第16話 警告

 気が付くとそこはどこかのバス停だった。


「なんだよ、これ……」


 さっきまで学校にいたはずだ。なのにいつの間にか外に出ている。


 辺りを見渡す。なんだか様子がおかしい。


 空を見上げる。さっきまでは晴れていたのに分厚い雲が空を覆っている。


 それになんだか世界がくすんでいるような気がする。すべてが灰色に見えるような、そんな気がする。


「どこだよ、ここ」


 わからない。さっきまでは学校にいて、ムカツク奴の上履きの中に泥を詰めてやろうとしていたはずなのに。


「なんだ、あれ?」

 

 辺りを見回していると変な物がいた。白い仮面のような物をつけた黒く大きな何かモゾモゾと動いていた。


 そして、それが、こっちに。


「ヒィっ!?」


 短い悲鳴がもれた。本能がアレはヤバいと警告していた。


「なんだよ、なんなんだよ!」


 逃げたした。走り出した。


 しかし、すぐに止まった。逃げようとした方向にも黒い何かがいたのだ。


 黒い何かが地面から次々と這い出してくる。不気味な白い仮面を付けた化け物がズルズルと体を引きずって近づいてくる。


「来るな! 来るなよ!」


 逃げ道を探す。必死に逃げ出す。


 追いかけてくる。スピードは遅いが、確実に近づいてきている。


 心臓が痛いぐらいに脈打っている。息が上がり、頭が真っ白になっていく。


「はあ、はあ、はあ――」


 走って走って、なんとか振り切ることができた。


 けれど。


「やはりキミか、周藤瑛琉」


 息が上がりその場にヒザをついた瑛琉は声の主をみあげる。


 声をかけてきたのは般若の面を被った黒いマントの男だった。


 瑛琉は口を開く。だが言葉が出てこない。呼吸の乱れと極度の緊張で言葉が上手く出てこないのだ。


「ねえ、殺そう」

「おい、だからそれはダメだって言っただろう」


 声がもうひとつ聞こえてくる。その声の主に瑛琉は見覚えがあった。


「きたぞの、ゆき……!」


 有希だ。瑛琉の知っている女の子だ。


 だが、いつもとは違っていた。有希は自分の背よりも長い死神が持っているような大鎌を持ち、その足元には子猫ほど大きさの黒いネズミが大量に這い回ていたのだ。


「だってこいつがやったんでしょ? またやるよ」

「だからって殺すのはだな」

「私、こいつ嫌い。クサイ」

「ダメって」


 有希が大鎌を振り上げる。それを般若面の男が必死な様子で引き止めている。


 状況はまったくわからない。だが、自分が殺されそうになっていることだけは瑛琉は理解できていた。


「な、なんだよ。なんな」

「うるさい。クサイ。しゃべるな」


 冷たい目だ。瑛琉は自分に向けられている有希の冷たい眼差しに震え上がり、出そうとしていた言葉を飲み込む。


「落ち着いてくれ。今回は警告だけだって言っただろう」

「多佳晴を苦しめる奴なんて死ねばいい」


 多佳晴。瑛琉は聞き逃さなかった。多佳晴の名前をしっかりと聞き取った。


「周藤瑛琉。今日は警告に来た。これ以上、浅井多佳晴に関わるな」

「あいつ、なんで」


 瑛琉はギリリッと奥歯を噛みしめる。


「キモ顔のクセに、なんで、あいつに女が。おかしいだろ、キモイクソゴミのクセに……」


 気に食わない。なんであんな奴が可愛い女の子といつも一緒なのか。成績も普通だし、運動はできないし、何か特技があるわけでもないあんな顔の気持ち悪い奴に女がいるんだ。


 おかしい。間違ってる。絶対に間違ってる。


 ブスは差別されて当然なんだ。不細工はいじめられて当たり前なんだ。顔の悪い奴は惨めで憐れで不幸でなければいけないんだ。


 なのに、なのに、なんでだ。


「気持ち悪い」


 瑛琉はハッと顔を上げる。その視線の先には有希がいる。ゴミクズでも見るような目で瑛琉を見下ろす有希がいる。


「色もニオイも本当に気持ち悪い。やっぱり、ここで殺した方がいい」

 

