第2話 家出少女と七匹の魔物



 家出したというシャルに話しかけ続けるが全て無視される。空気ってこんな気持ちで過ごしているのだと無機物へ共感している。


「うん、澄んでいて綺麗だ。まるで俺みたいだな」

「はい?」


 勇者一行は色々な身分の人がいた。貴族、商人、隣国の皇族、王国騎士、孤児。


 シャーロット・シュバリエ。貴族シュバリエ公爵家の娘だったはず。それにもかかわらず、勇者に協力して冒険に参加し魔王を倒した。


 階級制度のある世界なので、身分が入り混じった勇者一行が魔王を倒したのは有名な話であった。


 だから、様々な階層の人からも英雄として扱われて名前も容姿の特徴も国中に口伝てでも広がっている。


「……勇者一行は人気もあるからなぁ」

「……独り言ですか? うわぁ……」


 俺が冒険者になった時点で魔王は倒されていた。勇者になりたいとは、もともと無理な夢であった。

 将来や夢は抱くだけくだらない。下手な期待なんて残酷な現実にへし折られるだけかもな。


「お、そろそろ村に着くか」

「……そうですね」

「依頼は畑を荒らす魔物の討伐であってるか?」


 依頼の内容は俺もオリバーから聞いた概要しか知らない。近くの村へ行き、畑を荒らす魔物を駆除するぐらいの内容しか聞いてないのだ。


「ええ、あっています。イノブウの姿が目撃されているので、その討伐が依頼内容になります。ですが、まずは村長に話を聞きましょう」


 詳しい話はシャルが知っている。オリバーとやり取りしていたのは主に彼女であったので、これからの行動も彼女に従った方がいいだろう。


 つか、イノブウとかいう名前だよなぁ。イノシシとブタを合わせたような名前なのは近縁種だからなのかなぁ。


「話聞いてますか?」

「ん? ああ、もちろん。村長な。それっぽいやつに聞こう」

「いえ、村長をきちんと探しましょう」

「んもぉ、仕事なんて大雑把にそれなりに進めるものだって」

「あなたのは雑すぎるのです」


 彼女は大きく息を吐き出して頭を左右に振り、ジト目で俺を見た。


「あなた、今までそうやって仕事してきたのですか?」

「いいえ、ケフ◯アです」

「は?」


 冷たい声と共に鋭く睨まれる。


 しまった。これは白濁色の怪しい液体に対して弁明する言葉だったか。うがい手洗いニ◯ニク卵黄が正解だっただろうか。どちらにしても会話を聞いてなのを誤魔化すには不適切だろう。自己解決。意味不明。


