05 門番

Side:真司


黒狼から逃げ切り、神とも遭遇して戻った俺は長いレベルアップ音が止まるのを待ち、心の中でステータスと唱えた。


――――――

真司 ジョブ:魔王

力15 硬30 速45 魔30

パッシブスキル 『異世界語』『神の加護』『魔軍』

――――――


ステータスは確かに上がっているようだ。ただこれが高いのか基準がないから良く分からない。スキルは特に覚えていないが、気づけば心なしか小さな擦り傷程度なら治っているかもしれない。

だが折れたであろう左腕は痛みが強く、できれば動かしたくない。石を蹴った右足も折れてはいないとは思うのだが結構腫れてきているようだ。両肩も枝などにぶつかって制服も大きく裂け、赤く染まっている。

それでも俺は、死ななかった。それだけで充分だった。


まずは情報が必要だ。それは分かっている。

地面に座り込みながら、あの呑気な神様が国だなんだとほざいていたが、そんな大きなことじゃなくもっと身近なことを聞いておくべきだったと今更ながら後悔していた。


しばしの休息を取った後、俺はゆっくりと立ち上がる。痛みは……当然ある。だが進まないとこのまま死ぬしかなくなってしまう。改めて町の明かりらしき方角目指して歩きだした。


◆◇◆◇◆


痛む体を引きずり歩く俺は、20分程度でやっと町の様子を伺える距離までたどり着いた。木の柵に覆われているその町へと続く道。その境目と思われる場所には簡素な鎧を身にまとった男が一人立っていた。


門番?かな?

さて……なんと説明したら良いだろうか……


「あんたー!どうしたんだそんなズタボロで!山の方から来たようだけど……」

「あーちょっとな。向こうの山の方に迷い込んじまったみたいで……黒いのに襲われた」

俺の返答を聞いた男は口をポカンと開け、無言でこちらを見ていた。


「何か、まずかったかな?」

「いや、いやいやいや!黒いのって黒い狼だろ?なんであんな森の奥まで入ったんだよ!それよりも良く無事に逃げ切れたもんだな!」

「無事……ではないんだけどな」

「喰われなかっただけましだろよ」

苦笑いするその門番の男。もちろん俺も苦笑いだ。


そんなタイミングで町の方からもう一人、同じような簡素な鎧を着た男が歩いてきた。そして……


「おい!どうしたんだあんた!」

「そのくだりはもうやったよ」

その後、最初にいた男、ドンガが後から来た男のダインに俺の情報が共有された。


「そりゃー災難だったな。で、あんたは何しにここへ?」

ダインが当然と言えは当然の質問をしてきたが返答に迷ってしまう。


「それが、なんだかはっきりしないんだよな。何か用があってここらに来たはずなんだけど……黒い奴から必死で逃げてきたら忘れてしまったんだよな……」

我ながら適当なことを言ったもんである。


「そうか、見たところかなりやられたみたいだしな」

「ああ、左腕は多分折れてるし右足も結構やばいんだよな。まあ我慢できないほどじゃないんだが……」

俺がダインにそう返答したとたん、さっきのドンガと同じように口をポカンと開け、驚いた表情をしたまま固まっていた。


「なんで早く言わねーんだよ!ほら、腕はこの布で吊るしとけよ。ポーションは飲んだんだよな?骨折なら1日あればくっつくとは思うが無理はするんじゃねーぞ?」

「そうだ、まったく若いのはほんと無茶するんだがら……いいねー若いって奴はよー」

ドンガさんが腰の袋から大きな白い布を取り出して手渡された。ダインさんはため息交じりに右肩を軽くバシバシと叩いてくる。ちょっと響いて痛いのでやめてほしい。しかしポーションか……骨折治るんだな。1日かかるようだが……


「ポーション……ですか」

「えっ?」

「おい、まさか飲んでねーのか?」

二人の動きが止まった……こんなやり取りは何度目だろうか。


「おい!さっさとこれ付けて!」

「あっいたっいたたた!」

ダインさんが布を俺の手から奪い去って巻き付けられた。無理に動かされてかなり痛いんだが……


「よし!じゃあ後はこれ飲んどけ!全部グイッといっとけよ?たまにいるんだよ、ポーション不味いから飲まねーってガキがよー!」

「うわっちょっと……」

ドンガさんが腰の袋から取り出した緑の液体が入った瓶のふたを開けると、俺に押し付ける。……不味いのか……そうだな、めっちゃ草の匂いがする。飲まなきゃだめなのか?


