06 逃走

冒険者ギルドで魔王認定された俺。

背後からは冒険者が罵声を上げながら追いかけてくる。


俺は背後からの何かを感じて再び振り向くと、細見の剣士風の冒険者がこちらに切りかかってくるのが見えた。もしかしたらこの街でも上の方の冒険者なのかもしれない。他の冒険者たちは少し遅れて付いてきている。

俺はその剣戟を斜め前に転がるように飛び何とか躱した。もう腕や足が痛いなんて言っていられなかった。だが痛みで少し涙目になるぐらいは許してほしいと思う。


無様に転がりながらも再度起き上がり、路地に置いてあった樽か何かをその剣士に投げつける。それは綺麗に剣戟で切り裂かれたが、その時間でまた走り出した俺との距離が開いた。

だがそれもすぐに追いつかれるだろう。


走りながらも路地を見ながら手ごろな竿と、これは……何かわからない篭のようなものを拝借した。再び距離が詰められた俺は篭のようなものを投げつける。が、それは最低限の動きで避けられさらに距離が縮む。

仕方なしに竿を振りかぶって叩きつけた。


だがそれは剣で細切れにされてしまった。あとは拳でも叩きつけてやろうか……せめて一矢報いて死ぬか?と諦めかけたが、その剣士の顔に、物陰から飛び出てきた黒い物体が張り付いた。


あれは……猫?尻尾がヒョロっと長いな、もしかしたら魔物か?とは言え助かった。剣士風の男はバタバタと慌てながら顔の猫をはがそうと頑張っているようだ。


俺はその隙に一気に駆けだし、ようやくあの細い木々の方までたどり着いた。途中でダインとも遭遇したが、惚けている間に横をすり抜け何とか逃げ切ることができた。


ここまで来たらさすがに誰も追ってはこなかったようだ。

細い木にもたれ掛かりながら息を整える。


しかしあの街で俺が魔王という事がばれた以上、もしかしたら山狩りなんかが行われたりするかもな……

正直少し体を休ませたいが早々に安心できる場所を探さなくてはならない。俺はドンガたちとの話の中で、あのネクサスの街の北西付近に小さな村があるという話も聞いていた。最初そこから来たのか?なんて聞かれたからだ。


そのことを思い出し、なるべく細い木々のエリアを探索しながら北西の方へと向かった。北西とは言ってもドンガたちが指さした方向に向かっているだけだが……できればダメもとでいいから村の様子も見てみたい。

木々の間をゆっくりと抜ける。所々に赤い木の実が生っているのが分かった。


これは……食べれるのか?


恐る恐る低い位置に生っているそのサクランボ程度の大きさの赤い実を摘んでみる。地球では見たことのない実だ。ただ単に俺が知らないだけかもしれないが……

まったく分からないがもしかしたら食べれるかもしれない……そう思って軽く歯先で噛んでみると、少しの酸っぱさがある。舌がしびれる感覚もない。大丈夫かもしれない。空腹もあってそれをいくつか口にいれた。


口の中にかなり酸っぱさが充満するが、その酸っぱさが多少うまいと感じれる気もしないでもない。中にタネなんかも入って無いようだ。

それなりに食べた後、急に腹が痛くなったらどうしようと不安がよぎった。だがそんな事を考えている余裕はない。今は何より心を落ち着ける時間と場所が欲しかった。


俺はさらに足を進めてゆく。

そして一時間程、北西に向かって彷徨いながらも実を採取しながら歩く。幸いにして腹痛などもなさそうだ。もっとも遅効性のある毒なら仕方ないと思ってさらに採取しながら進んでゆく。


何があるか分からない。取れるだけ採っておこう。

歩きながらもそれを適当に口に放り込んでいく。少し含んだ量が多かったのか、かなりの酸っぱさを感じたが吐き出しそうになるのを我慢して飲み込んだ。不味いとはいえ貴重な食料なのだ。


それに我慢して飲み込めば、後味がほのかに甘く……感じなくもない。


多少のお腹は満たされた俺は少しだけ休もうと、身を隠せそうな草が生えているエリアの先に、小さな岩場を見つけその岩に寄りかかり少しだけ仮眠をとるることにした。眠気と疲労であまりに思考力が低下しているのを感じていたのだ。


もう何も考えたくない……

そして無防備に眠る俺。


気付けば目の前にはまだ小学生ぐらいの真理がいた。

昔の夢を見ているのだろう。


「真司大好き」

最初にそう言ってくれたのは何時だっただろうか?


「俺も真理が好き」

こんな丁寧に言った記憶なんかないな。俺はいつも「お前と結婚するのは俺だ!」なんて生意気にも宣言していた。まあ小学校の低学年ぐらいまでだったが……


それ以降は真理が優秀過ぎて気後れしてしまった。真理に追いつきたくて、追い越したくて、ただただ必死で色々なことに挑戦していた日々だった。それもまた楽しかったんだ。


「結婚しようね」

「絶対幸せにするよ……」

そんな告白をしたこともないな。少しだけ自分に自信がついたのは高校に通い出しからだ。それも話の流れでなんとか告白してしまったという感じだったんだ。


それでもこれで幸せな二人の日々を満喫していけると思った矢先だったのに……


そしておそらく夢の中であろう教室で、気づけば今の姿であろうところまで成長した俺たちが、抱き合い……真理が俺の頬をペロリ……可愛い舌を出してペロペロと……ちょっと待て、俺たちは抱き合ってすぐに召喚されたんだぞ?