「ともかく、村長を探しましょう」

「ああ、そうだな」


 何が正解かわからないが、とりあえずシャルの言葉に同意して彼女についていくことにした。


 村に入り、村人に話を聞いて村長のところまでやってきた。


「そうじゃのぉ。最近、村の北側に魔物が出ているようでなぁ。畑が荒らされて困っておるんじゃよぉ」

「では、今回の依頼はその魔物の討伐であっておりますか?」

「それでいいはずじゃ。たしかイノボウに似たものが現れたと聞いておるのぉ」

「わかりました。そうしたら、イノボウの討伐として私たちは行動しますが、よろしいでしょうか?」

「ああ。大丈夫じゃ」


 白い髭を肥やし頭のてっぺんをハゲ散らかした爺さんがシャルの言葉に頷いた。


 俺は彼女に近づき、小声で確認するように尋ねた。


「言質取ったな」


 そう言うと彼女は半目で俺を見る。


「そんなつもりはありません。きちんと確認して何を討伐するのか目的を決めただけです」

「まあ、その確認を言質取ったって言ってるんだけどな」

「……嫌な人ですね」


 そういったシャルは村長と適当な会話と笑みを浮かべていた。しばらくして、シャルと村長の会話が終わり、シャルに連れられて村長の元から離れて行った。


「さて、言質も取ったし、イノブウを狩って終わりにしようか!」


 俺がそういうとシャルに睨まられる。


「この村が魔物に襲われる理由まで突き詰めないと解決にはなりませんよ」


 シャルの言葉に俺は首を傾げた。


「いやいや。そもそも依頼はイノブウの討伐だろ? ならイノブウを討伐すれば終わりだ。根本解決は仕事じゃないだろ? さっき言質だって取ったじゃないか」

「困っているのは畑を荒らす魔物の存在ですよね。それなら、その魔物の存在を駆除するまでが仕事です」

「面倒だなぁ。イノブウを討伐するので言質取ってるんだし、そこまで必要ないじゃん。真面目ちゃんめ」


 シャルの言葉に俺は言い切る。彼女の言うことが正論だとしても解決的な正解は俺が言っていることだ。


「依頼は畑を荒らす魔物駆除のはずです。それならイノブウを討伐して畑が荒らされなくなって解決のはずです。なので、他に荒らす魔物がいれば討伐しますよ」

「全く。それじゃあ、追加依頼が貰えないじゃないか」

「お金のためにやっているのですか?」


 お金以外に仕事をする理由なんてあるのだろうか。むしろ、一日を暮らすお金を集めているのだから慈善活動は行っていない。

 全く、彼女は素直すぎる。純粋だ。言葉のあやを取ることを知らなすぎる。


「俺ら冒険者はその日暮らしのお金を稼いでるからな。依頼の深追いは危険だし割に合わないからしないんだ。今回もイノブウを討伐して依頼終了。他の魔物が出てくれば追加依頼でお願いしてもらう」

「それでは困ってる人を助けられないではないじゃないですか」


 ああ、これが聖女様と呼ばれる由縁なのだと思いながら言葉を続ける。


「冒険者は親切だけでしているわけじゃないからな。お金を貰って依頼をきちんとこなす。親切が過ぎれば見境なくお願いされて利害関係が壊れてしまうからな」


 行き過ぎたサービスを当たり前だと思われてしまえば、やがて無理が重なり組織が壊れていってしまう。


「……それはいけないことなのでしょうか?」

「あんたは本当に聖女様なんだな」

「……嫌味な人ですね。これ以上の会話は無駄だとわかりました」


 シャルへ向けた嫌味な言葉に、彼女は俺を睨みながら悪口を返す。


 そこからシャルはそっぽを向いて話しかけても言葉を返してくれず、村長の言っていた村の北側へ着いた。


「んで、本当に原因がイノブウのようですね」


 村長の言う通りイノブウという猪のような魔物が畑の植物をふがふが言いながら作物を食べていた。


「んじゃ、さくっと倒しますかね」

「……わかりました」


 イノブウの数は七匹。それを倒すのに一人でもギリギリ問題ない。二人なら尚更問題ないはずだ。


「バインド」


 シャルのそう言って呪文を唱えるとイノブウの足元に黄色い紐が巻きつく。これでイノブウは身動きが取れなくなった。


「えぇー、つぇぇー」


 素早く正確なシャルの魔法に俺は驚いた。


「早く倒してください。私はあくまで補助魔法しか使えませんから」

「いや、もう切って終わりだろ? 何が補助魔法しか使えないだよ。ほとんど終わりだよ」


 俺はそう言いながら腰から剣を抜いて、イノブウを一匹ずつ切って倒していく。


 もうシャルちゃん一強だよ。強すぎるシャルちゃん。強シャルちゃんかよ。


 シャルの魔法で拘束されたイノブウを切り付けて倒し、魔物討伐は終わった。


「おぉ、ありがとうのぉ」


 イノブウを倒した後に村長の元へ行くとそう言われる。

 いやいや、あれはシャルが強すぎて俺はほとんど何もしてない。お礼を言われるのも違和感がある話だ。


「いえ、構いません。これでまだ魔物被害があればまた依頼してください。私たちはいつでも魔物を倒す手助けを致します」


 シャルはハイライトの消えた瞳で笑みを浮かべる。それに対して村長は満足そうに笑うので俺は何も言わずにいる。


 俺から見たらシャルは死んだ魚の目で笑みを浮かべているのだが、他の人から見たら聖女の微笑みのように写っているのだろう。

 そんな笑みに騙されるとか、世の中っておかしなことだらけだなぁと思うが口には出さない。


「ありがとのぉ。今回の依頼はこれで終わりにしようと思う。報酬はギルドから渡すのだったかなぁ? 次があればまた君たちに頼みたいのぉ」


 俺は面倒だから嫌だ。彼女と一緒に次なんて目立ちそうだし、やりたくない。そんな気持ちを彼女は汲み取ってくれないようで良い笑顔で言う。


「ぜひともお願い致します」


 彼女の良い顔もいい加減にしてほしいと思う。

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