第12話 また一年経ちました

 三年生になった。


「行け、パン太」


 経験値は順調に稼げている。相変わらず経験値獲得量アップ装備の紙装甲だが、まだまだ問題なさそうだ。


 レベルも40に上がった。これで獲得経験値の基礎量が40になる。そして成長のブレスレットの効果で経験値は四倍、低級ファントムを倒すだけで160の経験値が獲得できる。


 それに最近ではメインの討伐対象を低級ファントムより強い下級ファントムにシフトしている。このおかげでさらに経験値獲得効率が上がった。


 下級ファントムは低級よりも少し強いファントムだ。その姿は白い仮面をかぶった大型の虫のような姿で、クモやらゴキブリやらムカデなどの姿で現れる。その大きさは大型犬ぐらいの物からアフリカゾウほどもある大型の物までと様々だ。ただ、倒し方は低級と同じで仮面を割って中のコアを叩き潰せば倒すことができる。


 低級ファントムに比べると強さは下級ファントムのほうが明らかに上だ。攻撃方法も下級のほうが多彩であり、相手をするのが面倒くさい奴もいる。


 ただし下級のほうが低級よりも強くて倒すのが面倒だが経験値が美味い。


 下級ファントムは低級の二倍の経験値を獲得することができる。低級の場合は獲得経験値は等倍だが、下級のほうは二倍になるのだ。


 現在の多佳晴のレベルは40。低級ファントムを倒すと経験値は40手に入るが、下級ファントムを倒すと二倍の80手に入る。そしてさらに装備のおかげで倍率が上がり、下級ファントム一体で320もの経験値を得ることができる。


 そんな多佳晴はすでにステータスをカンストさせている。HPとMPはともに9999に到達している。攻撃力なども最大値の999。ただ物理防御力だけは装備のデメリットで1のままだ。


 こうなると次に強化しなくてはならないのはスキルと装備だ。そして、それよりは優先度は劣るが『使役幻魔』の作成も考えなくてはならない。


 使役幻魔。これはスキルの一つで、捕獲したファントムを材料に人造ファントムを作成すると言う物である。その人造ファントムの姿は製作者によりある程度自由に変えることができ、能力も自分好みにカスタマイズすることができる。


 そして最大の利点は戦闘に参加させられるということだ。つまり仲間が増えるということで、経験値稼ぎ要員が増えるということでもある。


 しかもだ。作成した人造ファントムは使役者が裏世界にいない時でも経験値を稼いでくれる。ドロップアイテムは手に入れることができないが、経験値を稼いでくれるだけで非常にありがたい。


 ちなみにすでに人造ファントムは三体作成済みだ。ただし多佳晴ではなく有希がである。


 有希は多佳晴と一緒に裏世界に潜り経験値稼ぎをしている。多佳晴は来てほしくはないのだが、追い出そうとしても勝手に入ってくるのだ。


 それならと多佳晴はいつも有希の側で彼女を見張りながら経験値稼ぎをしている。しかし、いつも近くで監視していても万が一ということもある。


 その万が一の護衛のために人造ファントムを作った。それがパン太、ピン太、プン太だ。


 ちなみにパン太というかわいい名前だが、その姿は大型トラックほどもある大熊だ。ピン太とプン太もかわいい名前だが、ピン太は虎でプン太は巨大ワニだ。


 名前はかわいいのに全くかわいくない。そんな猛獣たちにかわいい名前を付けたのはもちろん有希である。


「よくがんばったね、ピン太。プン太もお疲れ様」


 有希の経験値稼ぎも順調だ。多佳晴に教わってステータスの強化も行っているため、見た目は小さい子供だが低級ファントムなら倒すことができるぐらいまで有希は成長している。


 最初は負担が増えたと思ったが今では頼れる仲間だ。いや、必要不可欠な存在と言ってもいいだろう。


 有希には本当に助かっている。なにせ彼女は裏世界と表世界を自由に好き時に行き来できるのだ。しかも有希は裏世界にいても侵蝕されることがないため時間切れの心配も必要ない。

