第3話 転生少年とお目覚めの挨拶
朝、目が覚めると再び眠りに着く。二度寝というのは文化であり、習慣でもある。
特に休みを返上して働いた次の日は休みを取ると気合を入れて眠りにつくものだ。
だから、俺は絶対にまだ起きたくない。良い朝から良いお昼まで眠って過ごしたいのだが、それを邪魔する
コンコンと丁寧に二度ドアをノックし、俺の返事を待たずに入室。そして、ベッドの上で二度寝を決め込んで目を瞑る俺の肩を掴んで揺らす。
「起きてください。依頼を受けに行きましょう」
聞き覚えのある女の声。まさに昨日に聞いた声であり、朝に顔を合わせるのが億劫になるような女の子だ。
とりあえず、寝たふりだ。このまま寝たふりすれば何事もなく去っていくはずだ。
「……起きてください。朝ですよ」
去る様子なしっ! かくなるうえは。
「あんっ、いや、そこはだめぇ」
いやらしい声でも出せば撤退してくれるだろうと思い、目を瞑ったままにいる。
「ぶん殴れば起きてくれますかね……」
「あ、おはようございます。良い朝ですね」
聖女にお目覚めの挨拶を返し、身体を起こしてベッドの上で正座する。
暴力までの判断が早すぎるっ! この聖女はすぐに暴力に訴えてきやがる。聖女って本当になんなんだっ!
「それでなんで俺の部屋知ってんの? 宿の部屋まで来るとか俺のファンなの?」
「あなたにファンなんていませんよ。部屋はあなたが教えてくれたのではないですか」
「即答でファンいないとか傷ついた」
ファンどころか友達もいないですけどねっ!
さて、それはともかく、俺がシャルに部屋を教えた記憶を探る。ふわんふわんふわんふわぁーん。
『あーあ。疲れたわー。さっさと帰るかー』
『あ、そうだ。ユウリ。シャルに宿を紹介してやってくれ』
シャルとの依頼が終わって、さっさと帰ろうとしていた俺にオリバーがそう声をかけてきた。
『うぇうぇっ! 面倒のかかるガキンチョだぜ』
『見た感じだと私とあなたは同い年ぐらいですよね?』
やれやれと両手を上げる。フードを被ったシャルが睨みつけてくる。
『いや、胸の膨らみが……』
ポカっと綺麗な音が鳴り、頭から地面に叩きつけられる。顔を上げれば杖で殴られたのだと気がついた。
いや、ポカって可愛い音なのに地面に叩きつけられるほど威力高いぞ。
『とりあえず、仲良さそうだし、頼んだわ』
適当な言葉であしらうようにオリバーは言うが、一体どう見たら仲良さそうに見たのだろう。俺はぶん殴られていたよな。
ふわんふわんふわんふわぁーん。というわけで回想終了。どうやら俺が宿を紹介し、ついでに部屋も教えたようだ。しかし……。
「俺は殴られて記憶がなくなったのか」
「バカは寝ると忘れてしまうのですね。……そうではなく、依頼に行きましょう」
シャルは呆れてため息を吐くが、俺は彼女の言葉で納得のできないところがある。
「依頼なんていかねぇよ」
「あなた冒険者ですよね? 仕事はきちんとしてください」
「毎日はブラック企業ってもんだろ」
「ぶらっく、きぎょう? 意味のわからないこと言わないでさっさと行きましょう」
さすが異世界。ブラック企業なんて言葉は存在しない。いや、それにしてもだ。
「昨日に貰ったお金で今日は何もしなくても暮らせるだろ?」
「そんなのありませんよ」
「……は? 多くはなくても贅沢しなければ今日ぐらいは過ごせるだろ?」
「だから、もともとありませんよ」
「んんんんん?」
俺の頭の中はハテナでいっぱいだ。お金がもともとないとは何を言っているのだろうか。
俺は昨日たしかにお金をもらった。宿に二泊するぐらいの金額は貰っていたはずだ。
女の子はお金がかかるとかそういう話なのだろうか。やっぱり聖女と言えどおしゃれに興味があるのだろうか。それとも貴族のお金遣いでいたら金がなくなったとかいう話だろうか。
こういうのは聞かなきゃ何もわからないな。
「何にそんな使ったんだ? 巷で流行ってる化粧品か? それとも服でも買い込んだか?」
「そんなのにお金を使ってませんよ。服も着ている以外に二着だけですし」
「それって女としてどうなの?」
「うっさいです。お金がないので仕方ないでしょ! 匂い嗅ごうと近づかないでください!」
一歩寄っただけでシャルに杖を向けられて睨まれる。
に、匂いをくんかくんかしようなんて、思ってなんかないんだからねっ!!
