第4話

「ロベリア。あなた今度は何のつもり?」


 厳しい表情を浮かべて、女子生徒が二人の間に割り込んできた。


「ティナ。ロベリア君は魔法を教えて欲しいだけみたいだから大丈夫だよ」

「アナタねぇ……そんな訳ないでしょう。お人好しも大概にしなさいよね」


 ティナと呼ばれた女子生徒が、お人好しのアレンをぴしゃりと黙らせる。


 彼女はティナ・ウィンドベル。

 この世界の主人公はアレンだが、ティナはそんな男の伴侶となる存在……つまるところ……メインヒロインだ。

 ティナは、アレンを愛している。

 平民であろうと周囲の批評に負けず、懸命に努力をする彼に想いを寄せている。


 普段のティナは誰にでも優しいキャラだが……ロベリアだけは別だった。

 愛するアレンに害する者として、彼女はロベリアのことを心底から嫌悪していた。


「それで……ロベリア。答えられないの?」


 そう言ってティナが睨みつけてくる。


「……チッ。答えられないもなにも、俺はアレンに魔法を教えて欲しいだけだ」

「はあ?信じられないに決まってるでしょう」

「……」


 そりゃあ……そうだよね。

 とはいえ真実を伝えているのも確かだけど。


「何を黙ってるのよ」


 うーむ……どうやっても説得できる気がしない。

 中身が別人であることの証明ができるのなら手っ取り早いが、そんな魔法はこの世界に存在しない。あるとしてもマイナー過ぎて使える奴はほぼいないだろう。


 アレンは兎も角として、この状況でティナを説き伏せるのはあまりにも難しい。


 ……仕方ない。

 こればかりは無理だろう。

 魔法の指導役はセバスに頼むとするか。


 帝国に亡命する前に闇魔法を会得しておきたかったが、別にロベリアは闇魔法だけしか使えないわけではない。

 闇魔法の次点では、水魔法が得意だ。

 帝国に亡命してからでも闇魔法は遅くないはず。悲観することじゃないよな。



 そんなことを考えていると……ティナがこんな要求をしてきた。


「……ならロベリア。そこまで自分の言動に嘘偽りがないって言うなら……今までアレンにやってきたことに対する謝罪をしなさい」


 アレンが慌ててティナを止めようとする。


「ティナ!?僕は謝罪なんて要らないよ」

「気分の問題じゃなくて、これはケジメの問題よ。本当に魔法を教えて欲しいっていう意思があるなら頭くらい下げれて当然でしょう」


 そう断言するティナ。


 え……そんなんでいいの?と俺は思った。

 頭を下げるくらい楽勝だ。渡りに船でしかない。


(……ああ、なるほどな)


 ただ、そこで俺は気付いた。

 クラスメイトが好奇の視線を向けてきている。


 彼等はロベリアのプライドが、死ぬほど高いことを知っている。そしてロベリアが平民に対して、絶対に頭を下げることがないことも。

 ティナは……ロベリアが頭を下げるわけがないと高を括っているようだった。


「そんなことでいいのか?」

「ふん……できもしないことを言わないでくれるかしら?」


 そう訊ねるとティナは微かに鼻を鳴らした。


 ……生憎だが、今の俺にはプライドもクソもないんだよな。以前のロベリアではプライドが邪魔して実行できなかったことが今はできる。

 ……見せてやろう。

 社畜生活で培ってきた本物のお辞儀とやらを。


「……なっ!?」

「アレン……今まで君に対して行ってきた数々の無礼を謝罪したい。許してくれとは口が裂けても言えないが……本当に申し訳なかった」


 頭を下げると、ティナは驚愕に目を見開いた。

 周囲のクラスメイトからも、どよめきが走り、困惑する空気が漂っていた。


『お、おい。マジかよ』

『あのロベリアが頭を下げた!?』

『どうなってんだよ……まさかそういう悪魔にでも憑りつかれたのか?』


 ……謝罪しただけでこうなるのかよ。

 散々な言われようだし、何だか恥ずかしくなってきた。ロベリアって本当に悪役貴族を地で行ってたんだな。



 数秒のあいだ頭を下げ続けていると。


「ロベリア君……顔を上げて」


 頭上からアレンの声音が聞こえてきた。

 彼の声には慈しみみたいなものが篭っていて……顔を上げるとアレンと目が合った。アレンは柔らかく目を細めていた。


「さっきの謝罪は口先だけじゃなかった。僕は君も大切なクラスメイトだと思ってるから……魔法くらいなら幾らでも教えるよ」


 どうやらアレンは俺を許し……魔法を教えてくれるようだった。

 ゲーム内でも敵であるはずのキャラを救済するイベントがあったが、やはりこの世界でも彼は死ぬほどお人好しらしい。


 ティナが信じられないといった様子でアレンの腕を掴む。


「アレン!あいつに騙されちゃ駄目よ。何を考えてるか分からない。それに……どうせまた失望させられるのがオチよ」


 彼女の言葉に、アレンが軽く眉を顰めた。


「ティナ。なんでそんなことを言うのさ」

「……え」

「君が言った通りにロベリア君は謝罪をしてくれたよ。そして僕はそれを受け入れた。一方的に要求を呑ませてから約束を反故にするのは……あまり好きじゃないな」

「……ッ!」


 ティナは口をわななかせ……やるせない気持ちを堪えるように俯いた。


「ロベリア君。魔法を教えるのは放課後でいい?」


 アレンがこちらに視線を向けてくる。


「……?どうしたのボーッとして」

「あ、ああいや何でもない。放課後で大丈夫だ」


 俺はこの状況に対して軽い困惑を覚えていた。


 アレンがヒロインのティナに、苛立ちを露わにするシーンなんてあったか?

 記憶にある限りだと恐らくない。


 妙な雰囲気になってしまったアレンとティナを見て、ふと俺は思った。

 ……俺が関わることで物語が変化するのか?

 少なくとも今は、ゲーム内で見たことのない光景が広がってしまっているが。


 ……いや。でも。

 物語全体に影響することはないはずだ。

 アレンとティナの関係性は、さっきの一件で崩れてしまうほど脆くはない。


 まあ……楽観的かもしれんが大丈夫だろう。

 アレンはゲーム内と同じようにお人好しだった。

 彼が今のまま学園に残るのであれば、途中にどれだけ変化しようと、物語の最後はきっと前世と同じようになる。


「よろしくね。ロベリア君」


 そうしてアレンに魔法を教わることになった。

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