11 岩猿
Side:真司
俺は林を抜ける。
数日魔窟で力を付けた俺は、万全の態勢でリベンジすべく前回逃げのびたあの森の中を目指して進む。
今回俺が手にしているのは、貰った長剣ではなく俺の背丈程度の棍だった。分かりやすく言えば長い棒。魔力加工されたという固い棒だ。俺の手に馴染み非常に扱いやすい。何より眷属にしようというのに切り捨てケガを負わすなんて勿体無いからな。
オルトガの街の武器屋でそれなりに良いものを、と物色していた際に何気なく置いてあった棍を手に持って振り回してみると意外と手に馴染んだ。眷属としてねじ伏せるならこういう武器の方が良いだろう。
そう思って棍の中で一番良いものを出してもらった。
幸いにもミーヤがパクったお金で足りる金額ではあったので購入しておいた。魔窟でも試してみたがかなり使いやすく、飛躍的に討伐スピードが上がった。そして満を持してのリベンジを、この森に帰ってきた。
「確かこの辺りだったか」
「ニャー(はい!その通りです魔王様!)」
肩にいるミーヤも肯定する。
「よしみんな!付近を探索、奴を探してくれ!もちろん他のが出ても教えてくれよ!」
俺の言葉に皆周囲に広がるように探索を始めた。
暫くして西の方へと行っていた角兎がこちらへ走って戻ってきた。
「ピー(魔王様ー!)」
後ろに猿を引き連れて……
「よしみんな、まずは周りを囲むんだ。攪乱だけ頼む。あいつとは俺がやる!」
眷属たちからは思い思いの返事が返ってきた。
追われていた角兎が俺の横をすり抜ける。
あれが前回と同じ猿かは分からないが、とりあえずリベンジだ。そう思って手に持つ棍に力を籠める。もちろん魔力も一緒に籠めてみるが相変わらず何も起きない。
「おりゃー!」
俺は向かってくる猿の顔面に力いっぱい棍を叩きつけた。
「ウキキ!」
見事に顔面へとヒットして両手で顔を押さえて横に飛ぶ猿。
それに向かって魔狼たちが噛みついた。
前回同様両腕に噛みついた魔狼を、振りほどこうとぶんぶん腕を振り回す猿だったが、強くなった魔狼には効果が無かったようだが、左足に食いついているリーダーの魔狼に拳を繰り出し足掻いていた。
俺も休む間を与えることもなくさらに混んで右の横っ腹に強く棍を叩き込む。しかしそれは猿の右腕により阻まれた。再度ウキキと吠える猿により左足の魔狼は叩き落とされ、両腕の方も互いにクロスして魔狼同士が接触、振りほどかれてしまう。
折角のチャンスを不意にしてしまったことを後悔しつつもさらに棍を回して叩きつけてゆく。
だがしっかりとガードを固められ中々クリーンヒットしない。
角兎が視界を遮ろうと顔近くをかすめるように狙っているがそれらも冷静に叩き落とされてしまう。どうやらそんなに簡単にはいかないようだ。だが前回とは違いまだ勝てる気がするからこのまま攻め続けることに今のところ変更はない。
再び魔狼の3体が猿の足に左右から食いついた。その隙に角兎が次々に頭や背中に突進する。それを嫌そうにして頭を抱える猿。
そこに全力で脛を狙って棍を横回転、力任せにぶっ叩く。
ウギ!っと悲鳴を上げ膝をついた猿に全力ジャンプから脳天目掛けて棍を叩きつけた……ちょっと鈍い音がした。
呻くような鳴き声をあげ横倒しになる猿。
そこで俺の中で何かが繋がった感覚になる。もしかしてと思い魔狼たちに離れるように命じた。それと掃除に3回ほど脳内にはあのレベルアップの音が鳴り響いていた。
魔狼が離れた目の前の猿は……正座で頭を下げている。
「ウキキ(魔王様。ご無礼お許しを。誠心誠意仕える。許してほしい)」
「分かればいい。頑張ってくれ」
「ウキキ(感謝、俺、岩猿、体固い、守るため戦う!)」
こうして大きな猿、岩猿が眷属となった。以外とすんなりと眷属にすることができた。俺も強くなったが眷属の力も大きい。前回とはかなり違っていたからな。
