第5話

 あれから三か月が経過した。

 今日は帝国に亡命をする決行日だ。俺はセバスと一緒に近郊の森を訪れていた。


「まさか……三ヶ月でになるとは……」


 隣を歩くセバスが感慨深げに呟いた。


「なんだ。信じていなかったのか?」

「いえ……最初の三日間でロベリア様の覚悟は理解しましたが……私が実践していたのは隊長クラスの人間ですら根を上げるほどの訓練です。正直な話……途中で逃げ出すどころか完了するとは思ってもいませんでした」


 まあ……やらなきゃ破滅するからな。

 場所を変えて回避できる破滅もあれば、実力をつけて回避できそうなものもある。


 それに、訓練中は楽しかった。

 セバスは俺が嫌いなんじゃないかと思うような場面も多々あったが……この世界では努力をしたぶん成果が返ってくるのがいい。


 ……前世じゃサビ残なんて当然だったからな。

 成果どころか正当な報酬すら貰えない経験をしていた。

 だからこそ、訓練を楽しいと思えるし、大変でも諦めず頑張れたのかもしれない。


 セバスが気持ちを切り替えて訊ねてきた。


「余計な話をしてしまいましたな……。亡命にあたって死の偽装をするとのことでしたが……前に話されていた方法で実行するのでしょうか」

「ああ、魔物との相討ちでいこうと思う」


 この世界における死因No.1は魔物だ。

 魔物との戦闘や一方的な蹂躙で命を落とすケースが最も多いとされている。

 また……死亡診断の技術が進んでおらず、正確に死亡と断定される人間のほうが少ないそうだ。証拠となるのは、現場と目撃者の証言くらいしかない。


 まず俺たちは……魔物を探すことにした。


「ロベリア様。魔物の探し方は覚えていますか?」

「当たり前だ」


 セバスの言葉に俺は力強く頷いた。


 訓練で主に教わったのは五感の使用方法だ。感覚の強化は実力に直結するのだと、訓練中にセバスは口酸っぱく言っていた。


 探索に用いるのは五感のうち三つ。

 視覚で足跡等の情報を集め、聴覚で音の方向や距離を把握する。嗅覚では体臭や血の匂いなどを嗅ぎ分け……それらを総合して居場所を特定する。

 

 森を進んでいると微かに血の匂いがした。

 人間ではない。ゆっくりと辿っていくと……明らかに死臭の濃い場所に出る。


 そこには虎型の魔物が居た。

 名前は……フォレストタイガーだったか?

 周辺にはゴブリンの死体が数体転がっている。フォレストタイガーは、ゴブリンを殺して食っているようだった。

 魔物が魔物を喰らうのは珍しいことじゃない。


 セバスが息を殺して言葉を転がす。


「やはりフォレストタイガーでしたか……」

「あん?まさかあの距離で気付いていたのか」

「ええ、まぁ」とセバスが当然の如く返事した。


 うーん……流石は元騎士団長。

 魔法抜きでは、依然として適いそうにない。


「フォレストタイガーは中々の強敵ですが……如何なさいますか」

「ハッ……笑わせるな。戦うに決まっているだろ。三ヶ月の腕試しだ」


 セバスの言葉を受けて、俺は腰の剣を引き抜く。


 フォレストタイガーは中級の魔物だ。

 小さな街なら単騎で壊滅させられるほどの強さを持つ。もしもグリーズレット家の兵士が挑むのならば……犠牲なくして討伐はできないと思う。


 とはいえ……俺も強くなった。

 三カ月前のプライドだけのロベリアとは違う。

 それに……今フォレストタイガーを倒せるくらいの実力がなければ、破滅を回避する目的を達成することも難しいだろう。


「分かりました。傍で控えておきますので存分に戦って下さい」

「ああ。頼んだ」


 フォレストタイガーは食事に夢中だった。

 今なら気付かれない。正々堂々などクソ喰らえ。

 俺は茂みから飛び出て……フォレストタイガーの背後から剣を振り下ろす。


「---ッ!?」


 剣が脇腹を切り裂くと、フォレストタイガーが唸り声をあげた。

 そのまま追撃と思ったが……フォレストタイガーは瞬時にその場から飛びのいて、俺から距離をとる。チッ……反応が早いな。


 もう不意打ちはできない。真っ向勝負だ。

 フォレストタイガーが怒りを込めた唸り声とともに飛び掛かって来る。

 魔物の膂力は人間の数倍だ。まともに受けようとしたら、武器どころか両腕まで使い物にならなくなってしまう。


 フォレストタイガーの攻撃を剣先で受け流した。

 耳障りな金属音が鳴り響き……すかさず懐に飛び込んで反撃の横薙ぎを入れた。


(もう一撃)


 手首をかえして胴体に更なる傷を作ってやろうと思ったが……視界の端から鞭のような尻尾が接近しているのを捉える。

 フォレストタイガーには鋭利な尻尾があり……武器のように用いる。

 クソ……これだから魔物との接近戦は嫌なんだ。


 尻尾攻撃を防ぐと、間髪入れず本体からの攻撃。

 まるで二体の魔物を同時に相手にしているかのような状況に陥り……俺は猛攻に耐え切れず手元の剣を地面に落としてしまう。


 即座に拾おうとしたが……フォレストタイガーに尻尾で剣を弾き飛ばされた。

 手の届かない場所まで剣が放られると、徐にフォレストタイガーが距離をとった。勝利を確信したように尻尾を揺らしている。


 ……チッ。まだじゃ倒せないか。








































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