 

「仲間、か」


 まさか仲間ができるとは思ってもみなかった。ゲームの世界に転生して一人で生き抜いていくつもりだったのに。


「ねえ、多佳晴」

「なんだ?」

「多佳晴は大人なんだよね?」

「中身はな。体はキミと同い年だ」

「ふーん。どんな大人だったの?」

「……ロクでもない奴だったよ」


 前世。その人生は良いものではなかった。周囲の環境もあまりよくなかったが、自分の行動もよくなかった。


 多佳晴は顔を触る。般若面の硬い感触が指に伝わる。


 前世の多佳晴と今の多佳晴の見た目は同じだ。子供の時からほとんど顔が変わっていない。


 ゴブリンとオークを足してハンマーで殴ったような顔。それが多佳晴だ。醜く不細工で親にも恥ずかしがられる顔だ。


「ウソついた」

「噓じゃないさ。もう少し努力すればよかったかもしれないが、しなかったからな」


 生まれつきの醜い顔。そのせいで周囲から嫌われ、気持ち悪がられ、避けれれ、笑われてきた。


 だがもしそんな容姿のハンデを覆せるほどの何かがあれば違ったかもしれない。頑張って頑張って頑張って、とにかく頑張って何かを成し遂げることができていたら違った人生だったかもしれない。


 けれどそうはならなかった。諦めてしまったのだ。こんな自分が何をやっても無駄だと前世の多佳晴は投げ出してしまったのだ。


 もしもっと努力していれば結果は違っていたのだろうか。マシな人生を送ることができたのだろうか。


 そして、今も同じだ。転生したはずなのに顔は全く同じだ。両親からは疎んじられ嫌悪され全く関心を持たれていない。


 周囲の状況も似ている。家だけでなく学校でも多佳晴の居場所はない。


 すべて醜い容姿が悪いのか、それとも容姿を言い訳にして努力しない多佳晴が悪いのか。


 もう一度人生をやり直せるんだ、という高揚感はない。ああ、また同じ人生をたどるのか、という諦めが心を支配している。


「まあ、生きる目的があるだけ今のほうがマシだな」


 自分は価値のない人間だと前世では思っていた。けれど、今は生きる意味を見出している。


 これから起こる世界の危機。それを防ぐことができるかはわからないが、少しでも犠牲者を減らすこと。


 別に多佳晴がやらなくてはならないことではない。けれど、犠牲者が出るとわかっているのに放置できるほど多佳晴の意思は強くはない。


 ゲームのシナリオ通りに行けば主人公たちが災王を倒して世界を救うだろう。けれどシナリオ通りに行けば何人もの犠牲者が出る。


 シナリオを壊せば後悔するかもしれない。だが、犠牲者を無視すればきっと後悔するし気分も悪いだろう。


 結局、自分なのだ。自分の気分が悪くなるから助けるのだ。人のためだなんて言えない。ただ、起こるとわかっている災難を無視して、殺されるとわかっているのになすけなければ、自分が嫌な気持ちになるから助けるのだ。


 嫌な人間だ、と多佳晴は思う。自分勝手など理由で助けようとして、そのくせ迷ってばかりいる。


 変わっていない。ロクでもない人間だ。


 あのまま死んでいたらよかったのかもしれない。そのほうがずっと。


「多佳晴」

「……なんだ?」

「死にたい?」


 死にたいのか。


「小学三年生がする質問じゃないな」

「そう? 私はときどき、死にたくなるよ」


 小学三年生の言葉じゃない。やはり有希は普通とは違う。


「でも、一人で死ぬのはちょっと怖いの。だから、一緒に死のうね」


 本当に、子供の言葉とは思えない。


「一緒ならきっと怖くないよ」


 裏世界で二人。転生者と世界の敵。


「死にたくなったらいつでも言って。それまで、一緒にたくさん遊ぼう」


 おかしな二人の戦いは続く。

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