12 生者

Side:イザベラ


「いくぞ!本当にいいんだな!」

「いいわ!どうせこのままなら私はいずれ死ぬもの!」

私はゴクリと喉を鳴らし勇者様の振り上げた聖剣から目が離せなかった。


「じゃあ……いくぞ!いいか!やってやる!スラーッシュッ!」

「あーーーー!」

そして勇者様は私に剣を振り下ろし私の視界は真っ赤に染まった。そしてガバリを体を起こす……いつものベットの上でじっとりと寝汗をかいていた。


「大丈夫か?」

私はその声で横に寝ていたはずの女勇者、エステマ様の方を向く。


「懐かしい、夢をみてたの」

「そう、か」

「あれから8年……たまにこうしてあの時のことを思い出すわ」

「そうか」

エステマ様は自分のベットから降りると私の優しく撫でる。私を救ってくれた王子様……なぜ女性なのかと何度思ったことか。でもそんなことはどうでも良いの。私は一生エステマ様を愛し続けるから……


「そういえば、こないだリザから連絡があったぜ」

「ほんと!」

私はエステマ様に抱かれながら懐かしい名前に声をあげる。リザも私に優しくしてくれた愛しい人。なぜリザも女性なのかと何度思ったことか。でもそんなことは……


「ああ、なんでもまた聖女召喚があったとか……」

「えっ……首輪は?」

「今回もやっぱり隷属の首輪をはめてしまったとさ」

「なんてことを……」

なんでこの世界に召喚された聖女は安易に首輪を嵌めてしまうのだろうか……まあ不安だしね。言葉が通じるというのなら……自己嫌悪に陥る。


「だが今回は少し違ったようだ。その召喚者、真理って女は彼氏と一緒に召喚されたって」

「何それ羨ましい!」

「それもあってかあのバカ王に一切触れさせてないんだってよ。さわるなら死んでやる!って隷属に抵抗しているとか」

「凄いねそれ……何気にあの王、ボディータッチ多くて肌腐るかと思ったし……」

過去を思い出し鳥肌が出た。


「あと彼氏はランダム転移術で飛ばされた。真司って言うらしい。そしてジョブが魔王って言うからな。いずれ俺にも話がまわってくるだろうぜ!」

「なにそれ。彼女が聖女で彼氏が魔王?滅される対象じゃない?」

「だが話の分かる奴ならうまく保護できれば戦力にもなるかもしれない……」

「そうね……そうよね。魔王だからって元は一般人だっただろうし……」

魔王です。だから人間滅ぼします。そんな人は滅多にいないだろう。その真司君って男の子は被害者なのだから。保護してあげたいね。でも彼女持ちか……いやまあそれは置いといてだね。


「なんでも良いわ。その真司君って魔王があの王を殺してくれるなら……ホントは私がすぐにでも殺したいけどね」

想像ではもう何度もあの王の喉元に短刀を突き刺している。


「チャンスがあれば俺がやらせてやるよ」

「ふふ……ありがとう、エステマ様」

私はエステマ様に抱き着き、少しだけ汗ばんだ彼女の肌の匂いを堪能した。起きたてのエステマ様最高!


◆◇◆◇◆


Side:エステマ


朝の鍛錬を終え寝室に戻ると、俺は汗を拭くながらため息をつく。


やっと新しい聖女が召喚された。

今度はうまくいってくれれば良いな。そうだろマリア……


俺はベットに横たわる美しい黒髪の女性をそっと撫でる。過去に未熟者ゆえに助けることができなかった聖女。隷属の首輪を断ち切ることができず、死なせてしまった……だがマリア自身の持つスキルが今の彼女を延命させている。


今度の聖女が隷属の首輪の力に打ち勝つ事のできるスキルさえ覚えてくれればと願う。もちろんそんな都合の良い能力など無いのかもしれないが……それでも願ってしまうのだ。


早朝のイザベラの話を聞いたこともあってか俺は昔を思い出していた。


隷属の首輪は魔窟でたまに見つかるアーティファクトだ。

とは言えそこまで珍しいものでもないのでかなりの数が見つかっている。今から10年ちょっと前、俺はいくつか手に入れてはその首輪を破壊する剣技を試していた。目的は特に無い。ただ誰かの為に何かがしたかったんだ。

俺の住んでいた町では主人に忘れ去られ、放置されている隷属された奴隷が何人か住んでいた。別に珍しくもない話でどこの街にも一定数のそう言った放置された隷属奴隷がいるもんだ。


15年ほど前、ちょうど先代の勇者が命を賭して魔王を封印した直後のことだと推測される時、俺はその勇者の力を継承した……突如体が熱くなり、力が漲ってくるのを感じた。そしてステータスを確認したら勇者になっていた。


『平和になった世で何をしたら良いんだ?』


勇者が死んで魔王は封印されたと聞いた俺の感想だった。だから俺は悩んだ末に手当たり次第で人助けに奔走した。


前代の勇者は能力値も全て2000を超えていたという嘘か本当かわからないという話も聞いていた。だから300を少し超えた程度の俺なんてなんにもできないと鼻から諦めせめて人の役に立とうと思っていたんだ。


女だてらに乱暴で周りに迷惑ばかりかけていた俺が、勇者になった途端に周りが手を返して褒め称えていたからな。その光景が面白くなって片っ端から人助けに明け暮れた。


この時代に魔王はいない。

だからこれが俺の務めだ!そう思いながら調子に乗った俺はその恐怖におびえる隷属奴隷たちを助けたくて必死で練習したんだ。いつ主が思い出して『死ね』と命じられるのを恐れて生活するのはさぞや怖かっただろうからな。


