本当は怖い住宅の内見(映画化決定)

@2321umoyukaku_2319

第1話

 ケエドカワ不動産に勤めるワレンシカ・アマンドット本根けえこっ子(仮名)はかつて、とても恐ろしい体験をした。それは住宅の内見に起きた。同様の出来事が今後も生ずる可能性は否定できない。そこで、この機会に公表することとした。これは、彼女ご本人の許可を得てのことである。また、本稿は発表前に彼女に査読して頂き、そのご了解を得た上で投稿している。

 その事件は今から数年前の××年三月に起こった。学生の進路が決まり引っ越し先を探す時期であり、人事異動での新たな職場に合わせた住居を求める社会人が多く現れる季節だ。不動産屋にとっては繁忙期である。ケエドカワ不動産の営業社員であるワレンシカ・アマンドット本根けえこっ子もまた、忙しく働いていた。その日は大学に進学した女子学生の親子を案内して学校周辺のアパートやマンションを幾つも回って歩いていた。

 娘の両親は初めて親元を離れる子供のことが心配でならないようで、住まいの条件は何よりも安全第一だった。実際に暮らす娘は日当たりや家賃や駅までの距離といった住みやすさを最優先していた。

「お父さんもお母さんも心配しすぎ! 大丈夫だって!」

 そういう娘に両親は不安の色を隠せない。

「そんなこと言っても心配だよ」

「そうですよ。お父さんの言う通りです。ねえ、営業さん。お尋ねしますけど」

 娘の母親から話しかけられたワレンシカ・アマンドット本根けえこっ子は営業スマイルで返事をした。

「どうかなさいましたか?」

「このマンションの入り口は鍵が掛かっているけど、他の人と一緒に内部へ立ち入りする人がいるでしょう。危ない人が」

 その通りなのでワレンシカ・アマンドット本根けえこっ子は頷いた。

「不審者が、マンションの住人を装って入ることはあります」

 娘の父親は不安そうに言った。

「そうなると、どこも安心できないよ。怖いねえ」

 娘は笑った。

「心配しすぎ! 私なら大丈夫! 変な奴に襲われたって、返り討ちにしてやるってばよ!」

 物凄い自信だった。自分と同じ小柄な女性なのに凄い! とワレンシカ・アマンドット本根けえこっ子は憧れに近い感情を抱いた。その根拠のない思い込みが、素直に羨ましかった。

 不動産の営業職の女性が住宅の内見の際に客の男性から襲われるという都市伝説がある。ワレンシカ・アマンドット本根けえこっ子は、そのような経験はない。だが、男性客が相手の場合は警戒するようにしていた。

 この時は無警戒だった。当然だ。客は娘と、その両親。危険な人間には、まったく見えない。

 しかし人は見かけによらない。それは娘がクローゼットに近づいた時に起こった。娘の父親が急に叫んだ。

「営業さん、危ない!」

 急に言われても何が何だか分からず棒立ちのワレンシカ・アマンドット本根けえこっ子に、娘の母親が抱きつき、床に倒した。倒れ込んだ彼女の体を飛び越える物がいる。巨大な犬いや、狼だった。その狼はクローゼットの前で仁王立ちの娘の横に降り立つと、恐ろしい唸り声をあげた。その頭を撫でながら、娘は言った。

「そこに隠れているのは分かっているよ。出て来な!」

 クローゼットが内側から開いた。中から銃を構えた数人の男が現れる。紺の背広にサングラスの姿で、人相は分からない。しかし娘は、その正体を知っている様子だった。

「組織のボスに伝えておきな。あんたらが手出ししない限り、こっちは何もしない。ただし、こうやってちょっかいを出すのなら、ただじゃすまないってね」

 ワレンシカ・アマンドット本根けえこっ子をかばいながら、娘の母親が言った。

「素人さんがいるときに手出しするのも許さないからね。この営業さんに、もしものことがあったら、あんたらをバラすだけじゃなく、あんたらの親兄弟、妻に子供ら全員を殺すから。生まれてきたことを後悔するくらい、痛め付けてから殺してやる。そいつらは全員、お前らを呪って死ぬ。お前らを恨んで死ぬ。お前らのせいで死ぬのだからなあ、当然だよッ!」

 狼まで話に加わった。

「悪いことは言わない。ここを立ち去れ。私は家長として妻と子を守らねばならないが、本音を言うと殺生は嫌いだ。十数え終わる前に消えるんだ。十、九、八――」

 娘の父親らしき狼が七を数え終わる前に、男たちの姿はフッと消えた。娘の母親は立ち上がった。震えているワレンシカ・アマンドット本根けえこっ子を支えて立たせる。

「驚かしてごめんなさい。でも、もう大丈夫だから」

 狼から元の姿に戻った父親が深々と頭を下げた。

「本当にすまないことをしてしまった、どうか、どうかお許しを」

 娘は言った。

「ここ気に入った。ここにする」

 両親は同時に口を開いた。

「本当にここにすんの?」

「うん、学校にも駅にも近いし」

「もう少し考えたらどう?」と母親。

「敵が来たって、知らないぞ」と父親。

 娘はニヤリと笑って言った。

「二人は気付かなかったようだけど私、さっきの奴らにウイルス入りの唾を吐きかけておいたの。そのウイルスが奴らの体に入って、その毒素が全身に回ったら、あいつらの暮らしている異世界は終わり。そこの全生物が絶滅するから、もう心配しなくても平気」

 それならいいか、と娘の両親は納得した。そして契約を決めた。契約書にサインした後、その親子三人はワレンシカ・アマンドット本根けえこっ子に贈り物をした。

「このリングなんだけど、魔物が封印してあるの。あ、大丈夫。持ち主を守ってくれる魔物だから、ぜんせん怖くないよ。住宅の内見で変質者に襲われる不動産屋さんの女性営業職がいるって聞いたから、お礼の意味も兼ねて、あなたにプレゼントしたいと思って。ね、受け取ってえな?」

 地方の訛りを出して娘は魔物を閉じ込めた指輪を渡した。娘の両親は言った。

「不動産屋さんには、これからも何かとご面倒をお掛けするかもしれませんので、どうかお受け取り下さい」

 断るのも怖いのでワレンシカ・アマンドット本根けえこっ子は指輪を受け取った。それを使う機会は、今のところない。その娘からは一度「ゴキブリが出た!」と苦情の電話が入ったくらいで、大きな問題は起きていない。

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