それとも何か?召喚されなかったらこんな魅力的な真理のペロペロタイムが待っていたというのか?ふっざけんなよ!あのクソハゲデブ王の奴!俺は再び召喚をやらかしたあの王の姿を思い出す。

そして怒りのままに目を開ける……


俺の頬は現在進行形でペロペロと舐められていた。


「お前……さっきのネコか?」

俺の頬をペロペロしている黒い猫。少しだけ心が癒された気がした。


「ニャー(お目覚めですか?魔王様)」

突然のその声にびっくりした俺は、とっさにその猫を両手で捕まえた。鳴き声と共に何となく言っていることが分かる謎現象。


「お前、魔物か?」

「ニャー(はい!魔王様のお力になればと参上した魔猫まねこでございます!)」

鳴き声の長さと伝わる言葉の長さのギャップに戸惑う。


しかしさっきもこいつが助けてくれなきゃ殺されてたかもしれない。


「さっきはありがとな。お前のおかげで助かった……お前も俺と一緒に行くか?まあ行く当てなんてないんだけどな」

「ニャー(私のような弱きもので良ければ同行させていただければと……微力ながら尽くさせていただきます!)」

良い返事だ。だがこれ、俺の願望によるイカレタ幻聴ってことじゃないよな?


「ニャー(よければこれを……お納めください!)」

その言葉と共に魔猫は前足でごそごそと胸のあたりを弄り……にゅっと何かが出てきた。


どうなってるんだ、それ……

だがその魔猫から聞こえてくる言葉と行動が一致している……目の前のそれすら幻覚でなければの話だが……


「ニャー(私のとっておきの食料です。そのまま食べても美味しいですよ!)」

「そ、そうか。ありがとう。しかしお前のそれ、どうなってるんだ?」

俺は魔猫の可愛い前足から、胸元から出てきたであろう大きな干し魚のようなものを受け取った。


「ニャー(胸袋ですね。我ら魔猫は胸の部分に異空間を持っていて色々なものを保管しているのです!人族には内緒なのですが……)」

「な、なるほどな。おまえほんとにスゲーな」

「ニャー(ありがとうございます!)」

俺は魔猫スゲーと思いながら野球のグローブほどのそれに齧り付いた。


噛めば噛むほど魚のうまみが広がって……最高に美味かった。


「うまいな!なんか、泣きそうだわ……」

「ニャー(魔王様にそう言っていただけただけで幸せです!仲間に一生自慢できます!まあ仲間と会うこともめったにありませんが……)」

なかなか面白いことを言う魔猫。


「よし!今日からお前は俺の相棒だ!俺の眷属、第一号ってやつだな!」

「ニャー!(なんと!一生ついていきます!魔王様ー!)」

ちょっとだけ鳴き声も変化した感じがするが、まあ一人で旅するのも寂しいからな。異世界だからって美女を侍らすわけにはいかない。俺は真理以外考えられないから……


待っていてくれ真理!必ず強くなってお前を助け出してやる!

美味い干し魚でお腹を満たした俺は、改めて強くなって真理を助け出すことを決意した。


◆◇◆◇◆


Side:ダイン


ついさっき、あのあんちゃんが横を駆け抜けていった。


その後ろを顔に引っかき傷を作ったシュベルクが、ハアハアと息を切らせてやってきた。ここらで活動している冒険者の中では一番の剣士だ。「魔王が……追いかけてたら、猫に襲われた……」なんてことを言っていた。

全く意味が分からない。早く息を整えてほしい。


その後、かなり遅れて短剣を握り締めヘロヘロになったドンガもやってきた。他にも3名ほどの冒険者もゼーハーと息を切らせて後に続いた。どいつも暫くしゃべれそうにないようだ。


腰の魔法の袋からアッポのジュースを出すとドンガたちに手渡した。そして少し落ち着いてから話を聞くと、なんとあのあんちゃんは魔王だったというのだ。何かの間違いだと思うんだが……

そう思ってドンガに半ば強引にその場を任せ、あんちゃんを鑑定したというギルドまで走る。久方ぶりに走って汗が噴き出るのをこらえ受付のベレスのあねさんに話を聞いた。

もちろん鑑定具の記録も見せてもらった。


――――――

真司 ジョブ:魔王

力25 硬60 速85 魔30

パッシブスキル 『異世界語』『神の加護』『魔軍』

――――――


なるほどな……

異世界語ってことは召喚者なのか……

あのバカ王はまたやらかしたって事だろう。


あねさん……あの真司ってあんちゃん、俺は悪いやつじゃねーと思うんだよ……」

「何言ってんだい!魔王だよ!良い魔王なんているわきゃないじゃない!」

顔を真っ赤にして興奮した様子で返事を返すベレスのあねさん。カウンターをバシバシとその太い手で叩いている。


気持ちはわかる。


「あのあんちゃん、真司は召喚者だろ?だから右も左も分からない中、必死に冒険者になろうなんて思ったんじゃねーかな?」

「召喚者だろうと魔王だよ?」

「そりゃそうだけどよ……俺はあのバカ王の被害者じゃねーかと思うんだ。だいたい悪さするつもりなら冒険者ギルドになんかこねーだろ?鑑定されたら終わっちまうんだから……」

「そう言われれば……そうかもしれないね」

少し落ち着いてきたあねさんがため息をつきならが頬を掻く。


「もう、本部には連絡しちまったんだけどね……魔王出現って……」

「まあ、あねさんの仕事を考えたら仕方ねーよな」

すでに報告がなされていると聞いて俺は落ち込んだ。ギルドからの情報は通信具で全てのギルドに伝わるだろう。これで真司はどこの街でも魔王としてお尋ね者になっちまった。

黒髪黒目という風貌を考えれば変装しなけりゃ町にも入れないだろう。ステータスもまだ弱い。途方に暮れてどっかで野垂れ死ななきゃいいけどな。


せめて元気に生きていてほしい。

深いため息をついた俺はそう思うことしかできなかった。

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