第13話 嫌がらせ
本当に、本当にくだらない。
「おい、お前が盗んだんだろ」
裏世界では大人だが表世界では小学生だ。多佳晴はいつものように学校へ登校し、いつものように教室のドアを開けた。
「オレ見たんだよ。こいつが盗んでるとこ」
その日、教室に入ると少々騒がしかった。男子生徒の一人が机の中やカバンの中を見て何やら騒いでいた。どうやら筆記用具がなくなったようで、それを探しているらしい。
多佳晴はその騒ぎを無視して席につこうとした。そんな多佳晴に騒いでいる生徒とは違う男子生徒が声をかけた。
「どこに隠したんだよ。さっさと言えよ」
「……意味がわからないんだが」
多佳晴は状況を確認するため一度教室内を見渡す。教室にいる全員の視線が多佳晴の方へ向いている。
「つまり俺がそいつの物を盗んだと?」
「だからそう言ってんだろ。いいからさっさと返せよ」
全く身に覚えがなかった。だから否定した。
「知らない。俺じゃない」
「とぼけんなよ。俺は見たんだぞ!」
「とぼけるも何も知らない物は知らない」
多佳晴はお前が盗んだといいがかりをつけて来た生徒の顔に視線を向け、その生徒の名前を思い出す。
しかし、面倒なことになったな。と多佳晴は心の中でため息をつく。状況はかなり悪い。
生徒たちの視線。それは明らかに多佳晴を犯人だと思っている人間のものだ。どうやら瑛琉の言葉を皆が信じているらしい。
まあ、それも仕方ないか、と多佳晴は思う。なにせ自分は気持ちの悪い顔をしているのだから。
多佳晴は瑛琉の顔をじっくりと眺め、そして自分の顔を頭の中に思い浮かべて瑛琉と比較する。
「否定しても、無駄か……」
瑛琉はそこそこ顔がいい。正確が悪そうな目つきをしているが、成長したらアイドルとしてもやっていけそうな顔立ちだ。
それに対して多佳晴の顔は一言で言えばモンスターだ。瑛琉が主人公で勇者なら多佳晴は醜く薄汚い雑魚モンスターだ。
勇者とモンスター。人がどちらの言葉を信じるかは明白だ。
「知らない物は知らない。そもそも証拠はあるのか?」
「だから俺が見たって」
「それは証拠ではなく目撃証言だ」
「それだけで十分だろ!」
「……面倒だな」
何が理由かはわからない。いや、多佳晴にはなんとなくわかる。
多佳晴が不細工で薄汚くて醜いからだ。そんな多佳晴をいじめて遊びたいだけだろう。ブスに人権がないとでも思っているのだ。
本当に迷惑な話だ。
「俺を見たと言ったな? いつ、どこで見た」
「昨日の放課後だよ」
「昨日の放課後か。なら違うな」
「はあ!? なんでだよ!」
昨日の放課後。それならアリバイがある。
「授業が終わってから俺はずっと図書室にいた。下校時間になるまでずっとだ」
「そ、そんなの誰が証明するんだよ!」
「当番の図書委員にでも聞け。それではっきりするだろう」
「ウソだ! こいつが盗んだんだ!」
本当に、本当に面倒くさい。
「なら聞くが、本当にお前は見たんだな?」
「ああ、そうだよ。お前が盗むのを」
「何色だった?」
「はあ?」
「盗んだのを見たんだよな? なら盗んだ物も見えたはずだ。何色だった?
どんな形だ? どちらの手に持っていた? 何に入れて持ち帰った?」
「そ、それは、よく見えなかった、から」
「よく見えなかったのに盗んだとわかったんだな?」
「あ、ああ」
「じゃあ、どうしてその時に何も言わなかったんだ?」
「そ、それは」
「盗んだと確信したんだよな? ならその場で注意するなりなんなりすればよかったはずだ。それともそんな勇気もない腰抜けなのか?」
「な、なんだと!」
言い過ぎた。挑発するつもりはなかったが、多佳晴は少し興奮していたようだ。
「キモ顔のくせに調子に乗るなよ!」
瑛琉が多佳晴に掴みかかる。そんな状況で多佳晴は前世のことを思い出していた。
ああ、そう言えば前世でもこんなことがあったな、と多佳晴は思い出していた。その時もやった覚えのないイタズラの罪を着せられてクラスメイトの前で糾弾され、結局あの時は土下座して謝った。やってもいないイタズラの謝罪をさせられた。
クラス全員が敵だった。顔の醜い多佳晴の味方をする人間は一人もいなかった。
今もそうだ。前世と変わらない。クラスの奴らは誰も多佳晴に味方する人間はいなかった。
前世と違うのは中身がおっさんと言うことだけだ。精神年齢が高いおかげで何とか反論できているが、反論したところで誰も味方になってはくれないだろう。
誰も味方になんかなってくれない。と多佳晴は反論しながらも諦めていた。
そんな時だった。
「多佳晴はやってないよ」
瑛琉の動きが止まった。クラスの全員の視線が声の人物の方へと向けられた。
皆の視線の先、そこには有希がいた。
「多佳晴はずっと私と一緒だった。だからやってない」
「……まったく。言わなくてもいいことを」
多佳晴はため息をつく。せっかく巻き込まないように黙っていたのに。
「そ、そいつはこいつの仲間だろ! ウソついてるに決まってる!」
「仲間じゃない、彼氏」
有希は教室にずかずかと入ってくると瑛琉を押しのけて多佳晴の隣に立ち、多佳晴の手をぎゅっと握る。
「図書館の当番の人とも話した。先生もいた。ウソだって言うなら聞いてくればいい」
「ふ、ふざけんな。なんで、こんな奴に」
瑛琉は有希の方を見てなぜだか悔しそうに唇を噛んでいる。
「あ、あった。あったよ。ぼ、ぼくの勘違いだったみたい……」
瑛琉と有希が睨み合っていると筆記用具を探していた生徒がそう言った。どうやら筆記用具は見つかったようで、戦隊ヒーローか何かの絵が描かれた青い筆入れを皆に見せるように持っていた。
「なるほど、あいつグルか」
男子生徒は机の奥の方にあったから、と言い訳をしていたが、それは嘘だろう。おそらくその生徒も瑛琉の仲間で、嘘をついて多佳晴をハメようとしたのだ。
「おーい、何を騒いでるんだ」
タイミングよく担任が教室に現れた。
「じゃあね、多佳晴。お昼休みに遊ぼうね」
担任が入って来たのを見た有希はそう言い残して多佳晴の教室を出ていった。そして、何事もなかったかのようにホームルームが始まった。
すべてがうやむやだ。しかし、蒸し返せば余計に面倒なことになるだろう。
それに気分は悪くない。多佳晴の気分は最悪より少しマシだった。
「……お礼、言わないとな」
前世では誰も味方になってくれなかった。けれど、今は違う。
授業が始まる。多佳晴は有希になんとお礼を言えばいいのかと考えながら授業を受けるのだった。
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