「ほら!早く飲め!俺のポーションが飲めねーっていうのか?」

「そうだぞ!安いもんじゃねーけど出会った記念だ!ドンガが奢ってくれるなんて珍しすぎて雨降りそうだが、ありがたく飲んじまえ!」

どうやら俺は、後には引けないようだった。


恐る恐るその瓶に口をつけるが……抹茶とかそういうレベルじゃない匂いを感じた。率直に言えば草だ。そこら辺にある草をすりつぶしたような青臭い匂いに思わず喉にすっぱいものを感じてしまう。


「なあ、これ本当に飲んで大丈夫な奴なのか?」

「おいおい。そんなんじゃ立派な冒険者にはなれんぞ?」

「そうだ、みんなこれを飲んで初めて一人前になるんだぞ」

俺は二人の言葉でまたこの世界への怒りが倍増していくのを感じる。飲むしかないのか……


「やってやんよー!」

気合を入れてそれに口を付け中身を飲み込んでゆく。だが、気合に反して200ml程度であろうその瓶の中身が半分程度しか減っていない。味を感じたくなかったので一気に喉を通過させようとしたのだが、ドロドロした液体が喉に張り付いてゆく。

それでも涙目になりながら残りも流し込み、ようやく瓶の中は空になった。早くこの口の中も空にしたい……


「おい……吐くなよ?」

「吐いたらぶっ飛ばすぞ?」

二人の圧力を感じながら吐き気をこらえ何度かうなずいた。


「うばー!」

口の中身を全部流し終えた俺は、変な声を上げ地面に膝をついた。鼻から抜ける青臭い匂いで吐きそうになる。


「よしじゃあ次はこれだ!」

そう言ってダインがしゃがみこんで手渡してきた瓶を見つめる俺……今度は何だって言うんだ……


「こっちは普通にアッポのジュースだよ。口直しにくれてやる!」

「ありがとう!」

俺はそれを高速で奪い去り一気に飲み干した。ダインが神様に見えた。


「はー」

甘酸っぱいその味は口直しにぴったりで本当に助かった。ホッとしたのと同時に、さっきまでの腕や足の痛みが少しだけ引いた気がした。


「あれ?もう痛くない」

そう言って折れた左腕を動かすと強烈な痛みを感じ無様な悲鳴を上げた。


「ポーションで痛みは和らぐがそんなにすぐには治らんぞー。そんなことも知らんのか……」

「おまえ、どこから来たんんだ?」

また返答に困る質問に頭を悩ませる。


「いやーそう言うのも全部はっきりと覚えてないんだよな……たしか向こうの方から冒険者になるために旅をして……そして狼に襲われて逃げて来たってぐらいで……」

「そ、そうか。そりゃ災難だな」

「まあいい、冒険者になるってんなら俺がギルドに連れてってやるよ。ちょうどダインが来たから交代して帰る時間だしな」

「す、すまない」

なんとかごまかせたようだ。


そして俺はドンガとダインの二人から、この世界の情報を知るチャンスが訪れた。

この町はネクサスというロズベルト王国の王国の西のはずれだという。王国の中心部にある王都とは馬でも10日とかなり離れた位置らしい。この世界の馬がどれほど走れるかは知らないが……

王都のことを聞いた時には少し怪訝そうな顔をされたが、「興味本位で」ということで納得してもらったようだ。


そして貨幣の大体の相場も聞いた。

これも多分物々交換してたと思う、なんて思い付きを伝えると可哀そうな子供を見る目をされた。


単位はロズと言うらしい。

小銅貨が10ロズ、銅貨が100ロズ、銀貨が1000ロズ、金貨が1万ロズ、白金貨が100万ロズとのこと。ポーションは銀か3枚だから3000ロズ。アッポのジュースが銅貨1枚、100ロズ程度だというので日本円と同じぐらいかもしれない。


それと黒狼がいた西の森は危険なので誰も入らない。やはりあの細い木々は狼が町に降りてこないようにとのことで植えられたようだ。あのおかげでなんとか助かることができたと改めて感謝した。