 暗く冷たい目。何もかもを拒絶する光のない瞳。


「ダメだ」

「どうして?」

「そもそもなんでそんなに殺したがるんだ」

「だって」


 笑う。有希が笑う。


「ゴミは掃除しないと」


 ダメだ、と気が付いた。瑛琉は気が付いてしまった。


 関わっちゃいけない。絶対に手を出してはいけない物に手を出してしまったのだと。


「た、助けて。助けてくれよ」

「助けるよ。だから俺の言うことを聞いてくれ」


 瑛琉は何度もうなづく。般若面のほうが話ができると少しだけ安堵していた。


「浅井多佳晴に二度と関わるな。いいな?」

「わ、わかった。わかったから早くこいつを」


 早く逃げないと殺される。


「よし、いいだろう。すぐにここから」

「あなたは多佳晴に悪いことをした。だから、その罰を受けなくちゃ」

「おい、待て。俺は」


 有希は笑っていた。本当に楽しそうに笑っていた。


 それが瑛琉が見た最初で最後の有希の笑顔だった。


「さあ、みんな。いっぱい遊んであげて」


 そこから何が起きたのか瑛琉はあまり覚えていない。ただ恐怖だけがこびりついている。体に頭に心に記憶に、瑛琉のすべてに恐怖がべったりとこびりつき、その恐怖が記憶も正気も何もかもを覆ってしまったのだ。


 瑛琉は数え切れない程のネズミ追い立てられてどこかへ消えて行く。


「大丈夫なんだな?」

「殺さないよ」


 有希が笑っている。実に楽しそうだ。


「……まあ、とにかく上手くいったといえばいったな」


 般若面こと多佳晴は仮面の頬の部分を人差し指で掻く。かゆいわけではないが、なんとなくだ。


「しかし、場所の特定に手間取ったな。助かったよ、有希」

「お礼はいらない。多佳晴の言うことは何でも聞くのは当たり前だから」

「……まあ、ありがとう」


 没入香というアイテムがある。これはそのニオイを嗅ぐといつでもどこでも裏世界へ行けると言うアイテムだ。数少ない裏世界から持ち出しが可能なアイテムの一つだ。


 多佳晴は今回そのアイテムを使用した。犯人特定のためイタズラされそうな多佳晴の私物にニオイを染みこませ、触った相手を裏世界に引き込んだのだ。


 それに引っかかったのが瑛琉だった。そして、引っかかったのは瑛琉一人ではなく他にも二人ほど引っかかった奴がいた。


 そして、その全員が有希の餌食になった。きっとひどいトラウマを植え付けられたことだろう。


 ただ、上手くいったが危ない部分もあった。引っかかった三人とも出現がランダムなため、その場所の特定に手間取った。


 そこで役に立ったのが有希のネズミたちだ。有希の従えているネズミはすべて人造ファントムで、そのネズミたちを使って位置の特定を行ったのだ。位置の特定ができなかったら三人ともファントムに殺されていただろう。


 ちなみに没入香や索敵探索用のネズミファントムの使用はゲームの知識から思いついたことだ。ゲームとは多少効果が違うけれどこれからも使えそうだ。


 しかし、気になる。


「……無事に帰すんだぞ」

「わかってる。わかってるよ、多佳晴」

 

 有希は人を殺して闇墜ちしてしまったと思っていたが、もしかしたらもともとなのかもしれない、と多佳晴は疑い始めていた。


 北園有希と言う少女はもともとヤバい性格なのではないか、と多佳晴は思うのだった。

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転生してもブサイクでヤバい女に囲まれています。 甘栗ののね @nononem

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