だが、まだまだあの黒狼に勝てるイメージはない。
おそらくこいつらが何匹いても無理だろう。
「なあ、ここから南の方に黒い狼がいるのは知ってるか?」
「ウキキ(知ってる。あれから逃げてここに来た)」
「そうか……あれに勝てそうか?」
俺の言葉に頭を押さえてうずくまる岩猿。
「ウキキ(魔王様。あれは無理。即死)」
「やっぱりそうか……」
どうやら遥かに格上のようだ。それにしてもそんな相手になぜあの時の俺は逃げ切ることができた?魔王の力と関係しているのだろうか?それとも想像以上に大人しい?いやそんなことは無いだろう。
あの禍々しいほどの力から、誰彼構わず喰い殺す強い意志を感じた……気がする……
何はともあれ、俺自身がさらに強くならなければ、あれには勝てない。それだけははっきりと分かっている。
◆◇◆◇◆
俺はまた夢の中のような感覚を覚えた。
ここは?いつか来た場所だ。そして顔を上げると、近くにはあの自称神がこちらを笑顔で見ていた。そして俺は深いため息をつく。
『だから自称じゃなくて神なんだってば。相変わらず失礼な魔王だな』
「だから心を覗かないでくれますかー、おまわりさーん変質者発見しましたー!プライバシー侵害条例違反ですーむぐっ」
俺が前回同様場を和ませてみるとまた口が開かなくなってしまう。以外とこの神、気が短いんだな。
『この時間って実は貴重なんだよ?話が進まないと大事なことが伝えられないんだよ?それでもいいなら付き合うけど?』
そうかよ。
『そうだよ』
ちょっと会話が成り立ってるか不安なのでしゃべらせて頂いても?
『もう!仕方ないなー』
「すまんね。で、今日はどういう?」
『君の疑問に応えようと思ってね。能力値について』
「ああ、あれか。結局はどういうことなんだ?」
俺は数日前のことを思い出す。
まだ岩猿にリベンジを果たす前のことだ。
興味本位で魔窟の兵士バロンたちと一緒にスケルトンをボコリにいった時だ。一緒に行ったセドリックという兵士にに能力値を教えてくれと言われた。一応正直に教えたのだがその能力値に驚いていた。
力とかは上級冒険者並みだと納得したと言う。
だがその速度値だと明らかにおかしいと言っていた。セドリック自身は盗賊ジョブで速が50と少し。そして神速というスキルで一瞬ではあるが倍程度の速度で移動できるという。
だが俺がスケルトンを狩る時の踏み込み速度が完全に自分の倍以上はあると言っていた。鷹の目という相手の動きを的確に把握できるスキルもあるため間違いないという。速度向上系のスキルでも持っているのかとも聞かれた。
もちろん正直にそんなものはないと答えておいたのだが、セドリックはそれで納得しなかった。
「そうか、やっぱりスキルはそう簡単に教えげはもらえないか」と言っていたので俺の能力値は数字通りじゃないのではないか?と疑問に思ったんだ。
『長い回想終わった?』
「やっぱうざいなこの神……」
『魔王は神罰がお望みか?』
「すまんね。口が悪くて」
神が深いため息をついていた。
『まあいいや、その疑問に応えようってことでこうして呼んであげたんだよ?もっと敬ってほしいもんだね』
「それはありがとう。で、どういう原理なん?」
『魔王はね、眷属を増やすほどその眷属の特性を微量だけど受け継ぐってことなんだよね。角兎も魔狼も一応スピード自慢の魔物だからね。今だと君の速度は3割増って感じかな?』
「まじか!」
『まじだよ。あと君が強くなれば眷属たちも強くなる。魔王とはそう言う存在なんだ』
そうだったんだな。そうなると岩猿については防御面にボーナスって感じかな?そして俺が強くなるほどに眷属も強くなると……益々修行に力を入れないとな。
『そうだね』
「じゃあ、ミーヤは?」
