第6話

 セバスが動く気配はなかった。

 最初から剣術で敗北することは織り込み済みだったのかもしれないな。


 俺の実力を最も知るのはセバスだ。

 彼が強敵と口にしたのだから、もっと気を引き締めて臨むべきだった。


 ただ……敗北したとはいえ、ロベリアに剣術の才能がないわけじゃない。

 ゲームではキャラ毎のバランスを取るために潜在能力の比重を分けていた。例えば戦士系のキャラは素早さが低い代わりに攻撃力が高い、みたいな。


 殊更……ロベリアというキャラは闇魔法の才能に比重が置かれているのだ。

 開発者が言うには、ボスキャラにするには基礎ステータスが低すぎるので闇魔法の才能で帳尻を合わせたとかなんとか……。


 ロベリアは闇魔法に関して天才の領域に足を突っ込んでいる。この三カ月で、初級から上級までの闇魔法を網羅してしまった。


 既にオリジナルの闇魔法を創作するところまで踏み入れているほどだ。

 ゲーム内では既存の魔法を組み合わせることで、自分だけのオリジナル魔法を創作できるというシステムが存在していた。


 作ったオリジナルの闇魔法は【闇の槍】

 名前は安直だけど……その威力はお墨付きだ。

 有用な上級闇魔法を組み合わせた結果できた代物で、セバスですら「……その魔法を喰らいたくはありません」と口にしていた。


 俺はフォレストタイガーを視界に収める。


「---……」


 武器を無くした人間を目の当たりにしたことがあるのか……明らかに油断しているフォレストタイガーに対して闇の槍を展開する。

 槍の形を模した数本の闇魔法が宙空に出現した。


 流石のフォレストタイガーも察したらしい。

 俺……というか宙空に浮遊している闇の槍を警戒するように姿勢を低くする。

 とはいえ、もう遅かった。闇の槍には追尾効果がついているので……出現した瞬間に逃げ出すくらいじゃないと間に合わない。


「刺し殺せ」


 一斉に号令を掛けると、槍がフォレストタイガー目掛けて瞬間的に加速した。

 フォレストタイガーは本能で槍に触れてはいけないことを理解しているようだったが……追尾する槍からは逃げられなかったようだ。


 数本の槍が胴体を貫通すると……フォレストタイガーは地面に伏した。

 まだ息はあるが……瞳は焦点が定まっておらず、あれだけ立派だった肉体も痙攣を起こしている。死んでいないだけといったほうが正しい。


 闇の槍はあらゆる弱体化を込めた魔法だ。

 貫通したら対象にデバフを付与する効果を持つ。

 攻防低下(大),最大体力減少,最大俊敏性減少,麻痺,激毒,衰弱などなど。

 今回は死後に怪しまれないためにステータス弱体化くらいしか込めていなかったけど……それでも充分に効果はあったみたいだな。


 俺は地面に転がっている剣を拾って……フォレストタイガーの首を落とした。

 物言わぬフォレストタイガーの首は、無念を訴えているようだった。……帝国に行ったとて、まだまだ修行が必要だなこれは。



「相変わらず凶悪な性能をしていますね……いやはや恐ろしい」


 茂みから出てきたセバスが嘆息した。

 セバスって接近戦を得意とする剣士タイプだから魔法が嫌いなんだよな……距離を詰めるのが独特で面倒だとかなんだとか。


「本当は剣術だけで仕留めたかったがな」

「そう仰らないで下さい。充分に健闘していたと思いますよ。それに、何度も言っていますが……三ヶ月程度の訓練で中級の魔物と打ち合える人間なぞ滅多にいません。ロベリア様の才能と努力に致しましては……私が保証します」


 セバスは心の底から言っているようだった。

 何だか言いようのない感情が込み上げてきて……俺は顔を逸らすためにフォレストタイガーの死体へと向き合った。


「おや、照れておられる?」

「……お前もこいつと同じ目に遭わせてやろうか」

「冗談です。この老体めに闇の槍が刺さりでもしたら本当に死んでしまいますよ」


 ……セバスも言うようになったな。

 この三ヶ月で俺はセバスとの絆が深まり……彼のことを尊敬するようになった。尊敬する人物から認められたら嬉しくなるのは当然のことだった。


 とはいえ、噛み締めている暇もない。

 夜間に出発する訳ありの馬車は、一度逃すと日にちが空いてしまう。


 俺は事前に身に付けていた装備を外した。フォレストタイガーの爪を使い、それっぽい傷跡を作ってから地面に放った。

 相打ちになったという名目にしたいので……装備を死体の血で浸しておく。

 周囲に鉄の匂いが充満し始めた。


 鉄の剣は……うん、フォレストタイガーの脇腹にでも刺しておくか……趣味の悪い成金のオブジェみたいになっちゃった。


 これだけやっておけば、ロベリアの死体がなくとも、集ってきた魔物に食われてしまったとでも説明ができるだろう。

 俺は息をついてセバスに訊ねる。


「これくらいでいいか?」

「ええ。問題ないと思います。後は私から当主様に説明をしておきますので」

「頼んだ。色々と感謝する」

「……いえ」


 俺が軽く頭を下げると……セバスは何やら物言いたげな表情を浮かべていた。


「どうした?」

「その……ロベリア様」


 セバスが口をもごもごと動かしている。

 普段は自分の意見をはっきり発言するセバスにしては珍しい絵面だった。


「言いたいことがあるなら早く言え」

「その……いえ……あ、あちらでも訓練は怠らないようにして下さい。私が教えたとはいえたったの三ヶ月。怠惰に過ごしていたら……すぐに忘れてしまいますから」


 セバスは言葉を探すようにして口を開く。

 明らかに本来の言いたかった事とは違うようだったが……主人が亡命することに、セバスも思うところがあるのかもしれない。

 まあ何を言われても王国からは抜け出すけどな。


「ああ。分かっている」


 俺はセバスの言葉に強く頷いた。

 そろそろ馬車が来る時間だ。腰の袋に金が入っていることを確認する。


「セバス」

「はい?」

「俺は……お前の忠実な働きに感謝しても仕切れない。お前が居なかったら三ヶ月でここまで到達することはできなかっただろう」


 最後に俺はセバスに感謝の意を伝えた。

 ……本当だったらアレンにも伝えたかったけど、流石に無理だ。また何処かの機会で伝えられたらいいなとは思う。まあ……もしもそんなことがあったら、次は敵同士の可能性もあるが……会うことはないだろうな。


「……ロベリア様……御武運を、祈っております」


 そう言ってセバスは恭しくお辞儀をした。


 セバスとの別れを終えて……俺は森の外に出る。

 近くの街道に向かうと怪しげな馬車が停車していた。目的の馬車だ。

 業者に割高な金を払って、俺は馬車に乗り込む。少しの時間を待っていると……ぎっぎっと音を立てて馬車は動き出した。












































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