7. 障がい児の彼が、まるで保護犬のようで

 彼を知ったのは、小学生の年少の頃。

 わりと、一発ですぐ彼が兄たちと似たものを持ってる――なにかしらの障がいがあると気づいたのは、私がよく兄たちやそのお友達のことも見ていたからもあると思う。


 彼は、とにかく落ち着きがなくて、よく忘れ物をして。勉強も運動も苦手。

 よく、周りからは

「またお前か」

「こんな簡単な問題も解けないのかよ」

「へんな走り方だな!」

 いつも、そんなようなことを同級生から言われていた。


 彼は、とても短気。よく物を投げては、後に先生に叱られている。

 けど、それは本人だけが悪いんじゃなかったと思う。煽る周りも十分悪い。

「あいつが怒った~!」

 その言葉に反応して、椅子やら机やらを持ち上げ、投げることも多い。


 よく覚えているのは。

「ここから、飛び降りてやるぞっ……!」

「できるもんならやってみろよ! どうせ、出来ないくせに~」

 よくまあ、六年生の六階のベランダで、そんな煽りができる。本当にはやらないと、周りは高をくくってたのだろう。それとともに、本当にそうしなかったのは、やはり本人のなかでも恐怖があったから。

 もっとなにか、その時に私にできることはあったはずなのに、そうしなかった。ただの周りの人になっていた。

 後に残るのは、彼への「申し訳なさ」だ。歯車は、どこで狂ってもおかしくなかったのだから。


 

 ある日。

 またもや彼が椅子を持ち上げた。周りも当たり前のように逃げ出す。

 どういうわけかあまり覚えていないけれど、たぶん危機感なくまた私はボーッとしていたのだろう。

 そして投げた椅子は、私のこめかみに当たったのだ。


「――――」


「きゃーー!!」

 一瞬、音が止む。そしてすぐに悲鳴へと変わった。

 幸いにも、当たったのは椅子の脚のゴムの部分だった。

 

 思い返すとたぶん、周りに誰もいなければ、私はなんの問題にもしなかった。血が出たわけでもなし。

「だってわざとじゃないでしょう?」

なんて言って、その場を去りたかった。いや、きっとできた。

 そんな、変な自信がある。

 そうしたかったが、授業中の出来事だから、クラスの目撃者たちが事を大事にさせた。

 それと。

「痛いときは、泣いていいんだよ!?」

という、言葉。

年中のころに、

「泣けばいいってもんじゃねえんだよ!」

と、言われてから。何を言われようと、なにに転びようと、意識的に人前では極力泣かなくなった。そんな私に、「泣いていい」という残酷な言葉。

 残酷すぎてつい、泣いてしまった。迂闊にもほどがある。その涙は、いまじゃないのに。

 そして当たり前に、周りをざわつかせる。


 せめて、そんな落ち度は言いたくなかったから親に話さずにいたら、案の定担任の先生から涙ながらの電話がきた。更には、彼の家からも謝罪の電話と、「病院へ行くなら治療費はこちらが払います」と。

(けっきょく病院へは行かなかった)


 なんとなく、思っていた。

 学校で見る彼は、よくテレビや近所で見る、野良から保護されたばかりの犬のようだ、なんて。

 大声をだして、威嚇して。そうすることで、「近づくな」と訴える。まるでそれこそ、小動物が自分を大きく見せることで天敵から逃れようとしているかのように。


 でも、騒動のあとにはちゃんと謝っていた。心底申し訳なさそうに。

 今思うと、なんだかその姿は

「ほんとは敵意ないのに、勢いで咬みついじゃって落ち込む動物」

に似てる気がした。あくまでものの例え。心境としてなので、当時誰にも言ってないけれど。


 私としては。

 椅子を投げる彼より、悪口を言ってくる同級生のほうが、何千倍も嫌だった。ちゃんと謝る彼のほうが、よほど誠実さがある。

 精神的な痛みと肉体的な痛み。そう比べられるものでもないけれど、この時の私は気持ちならいっそ、悪口より椅子のほうが、まだ痛くなかった。


 どうか、彼のあの後の人生に幸のあらんことを。

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