『なんであの子だけ後生大事に名前つけちゃってるの?』
「うっさいよ!」
俺の返答に神が爽やかな笑顔で笑っていた。やっぱうざい。
『魔猫ってね、実際レアなんだよ。この世界に多分4体程度かな?分かるでしょ?能力がチートすぎる』
「まあ、そうだよな。
『それはないよ?魔王がいる限りその魂は永遠なんだ。魔物に基本寿命と言うものは無いんだ。そして命を落とすとまた何処からともなく新しい命が生み出される……魔物とはそう言うものなんだよ』
「なるほど、ね」
なんだかかなり重要な世界の秘密を知った気がする。それじゃあ外の魔物をいくら討伐したとしても減らないんじゃないか。
『そうなるね』
「じゃあ魔王が、俺が居る限り魔物はいなくならないと……」
『正確には魔王が死んでもこの流れは変わらないよ』
「もう少し詳しく聞いても?」
『特別だよ?魔王が死んだら……どこからともなく新しい魔王が誕生する。今回は先代の勇者が魔王を封印したから……タイミングはかなりズレたけど君が召喚され、そして君が魔王となった。偶然って怖いね』
本当に偶然なんだろうか……
『ふふふ』
「おい、ゲロるなら今のうちだぞ?」
『何のことだい?じゃあそろそろ時間だ』
「あっ!じゃあ一つだけ、真理は!真理は無事なんだろうな!」
『大丈夫だよ。君は君だけのことに集中していなよ。それが真理ちゃんを助け出せる最善だよ……魔王様』
そこで俺の意識は……
体を起こすと真っ暗な闇が広がっていた。
「ニャー(魔王しゃまーどうかなされたんでしゅみゃー)」
「すまんな、起こしたか。なんでもない。もう一寝入りしよう」
「ニャー(わかりましたー)」
寝ぼけてるミーヤ可愛い。そう思いながらももう一度目をつぶり、意識を途切れさせた。
◆◇◆◇◆
Side:セメタガリン・ロズベルト
「今度こそ……今回で絶対に終わりにせねばならんのだ……」
今回の聖女には何がなんても解放を覚えてもらわねばならない。そして我は我をとりもどすのだ。急がなくては……
この体も本格的に老いてきた。日に数度は咳込むことも多くなった。体力の衰えも著しい。もう鍛錬だけでは補えなくなっている……
今回が最後のチャンス。
我の力さえ取り戻せば……今代の勇者などすぐにでも滅してやるのに!そして再びこの世界をひとつのものに、俺様の統べる世界へと塗り替えねばならん……
「ガリント、いるか?」
「はい。ここに」
「帝国の方はどうなってる?」
「まだなにも……」
聖女の方は順調らしいが帝国の動向も気になる。動きがあればもしかしたら聖女どころではなくなってしまうかもしれない。
「引き続き監視を頼む」
「お任せを」
「動きがあるようなら、お前に任せる」
「もちろん、すぐにでも潰してまいりましょう……」
ガリガリな髭のおっさんであるガリントは自慢の髭をいじりながらも強く返事を返した。
「王よ、私の出番はないのか?」
「アレックス、お前は俺の護衛だ。ここを離れることは許さぬ」
「体がなまって仕方ないのだが……」
王宮騎士である国内最強、いや、今やこの世界最強とも噂されているアレックスはつまらなそうに手を首の後ろに組んでつぶやいていた。
「なーに、ことが始まれば我の元には勇者がやってくる……先代とは比べ物にならないほど弱いがな……」
「だからだよ。それなら帝国に行ってひと暴れした方が楽しそうなんだよな」
「我に万が一があれば困るのはお主だろう。大人しくしておれ」
そこでアレックスは深いため息をついた。王に何かあれば自身の力も……
こうして、復活の時を待つロズベルト王国の王、セメタガリン・ロズベルトは、聖女の覚醒を苦々しい思いで待っているのだった。
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