第5話 家出少女と白髪少女



 オリバーに聞きたいことを聞き出せたので満足もしてきた。安心して寝れそうだ。


「よし、帰るか」

「帰らないでください」

「仕事しろよ、ユウリ」


 帰ろうとする俺にオリバーとシャルは睨みつけてくる。

 妙なところに血縁を感じる。髪の色は金糸の金色と霞んだ赤色で違うが、睨んだときの迫力が同じだ。


 そんなくだらないことを考えていると、ギルドの扉が開いた。


 誰が来たのか見てみるとフードを被った白いコートの怪しい格好した人が入ってきた。妙なデジャブ感。


 腰には剣とそれを納めている鞘を下げており、身体付きは出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。コートの前が空いているからナイスバディな女の子だとわかる。

 でも、彼女が受付に近づいてくるにつれて、背が低いようで視線が下に向く。


 彼女は近くまで来ると何かに気がついたようだ。フードで顔が隠れているが、口元だけが見えている。その口元がグッと曲がっていくのがわかった。


「シャル〜〜!!!」


 フードの女の子はシャルに抱きついた。


 そのときの衝動でフードが脱げて白髪の頭にアホ毛がぴょこっと飛び出した。そのアホ毛はフンフンフンと左右に揺れてシャルの顔にビシバシ当たっている。


「アリア。突然抱きつくからフードが脱げましたよ」

「え〜、まあ、そういうの気にしなくても大丈夫だよ」


 シャルよりも目線が一つ下がる白髪の女の子はテヘヘと人懐っこく笑うとシャルの胸元に顔を押し付けた。


「アリア……。アリア・アークか」

「あなたも下手に私たちの名前を呼ばないでください。人に囲まれたり絡まれたりするのでやめてください」


 勇者一行、英雄の一人。神速の剣士アリア・アーク。

 真っ白で長い髪に、何よりも赤い真紅のような瞳の女の子だ。瞬発的な脚の速さや剣先が目標まで向かうまでの速さが神の域に到達したと言われている。


 それを絞り出すように思い出すとシャルに怒られる。アリアには優しく接するくせに俺には睨んで怒るのか。差が激しすぎる。


「オリバーさんもお久しぶりっ!」

「おー、久しぶりだな」


 シャルに抱きついていたはずのアリアはぴょこっとオリバーの前まで来て挨拶し、こちらを振り返ると少し不思議そうな表情した後に微笑む。


「それと……お久しぶりっ!」

「……お、おう」


 おそらく初対面。絶対に初対面。


 知った顔の中に微妙な顔がいたら『久しぶりっ!』と、とりあえず挨拶しておくような感じがする。……人付き合い適当すぎるだろ。


「それでシャル。この人誰?」

「知らねぇのかよ。……久しぶりって言った後に誰とか言えちゃうの心臓強すぎだろ」


 アリアの言葉に思わずため息を吐いた。本人が目の前にいるのに適当すぎる。


「……さて、誰でしょうか?」

「お前は知ってるだろっ!」


 可愛らしく首をコテッと傾げるシャルに俺は睨む。それに満足したのか、彼女は口元をわずかに歪ませた。


「お? おぉ? ほほーう」


 そう言ってアリアは俺とシャルを交互に見た。そうして俺に身体を向けると楽しそうに笑った。


「私、アリア・アーク。あなたはなんて言うの?」

「俺はユウリ・リシュタル。冒険者だ」

「そっか、役職も言うのが普通か。……でも、何もしてないからなぁ」


 何やら考え込むような様子のアリア。そして、元気良く笑う。


「無職です!」

「ニートかよ」


 勇者一行、英雄と言われても仕事をしてなければ無職になる。当然、ニートと呼んでいい。

 本人もニートの語呂に魅力を感じたのか気に入ったようで数回「ニート」と唱えている。……ニートって言葉なかったのね。


「これからはニートと呼んでもらおう!」

「気に入りすぎじゃないか!?」


 あれ? ニート呼ばわりして失敗したと思ったのは初めての経験だ。


「でも、シャーロットはシャルが愛称で、私は名前が短いから無理じゃん? なら特徴から愛称に貰ってくるのってありだと思うだよね!」


 興奮した様子のアリアが赤い瞳を俺に近づけた。


 ……いや、近い近い。距離感バグっている。


「ありよりのなしなんじゃないか。ありかなしかなしなのかなしだよな」


 うん。自分でも何を言っているのかわからない。


 女の子がこんなに近づいたことないからどうしたらいいかわからない。匂いを嗅ぐなと言われたし、呼吸もほとんどできずに話すのしんどい。


「アリア、顔を近づけ過ぎですよ」

「え、あ! ごめんごめん!」


 シャルが呆れたように注意するとアリアは機嫌良さそうに彼女に耳打ちする。


「はい?」


 シャルは眉間にシワを寄せてアリアに耳打ちする。


 ……なんだろう。疎外感。これ俺は帰ってもいいんじゃないか。


「帰ろうとするなよ」


 そんな俺の心を読んだようなタイミングでオリバーが話しかけてきた。


「そんなー、いてもいなくても同じじゃないですかー」

「それが護衛の仕事だ。それでもって危険があれば未然に防ぐか、身をもって守ればいい」

「常に酸素であり、UVから肌を守るオゾンであれ、ということか」

「何を言っているのかまるでわからないが、ともかく帰るなよ」

「……わかった」


 男同士で仲良く会話しながら女同士のきゃっきゃうっふふを眺めている。……きゃきゃうふふだよな?


 なんかシャルの眉間のシワが深まって、アリアの冷や汗が浮かんできたような……。あ、ついにシャルがアリアの頬っぺたをつまんだ。


「何をやってるんだ、あんたら」


 俺が二人に訊ねるとアリアは頬を摘まれたまま情けない顔をしている。


「私がちょっと怒らせちゃった……」

「別に怒ってませんよ。私たちはくだらない会話をしていただけですよね」

「はい、そうです……」


 眉間にシワを寄せているシャルは怒っていたようにしか見えない。

 何に怒っているのか知らぬが触れぬ鬼に祟りなしだ。


「そうか。仲良さそうだな」


 抽象的なことを適当に言っておけば巻き込まれないはず。


「あ、そうだ、シャル! ユウリと三人で依頼行こうよ! 無職を脱却したいし!」


 そうそう巻き込まれないはず……だったよな?


「別に構いませんよ。私も依頼に行く予定でしたから」

「よーし、んじゃ、討伐依頼がいいなー」

「え、俺が行くの決定なのか?」


 どんどん話を進めていく二人に思わぬ一刀両断で話に加わる。


「私の護衛なのですよね? ならば着いてきてください」


 詳しく知らないはずのシャルが会話の節を掻い摘んで、俺の緊急依頼がシャルの護衛であるのを理解したようだ。


 ああも自信満々に言われてしまえば断れない。と言うよりも命令違反による徴収があるかもしれないから反抗ができない。


「えー、どれにするー? ゴブリンにする?」

「この間はイノブウを討伐しましたが、なかなか彼は出来そうでしたよ」

「そしたらレッドドラゴンとかいっちゃう?」


 女の子が女の子らしい会話してない気がする。可愛くない会話だ。それにそんな大物の魔物が近辺にいると思えない。


「悪いが三人に行ってほしいのはこの依頼だ」


 オリバーはそう言って依頼書を俺らに渡した。それを受け取ったシャルの手元を覗き込む。


 そこには調査とスライムの文字が見えた。


 え、エロいヤツやん。

 これ、エロいヤツちゃうんか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る