第6話 家出少女と魔族と剣士



 ぬるっと参上! スライム娘のリンだよぉ〜! スライム娘は変幻自在。オッパイだって大きくできちゃう。オッパイだって大きくできちゃう。

 はい、ここ重要ですよ。テストに出しますからね! まったく、スライムは男のロマンだっていうんだ。


「何やらおかしな表情してますね」

「うんうん」


 依頼を受けて目的の村までの道中に、スライムという妖しい響きでよからぬことへ考えを巡らせていると女二人が訝しげにこちらを見ていた。


「あ、顔が変なのはいつもでしたね」

「誰が常時変顔だっ! 普通だ普通!」

「お可哀想に……」


 シャルはそう言って口元を歪ませた。それに目を煌めかせてアリアが見ている。


「やっぱり! やっぱり、そうなんだね! 良いね! 熱いよ、熱いよ!」


 興奮するようなアリアに俺はドン引きだ。……どういうことだ。それはシャルも同じなのか戸惑ったようにアリアを見ていた。


 とりあえず、アリアのケアをしてあげよう。おかしな子には優しくしてあげよう。


「アリア、こういうときは超エキサイティングっ! って言うんだぜ」

「おぉ! 超エキサイティングっ!!」

「変なことをアリアに吹き込まないでください!!」


 シャルは大きく息を吐き出して首を左右に振った。心底呆れたような様子だ。


「それよりも今回の依頼は調査ですけど、調査依頼の経験はありますか?」


 シャルはふざけている俺とアリアを無視して話を進める。


「いや、ないけど」

「そうなんだ。ユウリは未経験なんだ! 調査依頼は大変だよー。今回の依頼はなおさら大変そうだし……」


 今回の依頼は村の教会に現れるスライムが多いらしく、討伐依頼を数回出しても解決しなかったので原因を調べてほしいというものだ。


 村の教会。これは俺が生まれた村にもあったが、こっちの世界の教会はニケという主神を信仰しており、ニケが他の神を生み出したと言われている。


 火の神サラ、水の神ウィンディーネ、風の神シルフ、土の神ノエル。それぞれの神が人間に各属性の魔法を与えたという言い伝えがある。


 言い伝えはともかく、主神ニケを信仰する教会が村に一つはあるのだ。


 そんな教会にスライムが発生している。具体的な場所は建物内の礼拝堂や教会裏の茂みなど、さまざまな場所に現れているらしい。

 教会裏の茂みならともかく、礼拝堂に現れるなんて原因がまるで見当付かないので、この依頼は大変になりそうという話になっている。


「大変だからオリバーも俺らに任せたのかもなー」

「つまり、私たちは信頼されているってこと?」

「ただの厄介払いだと思います。そこの男は仕事の邪魔をしてましたからね。私たちも正体が公になれば騒ぎになりますから街から追い出しておきたいのでしょう。この依頼は時間がかかりそうですし」

「そ、そんなぁ……」


 シャルの言葉にアリアが驚愕している。


「ま、お前ら英雄が騒ぎの原因になりそうなのは想像するのが容易いよな」

「あなたが仕事しないのが一番の原因だと思いますよ」

「ふっ、あまいな。仕事はあえてしないんだ」

「ほぉう?」


 俺の言葉にシャルはその意味を尋ねるように目を細めた。


「はじまりの街で冒険者になって一年経ったからな。俺は後輩の冒険者に依頼を取っといてやろうと思ってるんだ」

「一年はまだ駆け出しと言ってもいいのじゃないですか?」

「……依頼をこなし続けたら後輩が依頼を選べなくなるだろ」

「はじまりの街だと何かしら依頼ができるように国が手配していたはずですよ」


 ……何かと反論してくる聖女だわ。逆転裁判でもしてんのかよ。ナルホドくんなの?


