08 対決

Side:真司


あまりに快適に寝てしまった昨夜。


林の隙間から朝日がまぶしく俺を照らし、そしてミーヤが俺の顔を舐めて目が覚める。そのミーヤ

を撫でながら体を起こすと、俺のすぐそばに魔狼が2体寝そべっていた。四方を見ると角兎が各所でうずくまっている。

昨夜と同じ布陣のままなので何事もなく朝になったようだ。


俺は体に巻き付けていた毛布を剥いで起き上がり、タイミングよくミーヤが出してくれた朝食を胃の中に流し込んだ。そして林を抜け森へと入る決意をした。そろそろ少し強い魔物と戦い、眷属にしていかなくてはと思っている。


眷属たちもそれを了承してくれたので少しお腹を休めてから臨戦態勢を整え、森へと向かって出発した。俺の左右には魔狼、その周りを角兎が四方を警戒しながら林を進む。ミーヤは俺の肩に乗っている。

いざという時には身を呈して守ると言うので、それは止めろと言っておいた。目の前で相棒を失うのは精神的にきつい。


そして遂に細い木々が少なくなり、太い木々が疎らに生えている森の中へと入ってゆく。今考えるとこの魔物が入ってこないように植林したエリアを林というのはどうかと思うが……まあいいだろう。俺の中で区別がつけばそれで良い。


森の中に入ったことでやはり少し緊張する。あの黒い狼の居た場所とはかなり離れているのだが、行動範囲が不明だ。広範囲をうろついているなら遭遇の危険もある。いざとなったら全力で逃げるしかない。


少しビビリ過ぎかなと思ってはいるが、角兎たちの様子を見ると今のところ何もいないようだ。なるべく奥までは入らないよう林の縁から100mほど離れた位置を沿うように移動をしてゆく。


森に入ってから30分程度歩いただろうか。

角兎が足を止め「ピー(何かいます!)」と魔物の気配を察知した。俺も足を止め周りを警戒する。俺の左右で警戒中の魔狼たちが鼻をスンスンさせている。


「ガウ(魔王様!上です!)」

リーダーの魔狼が前方左の木の上に向かって吠える。


慌ててその方向を確認すると、50m程の距離があると思われる木の上に大きな何かの影が見えた。そしてこちらが発した声に反応するようにその大きな影が落ちてくる。


ドスンと言う音を立て落ちてきたのは大きな猿だった。大きさはゴリラほどもある。だがやはり見た目で言えば猿だろう。茶色いし……

見た感じちょっと強そうで不安ではあるが……やれるだろうか?


昨晩確認した俺の能力値はドンガたちの話と照らし合わせればちょっと強い一般人から冒険者に成りたて程度ぐらいにはなっていると思われる。その程度の認識ではあるがどうにも判断がつかない。

せめてギルドなんかでこの魔物はこのぐらいですよ?といった指針がほしいものだ。自分の強さもそうだが魔物の強さが分からないからかなり不安だし正直怖い。俺はそもそも木刀すら持たない丸腰だしな。


不安を感じていた俺だったが木から降りた後、こちらをずっと窺っていたその猿は突然「ウキキ」と大きく鳴くと、かなりのスピードでこちらへ向かってきた。


左右にいた魔狼たちが向かっていくと、その猿の両腕に齧り付く。だがその猿がもう一鳴きしたと思ったら両腕を振り回しあえなく魔狼は2体とも吹き飛ばされ、木々に叩きつけられた。

体をフルフルと震わせながらもなんとか起き上がってきたので致命傷では無いようだが……どうやらかなり力量に差があるようだ。


魔狼を振りほどいた後、警戒を強めて立ち止まっている猿に角兎たちが突進する。それを猿は軽くはたき落とすように振り払い、そして角兎の1体をつかんだ。もうこの猿を倒すのは無理だろうというのが嫌と言うほど分かる。

角兎たちは「ピー(お逃げ下さい!)」という悲鳴のような鳴き声をあげていた。


その声を聞きながら俺は……その猿に全力で殴りかかった。


狙いを角兎の1体を掴んでいた左腕にと全力で殴りつけたのだが、まるで岩でも殴ったのか?という痛みを感じその拳を押さえながら呻く。それでも少し距離を取るために後ろに下がる。

この世界に来て痛い思いをすることも増えたが中々慣れない。


猿の方は角兎を離して「ウキキ!」ともう一度鳴きながら腕を押さえていたので多少は効果はあったようだ。この程度の効果でも名誉の負傷ということになるのだろうか。

俺の右手の方はしばらく使い物にならないレベルだろう。


やっと骨折が治ったというのに……


「みんな!一度撤退だ!」

俺はこの猿の討伐をあきらめ、逃げる選択をした。このままでは全滅する未来しか見えない。俺は猿の顔面に飛び蹴りを食らわせてみたがあまり効果はなさそうだった。足が折れたりはしなかったがかなり痛い。


猿が顔を押さえ少しだけ怯んだ隙に俺が林の方へと駆け出すと、角兎が猿の攪乱するように遠巻きにその周りを跳ね回っていた。魔狼は俺の横を並走している。ミーヤの方は飛び出すタイミングを見ていたようだが今回は出番はなしだ。


何とか林のエリアに入るとそのまま暫く走り続けた。最初の頃とは違いもう細い幹などに肩をぶつけることも無くなったので、数分後には今朝居た場所までたどり着く、逃げ切ることができたようだ。

その証拠という訳ではないだろうが、あの少しやかましいレベルアップのお知らせが脳内に一度だけ届いた。


――――――

真司 ジョブ:魔王

力35 硬65 速85 魔30

パッシブスキル 『異世界語』『神の加護』『魔軍』

――――――


ケガをすると固くなるって事なのか?


