういう。小さな頃に何を教わったのか、それが意外と記憶に残るものだ。アリアの経験は無駄ではないだろう。
「それよりも昔から二人は知り合いなのか?」
話を聞いていると勇者一行に同行する前から知り合いのような話っぷりだ。
「うん。私の商会はシュバリエ家のかかりつけだったから、小さな頃から知り合いだよ。同い年だったからシャルの遊び相手にシュバリエ家に連れて行ってもらってたんだ」
アリアが懐かしそうに笑う。それにシャルが珍しく声を出して笑った。こういう無邪気な笑い声は初めて聞いたような気がする。
「アリアには何度も助けられました。本当に、懐かしくなりますね。色々とアリアには振り回されましたけどね」
フードで見えないが彼女の笑った顔が気になってしまう。……いやいや、そんなのはどうでもいいだろ。
「ふーん。シャルとアリアは昔から友達だったのか。妙に仲良さそうだったけど、勇者一行だったからっていうわけじゃないんだな」
「うん。勇者一行でも孤児組、姉弟組、友人組、貴族組、剣士組とかで話して盛り上がってたよ」
なんだか派閥争いみたいに聞こえるけど、組み合わせ的に六人に対して六組以上なことを考えると組み合わせでも重複している人がいるのだろう。
俺には縁がないが仲良しグループみたいなものだろう。俺には縁がないけどな。
そんな会話をしていれば村の教会へ着く。鐘のついた塔に横長な家がくっついているような建物だ。
建物で開いている大きな扉から入ると礼拝堂があり、そこには一人の神父と一人の信者がおり、信者は両手を合わせて膝を床につけて祈りを捧げていた。
「汝の祈りに幸あれ」
「ああ、主神ニケ様。あなたの導きに感謝致します」
そんな神父と信者のやり取りを遠巻きに見ておき、信者が神に感謝を伝えると私たちの存在に気が付き、そそくさと教会から出ていった。
水色髪のオッパイの大きな女の子だった。重要だからもう一度言う。オッパイの大きな女の子だった。
「あなた、神の御前でいやらしい目付きするとか、どういった神経しているのですか?」
「か、神の前でも本能の前では抗えないだろ!」
「ん〜、神様ってどんな女の子にも情欲を抱いた男は
「無駄な知識が活きてるなっ!」
シャルやアリアに信者さんに視線が釘付けになったことを責められる。男の本能に神は厳しいらしい。いや、知ってたけど! 知っていましたけど!
「とにかく、さっさと神父に話を聞こうぜ!」
嫌なジト目が妙に居心地が悪く、話を切り替える。
「……そうですね。そうしましょう」
シャルが仕方なさそうにそういうとフードを脱いだ。
神父に話しかけて依頼について内容を聞く。
勇者一行として有名なシャルとアリアが目の前にいるので驚いた様子の彼はキョロキョロと視線を漂わせたあとに話し始めた。
「初めまして。ヨゼフ・ライニックと言います。この教会の神父を務めてまして、今回スライムの件で依頼を出させていただきました。……えーと。そのあなたたちは……」
金髪に眼鏡姿のヨゼフは困ったように俺を見た。……まあ、一番一般人っぽいから話しかけやすいよな。黒髪に黒色の瞳の俺はこの中で一番一般人っぽい。
「俺はホワイトタウンのギルドで依頼を受けたユウリ・リシュタルって言います。彼女たちは今回一緒に依頼に来てくれた……」
「シャル・リンガードです」
「ニート・アリアークです」
いや、ニートは無理あるだろっ! ニートって名前じゃないからっ! ある意味では二つ名だからっ!!
「あはは、そうでしたか。リシュタル様、リンガード様、アリアーク様ですね。今回は依頼を受けていただき、ありがとうございます」
どうやらシャルとアリアの嘘に騙されたらしく、ヨゼフは落ち着いた様子で笑った。むしろ、騙されたふりをしてくれているのかもしれない。勇者一行は有名だからなぁ。
「早速で申し訳ないですが、依頼について話を伺ってよろしいですか?」
「ええ、大丈夫です」
ヨゼフはそう言って長椅子に座るように勧めてくれた。長椅子に座るとヨゼフが俺たちの前に立って話し始めた。
「まずスライムが現れ始めたのは半年ほど前になります。初めは教会裏の茂みにいたので、たまたま人里に迷い込んでしまったのかと思ってました。退治もできるだけ村人でやっていたのですが、日が経つごとに現れる数が多くなっていきましてね。最近はギルドに討伐依頼を出していました。ただお金も捻出するのも苦しくなってきたので、原因を突き止めて解決したいのです」
話を聞いていたシャルがヨゼフに訊ねる。
「初めは教会裏でしばらくしたら教会内にも現れ始めたという認識であってますか?」
「ええ、そうです。一応、戸締まりはしっかりとしているつもりだったのですが、知らぬ間に中へ入ってきてしまっているようでして……」
スライムの現れる場所は水場やじめじめとした日陰が多い。おそらく生まれる場所も水気がある場所に違いない。
だから、教会内でスライムが生まれることはないはずだ。そうすると外から入ってきたと考えるのが自然である。
周りを見回しても掃除が行き渡っており、かなり綺麗にされている。そのうえ湿気が溜まっているような場所は見られない。
「半年前かー。半年前に変わったこととかなかったか? 地震や大雨とか」
俺が訊ねるとヨゼフは首を左右に振った。
「記憶にはなかったと思います」
近場の地形が変わってしまい、スライムが現れるようになったと疑ったが、どうにも違うようだ。
「半年ぐらいに身近なことで変わったことは?」
「はて、何かありましたでしょうか……」
シャルが質問してヨゼフが考えるように口元に握った拳を近づけた。
「そうですね。熱心に祈りを捧げる信者さんが増えたことですかね」
「ふーん。さっきの子か?」
俺がそう訊ねると女子二人からよからぬ疑いの目を向けられる。
「ちげーよ! そんなんじゃねぇーよ!」
「まだ何も言ってませんよ」
「私は声をかけるキッカケにするつもりだと予想しているよ!」
「二人でそんな予想でもしてると思ってるよ!」
弁明するがどうにも信じてもらえないみたいだ。目を細めて怪しむ様子をやめない。
「ふふ。まあ、そうですね。彼女はその時期から熱心に祈りを捧げるようになりましたね」
「名前は?」
調査するためだ。そう言い聞かせて二人の視線を無視するようにした。
「えーと、たしか、リリム・ミリアムという子ですね」
「なるほど。他にも半年前に入信した者や熱心になった者を教えてくれ」
俺はそう言って名前を訊ねると腰に下げている用具入れからペンと紙を取り出し、名前をメモしていった。
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