「逆に聞きたいけど、なんでそんなに依頼したがるんだよ」

「それは……。あなたには関係ありません」


 シャルはそう言って言い淀むとプイッとそっぽを向いた。アリアはその様子を見てアハハと困ったように笑うと、俺に背伸びして耳打ちしてくる。


「シャルは魔族が嫌いなんだよ」

「……それだけで?」


 アリアの言葉に俺が首を傾げる。


 魔族が嫌いなだけで依頼を受ける理由になるのだろうか。

 お金を少ししか受け取らないところを見るに依頼を受ける理由が金策というわけではない。人に親切にする彼女の真面目な正義感で依頼を受けていると言われた方が納得できる。


「……まあ、シャルとレンは特に、ね」

「……」


 アリアがシャルを見て少し悲しそうな表情を見せる。踏み込ませない彼女の雰囲気にただならぬ理由がありそうに思える。


 それにレンというのは、勇者一行、英雄レン・シュバリエ。たしかシャルの弟だと噂では聞いている。


 シュバリエ家はシオン・シュバリエが家名を継いだ。シャルはシオンに引き取られたと聞いているので、シオンの子にレンがいたのか、シャルに実の弟でレンがいたのか、だ。


 義理の弟か、実の弟か。そのどちらかでアリアの言葉は大きく違ってくる。前者なら考察しようはないが、後者ならひとつだけ仮説ができる。


 彼女の両親は魔族に殺された。


 それならレンが魔族嫌いである理由にもなる。しかし、あくまで憶測だ。彼女の両親が死んでいるのも憶測にしか過ぎない。


 まあ、何も話さないなら聞く必要もないよな。人の痛みをわかったふりなんて出来ないし。


 とりあえず、このしんみり雰囲気を適当に切り替えるか。


「そういえば、勇者一行って、なんか雷を纏って戦う奴がいるんでしょ?」


 たまに聞く勇者一行の旅話。今では昔話で笑って話せるかもしれない。


「あー、シャルね。レンに魔法を教えていたのが懐かしいー」

「ん? シャル?」

「ちょっと、アリア……」


 小話を聞こうとしたら意外な話が出てきた。


「あ、シャルが剣士だったの禁止の話だった」

「はぁー……」


 アリアがアハハと笑って誤魔化すとシャルは頭に手を当ててため息を吐いた。


「禁止の話なのか。でも、杖で殴ってきたときに腕っ節がやたら強い理由がわかったわ」


 あの頭から床に叩きつける力強さはシャルが元剣士だから出来た芸当なようだ。


「シャルは剣士で強かったんだよー。私も一時期だけ剣について教えてもらってたし」

「ほーん。そんなに強かったんだ。……ん? それならなんで僧侶なんてやってるんだ?」


 当様の疑問だ。神速の剣士と呼ばれているアリアに剣を教えて、弟のレンに魔法を教えていたシャルが剣士でもなく魔法使いでもなく僧侶をしている。


「アハハ……。私たちに僧侶できる人がいなかったのもあるんだけど……」


 パーティにはそれぞれ役割を担うために役職というのがある。剣士、戦士、魔法使い、僧侶、武闘家、弓士などなど。

 攻撃役職である魔法使い。サポート役職である僧侶。魔法を使う面では同じだが役割は違う。

 他にも前衛で攻撃役職の剣士と防御役職の戦士など似ているけど役割が違う役職がある。

 それでも攻撃役職の剣士からサポート役職の僧侶へ転向するのは珍しい。


「アリア。私から話します」

「え、大丈夫?」


 アリアが心配するようにシャルを見る。剣士だったシャルが僧侶になったのにはもっと理由があるようだ。


「私が剣士を辞めたのは、私が剣を握れなくなったからです」

「ん? ……うん。握力なら足りてると思うぞ。馬鹿力だ」


 ポカッと殴られて、頭が軽く土に埋まる。これはシャルが悪い。剣士を辞めたのは剣士じゃなくなったからです、みたいな小◯構文みたいなの使いやがって。

 だから、殴られるのは理不尽すぎる。異議申し立てしたい。


「……私が人を殺して、その……。怖くて剣を握れなくなったんです」

「……」


 頭が地面に埋まっている状態で聞く話だっただろうか。とりあえず、スポッと地面から頭を抜くとシャルが無表情で目を細めていた。


「……前科持ちか。シャバの空気はうめぇか」

「とにかく、馬鹿にしているのはわかりました。もう一度叩かれますか?」

「暴力反対! 非暴力推奨! 殴らぬ、叩かず、ぶん殴らず!」

「……はぁー。馬鹿みたいです」


 何が馬鹿みたいだ。殴られすぎて馬鹿になってる可能性あるんだぞ!


「ともかく、私は攻撃魔法を含めて、相手を傷つけることができないです」

「……俺、散々ぶん殴られている気がするんだけど、脳筋すぎて殴ってる自覚なかったりする?」

「戦闘で攻撃できないので、よろしくお願いします」

「脳みそ筋肉で言語処理できてないのか? ああん?」


 俺の言葉を無視して話し続けるシャル。それを見ていたアリアがクスクスと笑った。


「シャルに仲良い人ができて良かったよ」

「……別に仲良くないですよ」

「そうだ。どこがそう見えんだ」


 俺とシャルは否定するがアリアはクスクスと笑って真面目に聞き入れてくれる様子はなかった。

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