(二)-2

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 武市半平太は大まかな事績を聞くだけでもそれとわかる、大変な傑物だ。

 常の武士よりも一段低い身分に置かれている郷士の立場から土佐勤王党を結成し、一大勢力に育て上げた。そうして藩政を掌握し、藩論を反幕傾向のある勤王論に染め変えた。

 人並外れた統率者であり、活動家であり、政治家である。剣以外取柄のない男の師匠を勤め続けるには過ぎた人物といっていい。

 武市は昔のように構ってくれなくなったのに、顔を合わせると口うるさく小言を言うという趣旨のことを以蔵は言ったが、それは単に、勤王党員の一員としてふるまいを正しくし、政治に目覚めろということではないかと晋作は思った。

 この年明け早々、武市は御用で土佐に帰国した。自分を伴ってくれなかったし、武市のいない藩邸にいても仕方がないと思うと何もかも嫌になった、と以蔵は身の上話を締めくくった。

 最低限の礼儀として晋作は真面目な顔をして聞いていたが、内心は呆れかえるほかなかった。

 二十五、六にもなった大の男がなんというざまだろう。晋作が昔通っていた私塾の師匠は、どんなだめ人間でも必ず良い所を見つける名人だったが、こいつには今は亡きあの師匠もお手上げかもしれない。

 それでも晋作は、藩上層部にも土佐藩にも連絡することなく、とりあえずは以蔵の面倒を見ることにした。上級藩士である晋作は、藩邸でも小ぶりながら二階家を与えられている。その一階に以蔵を寝泊まりさせたのだ。

 実体のない絆ではあったが、昔以蔵のことを聞いてひどく気になったよしみがまずある。そして、剣に関しては確実に達人であるこの男を置いておけばなにがしかの役にはたつかもしれない。


 意外にもというべきか、その後以蔵は長州藩邸の中で人気者と言っていい立場になった。尊王攘夷は時代の流行で、長州はその急先鋒だ。なのに京都に行きたくてもいけないでもどかしい思いをしている若い藩士たちが、こぞって以蔵の話を聞きに来る。

 持ち上げられてよほどうれしかったのか、最初に晋作と会った時の口下手さがうそのように以蔵は饒舌になり、殺人や遺体損壊のことまで自慢げに語った。

 その様子を見て、失望とともに不快が湧いたのは否定できない。不謹慎だなどというきれいごとを言うつもりはない。単純に、浅はかな人間が嫌いなだけだ。

 その後の人生も含めて、晋作は過激、無謀、横紙破りと言われる行いを幾度もしてきた。しかしそれは皆、自分なりの必要性を感じたからこそ断行してきたことだった。

 しかるにこの男は、本当に何も考えず、ただ師匠の武市の言うなりに大それた行いをして英雄気取りになっているだけではないか。

 向こうがこちらを知りもしないうちからこちらが勝手に気にしていただけだから裏切りなどとはいえないが、見込み違いもいい所だ。そう遠くないうちに追い出そうと晋作が決めてから、さらに数日が経ったときのことだった。

 いつものように晋作の家に青年たちが集まり埒もない話にふけっていた。話の流れから家の親の話になり、誰かが父親の口うるささを見下し顔で語った。そこに以蔵が声をかけた。

 親ちゅうんはありがたいもんじゃ。決してないがしろにしちゃならんぞ。

 すかさず、合いの手のように声が上がった。

 ほう、岡田以蔵さんは案外な道徳家じゃのう

 あきらかに当てこする言葉に、以蔵は旗を立てた様子もなかった。

 当たり前のことじゃもの。わしが父上は口うるそうはないが、その分つらい思いをさせちょると思うと、それがつろうてならんき。

 晋作は黙って盃を重ねるだけだったが、初めて以蔵のことを知った時に覚えた身の内のざわめきが、また生まれているのを感じていた。

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