「それより、なんでお金がないんだよ」
「一部は返却しましたし」
「……はい?」
一部を返却? クーリング・オフって一部だけ返却できるのか?
「いやいや、お金をクーリング・オフとか聞いたことねぇよ」
「はい? くーりんぐ、おふ? 何を言っているのですか?」
「何を言ってるか聞きたいのは俺の方だ! 金を返すってなんでだよ!」
お金を返す理由がわからない。そもそも依頼報酬金の価格破壊にすらなり得ないって昨日に話した気がする。
「依頼は畑を荒らす魔物の討伐ですから。イノブウを倒しただけで、畑を荒らす魔物を真の意味で討伐したわけじゃありません」
「あー、アホ聖女だ。ど真面目アホ聖女だわ」
「アホアホなんですか! それに聖女と呼ばないでください!」
意外とシャルは冷静な奴だと思っていたが、思っていたよりも感情を表に出す奴だった。思いっきり睨まれて怒られてる気がする。
「怒んなよ。シワ増えるぞ」
「あなたのせいですっ!」
そう言われてポカっと杖で殴られ、頭を床に叩きつけられる。だから、音と威力が釣り合わないだろ。
「んで、結局シャルは村長にお金を一部返してお金ないってことか?」
「はい、そうです」
俺は殴られたまま床に寝そべりながらシャルと話す。
こいつのローブ長いし、パンチラするような格好じゃないから眼福もねぇな、とか割とどうでもいいことを考えている。
「そうか、大変だな。依頼、頑張ってくれ。俺は寝る」
「……手伝ってくれないのですか? それに床で寝るのですか?」
「そんなの手伝う理由なんてないだろ。腫れた頭が床でひんやりして気持ちいいー」
杖の先でツンツンと頬を突かれる。あの、微妙に痛いっす。
「手伝う理由ありますよ? ギルドからこれを見せて手伝ってもらえと言われました」
そう言ってシャルは手紙を俺の顔に置いた。その手紙を読む。
『ユウリへ。これは緊急依頼であり強制命令のため拒否権はない。これより緊急依頼の内容を記載する。ギルドマスターオリバー。旧名リオン・シュバリエが言い渡す。ユウリ・リシュタルへ勇者一行、聖女シャーロット・シュバリエの護衛を命ずる。期間はまずは一ヶ月。経過を観ながら依頼の更新を行なっていく。報酬金額は更新時に交渉次第で決定し、期間中はシャーロット・シュバリエと行動を共にしてくれ』
……緊急依頼? なにが緊急なんだ? 重要性を際立たせたかったのだろうか。
「なあ、これ読んだか?」
「いいえ、読んでませんよ。それを渡して依頼に連れて行けとしか言われていません」
「……」
素直に手紙の内容を話すべきだろうか。彼女は何も知らない。
依頼の理由もわからない。貴族で家出してきた彼女に怪我を負わせられないから護衛が必要ということだろうか。
「ん? いや、待て。リオン・シュバリエってなんだ?」
手紙の気になる一文に思わず声が出る。
「私の叔父です」
「……叔父? 待て待て。オリバーが叔父なのか?」
「ええ、そうですけど」
「あいつ、貴族なのか!?」
俺は驚いて起き上がると彼女は何故か不快そうに俺を見た。なんだコイツ。何しかめっつらしてんだ?
「今は違います。……離縁しましたから」
なるほど。しかめっつらはそういう理由か。個人的にあまり聞かれたくなかったのか。
手紙は読んでないと言っていたし、俺が突然に言い出したことだから嫌だったのかもしれない。
「貴族じゃないならいっか。今まで散々だる絡みしちまったからな。不敬罪とかで殺されるかと思ったわ」
「あなたは私に不躾なこと言ってますけどね」
「ごっめぇーん! 気が付かなかったー!」
「……ムカつきますね」
両手を合わせて舌を出して、てへぺろと謝ると鋭く睨まれる。……いつか眉間のシワが取れなくなりそうだな。
それにしてもシャルの行動や緊急依頼はオリバーに話を聞かないといけなくなった。二度寝してとぼけてしまいたいが気になって眠れそうにもない。
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