そんな事を考えている間に、囮になってくれていた角兎たちも4体全員が戻ってくることができたようだ。俺は「ありがとな」とお礼を兼ねて4体を撫でた。やはり森の中に入るのはまだ危険だということが充分に分かった。


少し落ち込んでいる眷属たちに「お前たちはよくやったよ」と声を掛けておく。焦りは禁物だ。まだしばらくは林の中を探索して強くならなくては……そう思ってミーヤの出したスープを飲み干した。

とりあえず今はあの不味いがケガが治るポーションがほしい……


今の俺には痛む拳を気遣いながら、恨みを籠めてさっきまでいた森の方角を見つめることしかできなかった。


◆◇◆◇◆


Side:リザ


真理様を寝かしつけた後、報告のために王がいる寝室へと足を進める。


王の寝室の扉が開くとそこからドロウンズが怒りながら戻ってくるのが見えた。こんな時間に王の元を訪れるなんてなんて非常識な男だ。だから嫌われているのだろう。


そう思っていたらすれ違いざまに睨まれる。

本当にイラつく顔……暫くこちらに顔を出していないが油断はできない。今日も全身宝石を纏った成金貴族が訪ねてきて修行を邪魔していた。何がしたいのかわからない。

多分だが真理様の好みを探っているのだろうが、それなら真司様のような感じでなくてはならないことも分からないのか。つくづく無能だということが分かる。とりあえず王には報告しておこう。


そして私は王の寝室の扉をノックした。


「入れ」

「失礼します」

部屋に入ると王が部屋の椅子に座りうなだれていた。


王は普段あまり眠らない。夜中に尋ねてもたまに筋トレをしていたり瞑想をして魔力を高めているのだ。見た目はハゲでデブだが衰えた体を鍛えることで生き永らえようとしているようだ。


「リザか。少し疲れた。良い報告だと良いのだが……」

「いえ、まだ新しいスキルは覚えておりません」

私の返答を聞き「そうか」と一言だけ発するとまたうなだれる。


「今度の聖女には必ずホーリーライトを覚えてもらわねばならん……そのための助力は何でもしよう。何かあれが言うが良い」

「ありがとうございます。では……ドロウンズ、あの男を聖女関係の任から外してください」

王は顔を上げこちらも窺う。


「理由を聞いても良いか?」

「あの男は真理様を見下し、基礎知識、基本の魔力放出の方法すら教えず、魔力強化の手段のみを実施させ放置しておりました。邪魔にしかならなかったのですが真理様の機転もあって追い出しました」

報告を受けた王は深いため息をつく。


「なるほどな。それで先ほどの剣幕だったわけか。本当に魔法しか取り柄の無い無能な男よ……それで以後は放置だったということなのか?リザを外して自分に全てお任せ下さいと懇願しに来たのだが……」

「いえ、連日色々な男を、中には女もいましたがそれらを訪ねさせては真理様を篭絡しようとしており、はっきり言って邪魔です。そこで真理様の集中が途切れやる気をなくしてしまうこともありますので……」

王の顔が怒りに染まっていた。


「あの男には今後一切の関与をしてほしくありません」

私はさらに続けて王に要望を伝える。真理様がスキルを覚えるのは王にとっては最重要事項なのだ。それを邪魔したのだから王の怒りも相当なものであろう。


「分かった。あやつには厳しく言っておこう。他に何か要望は無いか?」

「大丈夫です……あっ、魔窟に、真理様のレベルを少し上げておいた方が良いかもしれません。今のままでは何かあればすぐに死んでしまいますから……」

王が顎に手でさすり何やら考えている。


真理様のレベルも上げておかなくては魔力以外の能力値が上がらない。それは非常にまずいのだ。だがそれを王が許すのかは分からない。ドロウンズに怒りを向けている今ならあるいは……


「そうだな。折角の聖女、それも許可しよう。アレックスでも護衛を……いや、お前がいれば万が一にも死んだりはしないだろうな。お前に全て任せる」

「はい。お任せください」

ダメ元で言ってみた希望が通ったことで、私は思わず少しだげ頬が緩む。


「一刻も早くあの女を強くして今度こそホーリーライトを覚えさせるんだ!」

「かしこまりました。覚えたならすぐにでも報告致します」

「頼むぞ」

私は一礼するとその部屋を後にした。


何が『ホーリーライトを!』だ……

私は知っている。王の本当の目的がホーリーライトではない事を……


「マリア様……」

私は思わず過去の幸せだった時の日々を思い出しその名を口にした……


部屋に戻ると真理様が寝息を立てて眠っていることを確認する。最近は夜中に魘されて起きることも少なくなったと感じ少しだけ安堵し、隣にある自室へと戻る。

本当は眠る必要などないのだが、少しだけ心を休めるために仮眠を頂いた。明日から真理様を魔窟に連れ出そう。強くなって頂かなければいざという時にご自身を守ることができないかもしれない。


それに、もしかしたら隷属を覆せるほどのスキルを覚えることができるかもしれない。そうなればもしかしたら……私は願望とも思えることを考えながら、服を脱ぎ捨て布団に潜り込んだ。


真理様、あなたは絶対にお救いします……

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