第15話 ヤバい少女

 前世でも嫌がらせやいじめを受けたが、まさか転生した先でも同じ目に合うとは思っていなかった。


「……下らないな」


 朝、登校して自分の教室に入った多佳晴は自分の机の惨状を目の当たりにした。机の中にゴミが詰められ、椅子は水浸しだった。ゴミは掃除すればいいし水は拭けばいいが、あまりいい状況ではない。


 教室にいる生徒たちは誰も多佳晴を見ようとしない。つまり、味方は誰もいないということだ。


 とりあえず黙って掃除を始める。幸いにも机の中は濡れておらず、椅子の液体はただの水だった。


 しかし状況はよろしくない。こんな嫌がらせが続くとしたら面倒極まりない。


 いっそ不登校にでもなってしまおうか、と一瞬考えた。けれどそんなこと許してくれる両親ではないことにすぐ思い至る。


 両親は味方になってくれないだろう。ならば担任はどうかと考えるが、きっと無理だ。


 前世でも似たようなものだった。誰も味方になってはくれなかった。


 だが前世と違うのは多佳晴は大人だということだ。体は小学生だが中身は前世から記憶などを引き継ぎ精神年齢も高い。それに前世で同じような状況を経験済みだ。


 掃除を済ませた多佳晴は教室を見渡す。さて、犯人は誰だろうと考えながら。


 いじめられるような覚えはないわけではない。しかし、覚えがあろうがなかろうが関係ない。どうせいじめをするような奴は理由なんてどうでもいいのだ。不細工というだけでいじめられるのだ。いつ、誰がいじめにあっても不思議ではない。


 なら今回もそうだろう。嫌がらせの原因は不細工で気持ちの悪い顔をしているからだろう、と多佳晴は考えた。


 それならばどうしようもない。だが、仕方ないと放置するわけにもいかない。


 おそらく話し合いでどうこうというのは無駄だろう。犯人を見つけて一発ぶん殴るぐらいしなくては治まらないだろう。こいつに手を出すと面倒なことになると思わせるのだ。


 その犯人は誰か、と多佳晴は教室を見渡す。すると一人だけこちらを見てニヤニヤしている奴がいた。

 

 瑛琉だ。多佳晴に盗みの濡れ衣を着せようとしたあいつだ。


 前世と似たような状況だ。顔と運動神経が良くて性格が悪い男子生徒。瑛琉はおそらくそう言う奴だ。


 しかし、証拠はどこにもない。たとえ瑛琉が犯人でも証拠がなければ追及はできない。


 それに証拠があったとしても有利になるとは限らない。イケメンと不細工ならイケメンの意見を信じるのが人間と言う物だ。


 理不尽。前世ではそんな理不尽にずっと耐えて来た。そして耐えているうちに死んだ。


 転生しても同じなのか。となんとなく悲しくなる。怒りや憎しみはあまりわいてこない。


 ただただ悲しい。


「同じ顔に生まれた時点で、希望なんてなかっただろうに」


 心のどこかで今回はきっと、と思っていたのだろう。この人生ではきっと前よりはマシになるとでも思っていたのかもしれない。


 笑ってしまう。本当に馬鹿だ。


 うまく行くはずなんてないのに。


 一体、何のために転生したのか。本当に誰がなんのために。


「本当に、馬鹿馬鹿しい」


 多佳晴はグズグズと無駄なことを考えている自分を鼻で笑うと席に座る。それと同じタイミングで担任が教室に入ってきて、学校での一日が始まった。


 そして、午前中の授業が終わり給食を食べ、昼休みがやってくる。


「多佳晴、イヤなことあった?」

「別に」

「ウソ。わかるよ、ニオイで」


 昼休み。多佳晴は教室を出て屋上へ続く階段の踊り場の陰に有希と二人で座って話をしていた。


「……大したことじゃない」

「ウソ」

「キミには関係ない」

「話して」

「……少し、嫌がらせを受けただけだ」


 有希に嘘は付けない。彼女は相手の魂の揺らぎやニオイの変化で嘘を見抜くことができる。


「どんなことされたの?」

「気にするな」

「……なに、されたの?」


 ゾッとした。隣に座る有希を見て、いつもと違う彼女の表情を見て、その目に見つめられて全身の血が冷えていくのがわかった。


 これはヤバい、と多佳晴は本能的に察知した。自分ではなく嫌がらせの犯人がだ。


 有希は人を殺す。ゲームの中の有希は自分をいじめてきた相手を裏世界で殺すのだ。


「これは俺の問題だ。だから、自分で何とかする」

「本当?」

「……なんとかする」


 怒っている。有希は怒っていた。


 それは殺意に近かった。有希は視線だけで相手を殺せそうな強い怒りと殺気を放っていた。


 しかし、なぜそんなに怒っているのか多佳晴は理解できなかった。


 そう、多佳晴は有希が自分のために怒っているとは夢にも思わなかったのだ。


「ニオイが濁るのは、イヤ」

「濁る?」

「今、濁ってるから」


 有希は多佳晴に顔を近づけてくんくんとニオイをかぐ。


「多佳晴のニオイ、いいニオイだから。濁らせたくないの」


 有希は魂のニオイを感じることができる。どうやら有希にとって多佳晴の魂のニオイはいいニオイなのだろう。


「誰にやられたの? 教えて」

 

 これはなにかヤバいことになっていないか、と多佳晴は感じていた。有希に何かをさせるのは危険なのでは、と。


「いや、まだわからないんだ。だから」

「そっか。なら私が見つけてあげる」

「待て、それは」


 有希は悪人を見分ける力を持っている。魂の色やニオイで判別できるのだ。


 だが、見つけた後はどうする。有希が手を出すとは断定できないが、もしかしたらということもある。


「……いや、早めにケリをつけたほうがいいか」


 誰が犯人だなんだと手間をかけるよりさっさと解決してしまったほうがいい。ただ、どう解決するかが問題だ。


 手を出すと面倒だと思わせる。さて、どうしたものか。


「ニオイ、戻って来た」


 有希が多佳晴の首元に顔を近づけてスンスンとニオイをかいでいる。美少女な有希にそんなことをされてドキッとするが、今はそれどころではない。


「おいしそう……」


 なんだか聞いてはいけないセリフを聞いてしまったような気もするが、今はそれどころではない。


「いや、ニオイ。ニオイか」


 有希にニオイをかがれていた多佳晴はある方法を思いついた。少々危険だが、効果はてき面だろう。


 危険だがさっさとしないと有希が何かしでかすかもしれない。


 その前にケリをつける。と多佳晴は決心するのだった。

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