15 改革

Side:エステマ


「では、そちらに座って楽にしていて下さいね。すぐに戻りますので」

応接室と言う部屋に通された俺にそう告げると、レイモンズは部屋を出ていってしまった。


まったく意味がわからない。レイモンズの行動がまったく読めず困惑するが、とりあえず言われたソファに座る。


ボーっとしながらも室内を見渡しすと質素な部屋だと感じた。必要不可欠なものしか置いていない部屋……とても伯爵家の屋敷、それも客が最も出入りするであろう応接室の作りとは思えない。


「お待たせしました」

5分程度でレイモンズが部屋へと戻ってきた。


その声にレイモンズの方を見るとカップなどを乗せたワゴンを押している。見た目だけは質素ではあるが貴族服を着ているため当然の事ではあるがレイモンズが執事には見えない。執事やメイドはいないのだろうか?


俺が思った以上にこいつ……貧乏なのか?


「なあ、さっきからメイドやらの姿が見えないのだが……」

「ええ、我が屋敷ではメイドや執事などは数名しか雇っておりません。その為この時間の給仕なんかはこうして私の仕事となっております」

レイモンズは笑顔でそう言い放つ。


おかしい。こう見えても領地の方はしっかりと代官に任せつつも統治できているハズだ。かなり優秀な男で少し前には聖女召喚についての情報も伝え王都の様子も見に行ってもらった。


あのバカ王の様子は相変わらずで国にも軍事の拡張などの大きな動きはないとのこと。

ギルドでは魔王が出たとの騒ぎになっており手配書が出回っており、その包囲網としてギルドが各所に真眼持ちを派遣しようとしていること。

そして対魔王用の魔道具作成を急がせているなど……


リザからの情報では足りない部分まで報告してくれたのもこの男だ。俺にとっても正直ありがたい情報も多かった。一応諜報に出ている仲間もいるが各所の内部まではまだ入り込めていないからな。伯爵家の当主としての情報は貴重である。


おまけに城にも赴き最近何かと不穏な動きを見せている自分の兄、ドロウンズにもちゃっかり嘘の情報の流しており、バカげた内乱計画を足止めさせているのも知っている。

今回はそのお礼も兼ねての情報提供であった。もちろんその後の協力も見込んだものであったが、レイモンズに金がないのであれば資金提供もした方が良いのか?やはり資金面で余裕がなければ改革も進まないだろう。


「なあ、金に困っているなら援助することもできるぞ?もちろん今後も協力してもらうのが条件ではあるが……」

俺のその言葉に丁度俺の前に紅茶か何かを注ぎ終わったカップを置いたレイモンズの動きが止まる。


「いやはや、せっかくエステマ様がいらっしゃったのに恥ずかしい姿を晒してしまいましたかな?……ですがお気遣いなく。別にお金に困っているわけではないのですよ」

そう言って頬を掻くレイモンズ。


「私は無駄が嫌いでしてね。私の父は沢山のメイドや執事を雇っては贅沢をしていたものですよ。それをどんなに苦々しく思っていたか……」

「そ、そうか」

「ですが両親が他界し、自意識過剰で邪魔な兄をなんとか王宮に誘導することもできた。やっと私が領主になることができたのでこれ幸いにと無駄は省く改革を行ったのですよ」

胸に手を置いて目をつぶっているレイモンズ。


「父の代からいる優秀な執事やメイドだけを残して、あとは無駄に身を持て余しつつ適当に働いていた者は全て解雇いたしました。真面目な者を残すつもりでした。

そしてそれなりに残るだろうと思っていたのですけどね……結局残ったのは執事が2名、メイドが5名だけとなりました。悲しい事です……」

「そうか。だがこの屋敷も結構広いだろ?その、大丈夫なのか?」

貴族の館、しかも伯爵家と考えると少なくともその倍は必要だとバカな俺でも分かる。これでも一応は男爵家の娘だ。


「それが意外と何とかなるものですよ。私は執事に代官の仕事の手伝い押し付け、メイドには料理や清掃などを中心に行っていただいてます。もちろん同意の上でですよ?少し仕事が楽になったと好評なんです。

そのおかげもあって領内の税を2%程ですが引き下げることができました。もちろん手を加えたのはそれだけでは無いんですけどね」

少年のような笑顔で話し続けるレイモンズ。


「そして私もこうして運動不足を解消をしていると……もちろん2ヵ月程は執事に鬼のような特訓を受けましたので、味も保証しますよ?」

「あ、ああ」

俺はこの良くしゃべる男の言葉にあっけに取られてしまう。


「エステマ様が先出し頂いた情報だけでもテストした農地のについては順調に育っているようです。それなりの農地で試しましたからね。それだけでも秋にはかなりの備蓄ができるでしょう。もちろん順調にいけば……ですが。

もし万が一にでも何か問題が発生して王都から難民などが出たとしても、多少なりともそれらを受け入れる助力ができる事でしょう」

ニッコリと笑顔を向けて話すレイモンズ。


俺はそれに対して「すまないな」と告げることしかできなかった。こいつの頭の中ではどこまでが想定されているのだろう?


