銀聖花

三日月まこと

銀聖花

 その星の自転は遅い。

 一週間昼間が続くと、暗闇の夜が一週間続く。

 夜の期間には獣がのさばり始めるので、人々はその長い夜を家にこもって家族と過ごしていた。


 十六歳の少女、メルウには父と家畜たちがいた。

 母は幼いころ他界してしまったのだ。

 しかし、父は母が亡くなってから町の酒場で酒ばかり飲んで暮らしていた。それがたたって身体を壊し、三か月前にやはり他界してしまった。


 メルウには父と母が遺してくれた家と家畜のみが生活の頼りになった。

 朝は冷たい水を井戸から汲んで家畜へ飲ませ、餌をやり、乳を搾り、それをチーズやバターにして町へ売りに行く。

 メルウは一人、そんな生活をしていた少女だった。だから、仕事の邪魔にならないように髪は短くて疲れのためにぼさぼさで、手は冷たい水仕事のせいで節くれだって荒れていた。栄養不良で肌もくすんでいた。




 それは、長い夜が始まったばかりのときだった。

 隣家の同じ歳の幼馴染、クグリという少年がメルウの家に遊びにきたのだ。

 クグリの母親が作った特製ベリーパイと煮込み料理をメルウに分けてくれた。

 有難かったが、美味しそうなそれらを受け取ると、チクリとメルウの胸が痛んだ。

 クグリは居間の椅子に座ると、愉快そうに話を始めた。


「でね、メルウ。その時とうさんが言ったんだ。お前がしっかりしてないから家畜たちが言うことを聞かないんだって。酷いと思わないか? 僕のせいなの?」


 笑いながら父親から言われた小言を嘆いているのを見て、メルウは眉をひそめた。



 クグリには美味しいお菓子や料理を作ってくれる母親も、ふがいないときに叱ってくれる父親もいる。

 自分には手に入らないものを持っていて、それを当然だと思っているクグリがメルウには憎々しく思えた。

 メルウの不機嫌に気が付いたクグリは、くびを傾げてメルウを見る。


「どうしたの?」


 メルウは後ろを向いて小さく呟いた。


「……父も母もいない私に、よく家族の愚痴がいえるわね」


「……ごめん」


 クグリは自分の思慮が浅かったことを恥じた。

 メルウは唯一の肉親である父親を三か月前に亡くしたばかりだったのだから。

 酒ばかり飲んでいた父親でも、メルウには唯一の肉親だった。


 そのとき、クグリは突然に何かを思いついたらしく、メルウの手を取った。

 そして目をきらきらさせて、彼女を見る。


「これからちょっと良いところに連れて行ってあげる」

「いいところ? 今は夜の期間なのよ? 外は危険だわ」


 クグリはそばかすのういた顔を悪戯っぽく、くしゃりと笑みの形にした。


「用心はするから大丈夫。僕についてきて」




 クグリはメルウを夜の森へと連れて行った。

 黒々とした木々が覆い茂る森は危険なだけでなく、不気味だった。

 

 クグリは獣よけに松明に火をつけて音の鳴る鈴をつけて先を進む。

 メルウは怖かったが、クグリのあとをついていった。


 すると、岩が階段のようになっているところへと出た。


「メルウ、目をつむってこの岩を登って行って」

「怖いわ。何があるの?」

「いいから。僕はすぐ後ろにいる」


 クグリはメルウの背を押しながら、メルウがバランスを崩さないように支えて岩を登って行った。


 メルウは岩を登りきると、夜の肌寒い風を感じた。それと同時に、何か芳しい香りも感じた。

 これは――


「目を開けてもいいよ」


 クグリの言葉どおりに目を開けると。


 そこは銀色の一面の花畑だったのだ。


 大きなユリのような、それでいて花弁がいくつもついた花が、発光して光を放っている。


 夜の風にさやさや揺れて、月の光に照らされていた。


 そう、さっきの香りはむせかえるような花の芳香。


「この花は暗闇の中でしか咲かないんだ。それでいて、自らが光る、ふしぎな銀色の花。銀聖花っていうんだ。薬効もあって、この前とうさんとここにこの花を取りに来たんだ。綺麗だろ?」


 クグリはメルウを見て得意げになる。メルウが驚いているのが嬉しそうだった。


「ええ、とってもきれい」

「ああ、まるでメルウみたいだね」


 メルウは目を見開いて、クグリを見た。

 何を言い出すんだ、と思ったのだ。


「私はあんなにきれいじゃない。肌はがさがさだし、手だって節くれだって荒れ放題だわ」

「そんなことないよ。メルウはきれいだ。暗闇の中で自らが光る花。まるでメルウじゃないか」


 銀色に光る花畑の中で、クグリはメルウの手を取って、手の甲に口づけをした。


「メルウには僕がいる。メルウは一人じゃない。そのうち、メルウと僕で大家族をつくりたいな」


 いたずらっぽく笑ったクグリにメルウは泣きたい気持ちで彼に抱きついた。

 クグリはメルウを抱きとめると、耳もとでメルウを安心させるように囁く。


「本当だよ。僕は本気だ」

「うん……」


 メルウはぎゅっとクグリの背にまわした手に力を入れた。


「だから、メルウは一人じゃないよ」

「うん……」


 メルウは今度こそ、クグリの優しさに目から涙があふれだした。


 暗闇の中、一面に淡く光る銀の花。

 その中で、二人のやさしい約束がひそかに交わされた。

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銀聖花 三日月まこと @urutoramarin

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