ステータスについては、一般人は30程度あれば強い部類に入るとのこと。冒険者なら100を超えたあたりからベテランの冒険者となる。国を守る騎士様なら200ぐらいから、勇者と呼ばれた魔王を倒すものなら1000を超えるだろう。

そう教えてくれたのはドンガだった。冒険者への憧れも強く、もし自分がもう少しマシな戦闘職だったら勇者になりたかったと拳を握り締めて笑顔を見せていた。


そんなドンガは狩人というジョブらしい。弓ではなく短剣術を磨いて門番に立候補したとのこと。ダインのジョブは戦士らしいが、特に戦うのは好きではないということで、ドンガからは羨ましがられているという。


俺もジョブを聞かれたが、無難に盗賊で素早さが45だと伝えた。だから逃げ切れたのかと感心された。それでもドンガさんには「危険なことはするな、安全を確保してこそ冒険者として長く続けることができるんだ」と優しく諭された。


その後で「俺は冒険者じゃねーけどな」と言って笑っているのを見て、この世界にも普通に良い人もたくさんいるんだな。と当然のことを改めて再確認できた。その事がこの出会いの一番の収穫だと思っていた。


町の近くには魔窟と呼ばれるいわゆるダンジョン的な洞窟があるという。と言っても小さな魔窟らしく、100mほどの洞窟が続いておりそこに一角兎やゴブリン、スライムにワイルドボアが出るという。

貴重な食料と薬剤、燃料になるとのことだが、そもそも魔物の沸きが少なくすぐに狩りつくしてしまうのでそんなに多くの冒険者はこの町には居ないとのことだった。だが登録だけなら簡単にできると言う。


そして身分を証明するものがないという俺に、ドンガが「ならやっぱり冒険者登録したほうがいいな。サクッとギルドカードを作ったらいい」とアドバイスをくれた。ギルドの場所を聞いたのだが……


「よし!じゃあ今日はもう上がりだ。ついでに案内してやるよ!どうせ通り道だ」

そう言ってドンガに案内をしてもらうことになった。


こうして俺は、ダインと別れドンガと共に街の中へと歩き出す。

すぐに大きな建物にただり着いた。


剣と盾が描かれた看板。これが冒険者ギルドだと教えてくれた。

そして促されるままに中へと入る。


中ではドンガに「遂に冒険者になりにきたのか?」「よし!一緒に魔窟行こうぜ!」と言った声がかかる。そして俺に「なんだあんちゃん!新人くんか?」「ようこそ古ぼけたギルドへー」なんて声がかけられる。

良いなこういうの……そしてドンガについてゆくままにカウンターまでたどり着いた。


「珍しいねドンガ。登録かい?」

「そんなわけねーだろ。俺はこいつの付き添いさ。田舎からきて右も左も分からんが良い奴だ。登録を頼むよ」

ドンガの言葉にカウンターにいたそのふくよかなお姉様がこちらに笑顔をむけた。


「わかったよ。歓迎するよ。新たな冒険者様に!」

そして取り出したのはあの見覚えのある道具であった。俺は思わず「げっ」と声が出てしまった……こんな田舎町で城で使っていたようなステータスを覗き視るであろう道具が出てくるとは……


それを覗き込んだお姉様の動きが止まる……


「いや、悪さをするつもりはないんだよ」

ダメ元で言った俺の言葉にふるふると首を左右にふるお姉様……


「ま……」

「ま?」

ドンガが様子のおかしいお姉様を訝しげに見ている。


「魔王だー!」

「魔王?」

「魔王!魔王出現!まだ目覚めたばかりで能力値は低いよ!みんな、やっちまいな!」

「くっそー!」

俺は居合わせた冒険者たちが戦闘隊形になるのを察知して、まだ目を見開いているドンガに「すまん」と一声かけ、全力でギルドから飛び出した。


まだ体中が痛みを感じるが、このまま居たら十中八九、討伐されるだろう。殺されるつもりはない。全力で林までたどり着こうと足に力を籠めた。なんならあの細い林を抜けて森に入れば追ってこないだろう。

黒狼との再会は避けたいが……ただ殺されるよりましだ!


ちらりと背後を見ると、ドンガも腰の短剣を抜いてこちらへ走ってくるのが見え、少し悲しくなっってしまう。やっぱりあの王を、この国を……俺は絶対ゆるさない!

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