どんなに離れようが主にそう命じられれば苦しみながら死んでしまう。それが隷属の首輪の怖いところ。たとえそうじゃなくても主が死んでしまう場合もある。その場合も道連れというのだから本当に怖すきる。

解放されるのは主の手で外してもらうしかない。


その恐怖からの解放。それは勇者にもできなかったこと。俺がそれを成し遂げれば『やっと人に役に立つことができた』と実感できる気がする。そんな思いもあったかもしれない。


だから俺はその首輪に何度も斬撃を放つ。

早く、正確に、前代から譲り受けた聖剣の先に魔力を籠めながら……1年ほど鍛錬を繰り返した俺は、それなりに綺麗に首輪を破壊できるようになった。ただそれができたとして、果たして首輪の効力が消滅するかも分からないのに……


そんなある日、知っている程度の隷属奴隷が苦しみだした。


「いいからやってくれ……」

もがき苦しみながらも男にそう言われた俺は聖剣を気合と共に振り下ろした。


結果は失敗。首輪が中途半端に破損され、それにより更なる苦しみの中でそいつは死んだ。首輪からは練習時の何倍も強い抵抗を感じた。そしてその男の仲間の二人も同じように苦しみだした。

おそらく主人が死んだか何かで同じような状態なのだろう。


そいつらも俺に願うんだ。『一か八かでやってくれ』と……今さっき目の前で失敗した俺にだぜ?正直頭おかしいと思った。


だが俺はもう一度震える手に力を籠めて聖剣を打ち下ろした。


次の一人は首輪を破壊し命を助けることができた。心の底から嬉しかったのを覚えている。そして最後の一人……助けることができなかった。そいつは最初に俺が失敗してしまった男の恋人だったんだ。


それなのにその女はm俺に笑顔で「ありがとう」と言って死んでいった。

あの時は俺も死のうと思ったさ……


「エステマ様、夕食の支度ができまし……どうしました、顔が真っ青ですが……」

「ああ、クリスチア……ちょっと昔の、君たちのことを思い出していてね」

気付けばいつのまにか部屋に入ってきたクリスチアが俺の顔を覗き込む。


「そう、でしたか……」

その言葉だけでクリスチアはあの時の事かと察してくれる。


「私は、エステマ様には感謝していますよ。きっと二人もそう思っているでしょう。もう何度も言いましたよね?私たちはどうせあの時に死んだんです。僅かな希望があったから縋り付いた。ただそれだけですよ……」

そう言って笑うクリスチア。


俺が最初に助けることのできた元隷属奴隷だ。今は俺の従者として身の回りの世話をしてくれている。

あの時の「私を助けてくれたありがとう。二人に希望を与えてくれてありがとう」というクリスチアの言葉で、俺は生きて償わなければならない、そう思い直したんだ。


「そうだったな。ありがとう」

「何を言ってるんですか。さあ、冷めちゃいますよ」

クリスチアには笑顔で急かされる。


「そうだ、また新たな聖女が召喚されたそうだ」

「えっ……そう、ですか」

クリスチアはちらりとマリアの方を見る。


「今度こそ……ですね」

「ああ、そうだ。希望はある……そろそろあの王も老いてきたと言うし、そろそろ決着をつけなきゃな……」

そう言いながら、マリアの髪をそっと撫で、部屋を出るのだった。


Side:ドンガ


俺は今、ネクサスの町を出て旅をしている。

ネクサスの街から北西付近の小さな村に立ち寄り、そこからさらに北を目指している。この先にはオルトガという町があるはずだ。


ギルドであねさんに真司君が「魔王だ」と言われ思わず、短刀を抜いて追いかけてしまったあの日……逃げ去る時の俺を見る真司君の悲しそうな目が今でも忘れられない。

ダインにも「気持ちはわかる。だが真司君の気持ちを思うと何も言えねえな」と言われた。俺もそう思う。彼もまたあの王の被害者に他ならない。


王の勝手で突然異世界に放り込まれそして魔王と認定され、もしかしたらその事で城から命からがら逃げてきたのかもしれない。そんな彼に俺は何と言う事をしたのだと後悔した。毎日その後悔だけが膨らんでいった。


あの時に慌てずに真司君を庇い『出会ったばかりだがいい奴なんだ』とその人柄を説明することができたら、せめてあねさんが報告をすることぐらいは止められたかもしれない。

しかしそうとはならず、その翌日には真司君のあまり似ていないが特定できそうな情報がのった手配書がギルドに届いたそうだ。おそらく各町に張り出されているだろう。


俺は強引に門番の仕事を長期間休むことを告げ町を出た。

そして最初に訪れた北西の小さな村では真司君と思われる目撃情報はなかったようだ。だからそのまま北上してオルトガを目指している。なんとかして真司君を見つけ出したい。そして謝罪して多少なりとも生きてゆくための支援をしたい。


もちろんそれを真司君が望むならではあるが……願わくば俺のちっぽけな支援なんて要らないぐらい平和に生きていたくれれば俺も嬉しい。いや違うな。俺の中の罪悪感が薄れてほしいって言う邪な心が叶うだけか……

つくづく冒険者にならなくて良かったと思う。卑怯な俺には小さなあの町の門番がお似合いだ。真司君の無事を見届けらたまた町に戻って土下座でもして、門番に復帰できたら良いのだが……


俺は久しく使っていなかったジョブ、狩人として古い弓矢で野鳥を狩りつつ路銀を確保して旅を続けていく。


「待っていてくれ真司君!殴られたって良い!せめてあの時のことを謝らせてほしいんだ!」

そう決意して歩き出すのだが、魔王に本気で殴られたら死んだりしないかな?そんな不安も一緒に抱えながらも町を目指して足を進めていった。


自分の犯した過ちの贖罪のために……

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