使命感と達成感


 小学生の夏休みに話を戻そう。僕は確か、お兄ちゃんにこうたずねたのだ。


「パクリはいけないことだよね。どうして、Xのパクリは許されたの?」

「許されたというか、黙認されたというケースだろうな。Xが駆け出しの漫画家だったから、水島先生は大目に見たのかもしれない」


「誰も怒らなかったのかな。お兄ちゃんは怒ったんでしょ?」

「ああ、怒ったよ。でも、編集部に電話して、文句を言うほどじゃなかったな」


「僕はとても腹が立ったよ。これって、僕がおかしいのかな」

「いや、それでいいんだ。どうして腹が立つのか、自分でとことん研究して、わかりやすくまとめてみるといい」


「研究? まとめるって、どういうこと?」

「何を言ってる。夏休みの自由研究について、おまえは相談しにきたんだろ?」


 ああ、そうだった。そのために、お兄ちゃんの元を訪れたのだ。


「何だこの野郎って思ったんだろ? その怒りが自由研究のエネルギーになる」

「うん、わかった。やってやろうって気持ちになってきたよ」


 こうして僕は、自由研究のテーマを『水島漫画をパクった漫画家X』に決めた。水島漫画が大好きなので、資料をまとめる作業は少しも苦にならなかった。僕が漫画家Xの罪を暴くことで、水島漫画を守るという使命感もあったと思う。


 ただ、水島新司を知っているクラスメイトは限られている。もしかしたら五六人かもしれない。漫画家Xに関してはさらに少ないだろう。ほとんどのクラスメイトは初めて見るのだから、何よりもわかりやすいことが大事である。


 まず、水島漫画のコマと漫画家Xのコマを対比できるようにする。それぞれのコミックスの該当ページを拡大コピーして、オリジナルとパクリを見比べてもらうのだ。クリアファイルの左ページに水島漫画のコマ、右ページにパクリ漫画のコマ。見開きで対比ができれば、Xの罪は一目瞭然になるだろう。


 残りわずかな夏休みを使って、僕は『水島漫画をパクった漫画家X』に取り組んだ。あれほど自由研究に夢中になったのは、後にも先にもなかったと思う。他の宿題はさしおいても、これだけは絶対完成させるつもりだった。


 事例の順番は何度も考え直したし、全体的なバランスも考慮した。よりわかりやすく、より興味深く、何度も修正を加えた。結局、夏休み最終日の夜に仕上げられたのだから、我ながら、よく頑張ったと思う。


 僕は達成感を味わっていた。完成直後は出来栄えに自信があったので、担任の先生やクラスメイトの反応が楽しみで仕方なかった。


 振り返れば、かなり読みが甘かったと思う。創作物によってメッセージを伝えることの難しさは、小学生の想像と理解をはるかに超えていたからだ。それは理想と現実のギャップと言い換えてもいいかもしれない。


 二学期早々に、僕はことになる。





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