第2話
帝国への亡命を決意した翌日。
自室に執事を呼んで、計画を話すことにした。
「い、今なんと……?」
執事のセバスが目を剥いて訊ねてくる。
「帝国に亡命したいから協力してくれ」
「……ああ、聞き間違いではなかったのですね」
帝国に寝返るためには主に二つのことがいる。
ひとつは強くなること。
帝国は実力主義の国と謳われている。身分は生まれや血筋ではなく実力で決定されるほどだ。今のまま向かっても殺される危険性すらある。
ふたつめは、死を偽装すること。
ロベリアはグリーズレット家という中流貴族だ。
全てのしがらみを捨て帝国へ亡命するには、ロベリア・グリーズレットを死んだことにする必要があるだろう。
そのためには……信頼できる協力者を味方につける必要がある。
「差し支えなければ理由を聞いても?」
「別に構わん。このままだと……殺されるからだ」
セバスが訝しげな表情を浮かべた。
「殺される……ロベリア様がですか?」
「ああ」
王国にいたら不幸になることが確定しているからな。大陸の隅でコソコソ生きるのも考えたが……何もせずに死んだら前世以上に後悔する。だったら自分から強くなって破滅を回避していくのがいいだろう。
「なるほど……ロベリア様が適当を言ってるわけではないことは理解しました」
セバスの瞳には軽い動揺の色があった。
「……ですが、なぜ私にこんな話を?」
「決まってるだろ。屋敷の中でセバスが最も信用に値する人間だからだ」
セバスは、ロベリアが幼い頃からグリーズレット家に仕えている老年の執事だ。
ロベリアの父親は政治のことしか頭になかった。
親としての愛情を注がれたことなく、まともに遊んでもらった覚えすらない。
セバスは、そんな父親の代わりだった。
ロベリアが父性を求める対象はセバスになり、彼もまたロベリアに愛情を注いでいた。
セバスは実子のようにロベリアを思っている。
ゲーム内でも主従を超えた関係性が垣間見えるシーンがあったが……ロベリア関連にしては感動する良いイベントだったんだよな。
……まぁ、他が酷すぎてヤンキーが猫拾うのと同じかもしれないが。
なんにしても、セバスは信頼できるわけだ。
「そう……ですか」
セバスは平坦な声音でそう呟いた。
彼は老獪な執事だ。
セバスの表情や声音から感情を読み取るのは、経験のない俺では難しかった。
「……分かりました。協力しましょう。計画はいつ頃に実行するつもりですか?」
「ありがとう。セバスはそう言ってくれると思ってたよ。……帝国への亡命は三カ月後に行うつもりだ。信頼しているからな」
よし。
セバスの協力が得られれば死の偽装は簡単だ。
あとは俺自身どれだけこの三カ月で実力を伸ばせるかで状況は決まる。頑張ろう。
……それにしても、セバスの協力が得られて何だかんだ嬉しかった。
ゲーム内では明言されていなかったが、セバスは父親というよりもロベリアに忠誠を誓っているというのは本当なのかもしれないな。
三か月という目標を立てて、俺はまず近接戦闘術と座学を学ぶことにした。
ゲーム内でのロベリアの適性武器は剣だ。
他種の武器を使うメリットも今は無いので、素直に剣術の訓練をする。
「早速で悪いが……俺に剣を教えてくれ」
「私、ですか?」
部屋に残っていたセバスが目を丸くした。
「それは……家庭教師で事足りるのではないでしょうか。それに私は一介の使用人です。ロベリア様のお力添えはできないかと……」
「はッ、元騎士団長が剣を知らないわけがないだろう?」
そう言うと、セバスの表情がやや曇った。
「……何のことでしょうか?」
「傷口を抉るようで悪いな。俺はただ剣を教えて欲しいだけだ」
セバスは元王国騎士団長だ。
グリーズレット家に仕えている詳しい経緯は知らないが、ゲーム内でもやけにステータスが高いことから色々な考察をされていた。
騎士団長ともなれば、育成面でも素晴らしいノウハウがあるだろう。
これを活かさない手はない。
俺の確信を持った態度にセバスは嘆息した。
「……まさかご存知であるとは。今日のロベリア様はまるで別人のようだ」
まあ事実、別人みたいなもんだからな。
前世の記憶とロベリアというキャラクターの精神が混在している状態だ。
……ロベリアが尊大な態度をとる性格だったせいか、敬語を使ったりが難しいんだよな……まあ、そこはおいおい考えていくとしよう。
「それで、どうなんだ。俺に剣を教えてくれるのか?」
「……そうですね。今のロベリア様にでしたらいいでしょう。程度の低い輩に間違った剣を教えられても困りますから」
……あれ、なんかセバスの纏う雰囲気が変わった?
「目標は三カ月で帝国に通用するほどでよろしいですか」
「あ、ああ。そうだ」
俺が頷くとセバスは鋭い眼光を向けてきた。
こんなに厳格なセバスは初めて見た。
獅子は我が子を千尋の谷に落とすというが……そういった感じなんだろうか。
「訓練をするとき私の言うことには『はい』以外の言葉を禁じます」
「は、はい」
「よろしい。訓練は今日から始めます。準備をして裏庭に来てください。三ヶ月でロベリア様を一人前の剣士に仕立て上げますよ」
……お手柔らかにな。
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