「いえいえ、それに我が領土はまだまだ手付かずのところも多いです。流れてきた方々に農作業をやるものが出てくれればさらに食料の確保も捗るでしょう!」

やはりこの男は優秀だ。


少なくとも俺はいずれ王を引きずり下ろす。バカげた召喚など二度とできない様に……どんなバカな王でも無理に交代させれば混乱が生じ、飢える民は難民となるだろう。

この世界では過去にそういった事例が数多く記録されている。そしてその混乱からくる起こりうる未来をすでに予測して準備をしていることに驚いた。過度な情報は与えないようにしていたのだが……


レイモンズはさらに先をみて自領の発展すら考慮している。


「そうだな。そうなってもらわないと困るぞ」

「分かっております」

俺は自分の目に狂いはなかったのだと確認した。そして良い協力者と出会えたことを神に感謝した。


きっとあの王は今回の聖女にかけているはずだ。リザの話では王は相変わらず夜も鍛錬をしているようだが、最近せき込んだり顔色が悪いことも多いと聞いている。


いっそそのまま寿命で死んでくれれば……

そう思ったが、そうなると真理って子もマリアの方も本当に死んでしまうだろう。いや?マリアはどうかな?主が死ねば普通は死ぬがそもそもマリアの首輪はほぼ破壊されている。

その影響で仮死状態になってるのだから……


いやだめだな。

ここに来てもしかしたら死なないかも?なんて博打はできない。

何かあったらリザに殺される。


俺は少し身震いをしながら、出されたカップを口にした。


「うまいな……」

「でしょう?エステマ様のために良い茶葉を使いましたので!」

俺はニコニコとこちらを見つめるレイモンズに、農地改革案のすべてを託すため魔法袋から資料を取り出し説明を始めるのだった。


今日は長い一日になりそうだ……



Side:真理


「真理様、少し休憩にしましょう」

「うん。そうだね」

私は魔窟の壁に背を向け座るとその壁に寄りかかる。


自前の魔法袋からタオルを出して汗を拭いてゆく。

今日も魔窟の20階層でレベルアップに汗を流していた。ちょど2時間程度経過して一旦休憩を取る時間となっていたようだ。


ここ最近は昼間は城で魔力修行、午後は魔窟という生活をひたすらに繰り返していた。レベルアップの速度は遅くなってきたが、それでもかなり上がっているのはリザが次々に魔物を屠っているからだろう。


今では自分の身は自分で守れると自信もある。

魔物からの攻撃が飛んできても考えるより先に『結界』を発動させることもできている。『結界』を自分の手足と同じように無意識で発動できるようになった時には、リザに褒められかなり気分が良かったのを覚えている。


私がニマニマしながら自分のステータス画面を見ていると、すでに立ち上がっていたリザがこちらも見ているのに気付く。慌てて持っていたモッモのジュースを飲み干し立ち上がる。


「では、行きましょう」

「うん。リザよろしくね!」

「お任せください。少し、スピードを上げますので流れ弾に注意してくださいね」

「分かった」

私はリザの言葉にうなづきならが、走り出したリザについてゆく。


この20階層では影魔法を使うダークウルフや、毒液を吐くポイズンスライム、たまに強烈な燃えるタネを飛ばしてくる火炎花と言った魔物を相手にしていた。

次々にリザがそれらを屠っていく。


私はいつもの様に『結界』をうまく使って魔物を追い詰める作業を繰り返していた。やっぱりパズルゲームみたいで楽しい。後はドロップする魔石と影石、毒消しポーション、火炎の実を拾って行く。

たまにリザが『流れ弾』と言っていた火炎花の燃えるタネが飛んでくる。それを冷静に『結界』で防いで後を追いかける。


そんな中、私のレベルが上がった。

私はリザを追い、周りを警戒しながらステータスを確認する。そして思わず私の足が止まった。


「リザ!新しいスキル覚えた!」

私の声に立ち止まり、周りの襲い来る群れを何か良く分からない衝撃波のような技を使って、一瞬でそのすべても消滅させてから私の元へと戻ってきた。何それ?初めて見るよ?私にも教えてくれない?


「リ、リザ?今の何?初めて見るけど……」

「ふふふ。内緒です。それよりスキルは何を覚えたのですか?」

「えーっと『解放』ってやつ。これ何?」

私の言葉に一瞬顔を曇らせるリザ。


「真理様……それは城に帰ってから……」

「ど、どうしたの?」

「解放については後程お教えします。いいですか?絶対に、発動しようとは思わないでくださいね。約束ですよ?」

「わ、わかったよリザ」

ちょっと怖い顔をしながら言い寄るリザの迫力に、私はそれ以上のことは聞かなかった。きっと城に戻ったらリザが教えてくれるだろうから、今は聞かない方が良いという事だろう。


いつもならまだ修行を続ける時間ではあったが、急に帰還することになった私たち。この階層の転送陣を目指して走るリザを追いかけることに集中した。


いつも冷静なリザがあそこまで狼狽えるこの『解放』と言うスキル……一体どうゆうものなのだろうか?不安がよぎる。でも今は『リザがいるのだから大丈夫』そう思って溢れ出る不安を飲み込んだ。


――――――

真理 ジョブ:聖女

力120 硬65 速85 魔380

アクティブスキル 『結界』『回復』『状態異常回復』『解放』

――――――

『解放』すべての束縛からの解放

――――――

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