第11話 小学校
42歳。それが転生する前の多佳晴の年齢だ。小学校二年生になった今でも精神年齢は変わっていない。
その42年の人生はただただ辛かった。両親には期待されず、友人はできず、就職してからは職場と自宅の往復を繰り返すだけ。唯一の楽しみはゲームやアニメ、マンガを読むことだったが、年を取るごとに集中力を維持していくことが難しくなり、だんだんと楽しめなくなっていった。
生きていくための希望がなかった。楽しい思い出はあまりなかった。
転生して一年が経つ。一年生が二年生になった。
新しく人生をやり直している。けれど、転生前と似たような状況だった。親からは見放され相手にもされず、友達は一人もいない。ただ、中身が大人なおかげで退屈すぎるほど勉強は簡単だった。けれど運動能力は前世との似たようなものでスポーツのセンスは皆無だった。
違うところと言えば裏世界に潜って経験値を稼いでいることぐらいだ。それが今の楽しみではあるが、ただ、裏世界で成長したところで表の世界には全く影響がない。裏で強くなろうが表の世界ではブサイクで運動神経の悪いただの小学二年生でしかないのだ。
しかし、有希に出会ったことで状況は変わった。
「多佳晴、何してるの?」
「スキル構成をどうするか悩んでいたところだ」
「楽しい?」
「まあ、それなりだよ」
前世の多佳晴には友達がいなかった。二人組を作ると必ず余るようなそんな人間だった。転生してもそれは同じだった。
別に多佳晴が悪いわけではない。彼が何か悪いことをしたわけではない。
悪いのは顔と運動神経だ。顔が悪くてどんくさい人間なんかと誰が仲良くしたいのか。
性格が良ければ、良い子なら、中身が良ければ、なんて言うのは幻想だ。嘘っぱちだ。綺麗事だ。見た目が良くなければ誰も中身なんて見ちゃくれない。それが現実だ。
もし多佳晴に何か飛びぬけて優れた才能でもあれば誰かが相手をしてくれたかもしれない。けれど多佳晴には何もなかった。他人を魅了するような特別な才能など持っていなかった。
いてもいなくてもどうでもいい存在。それが今の多佳晴であり前世の多佳晴でもあった。生まれ変わる前と後、そのどの世界でも多佳晴は誰からも必要とされない、生きていようが死んでいようが誰に気にされないそんな人間だった。
それでも生きた。生きるしかなかった。死ぬのが怖かったからだ。どんなに人生が真っ暗で、過去も今も未来もすべて絶望しかないとわかっていても、生きた。
死ぬのが怖かった。絶望よりも死の恐怖が勝った。
けれど、あっさりと死んでしまった。そして、今に至る。
「ねえ、多佳晴。わたしも行っていい?」
「ダメだ」
「どうして?」
「危ないからだ」
「守ってくれないの?」
「そういうことじゃなくてだな」
「大丈夫。多佳晴が守ってくれるから」
冬園有希。彼女はアナザーワールドのヒロインで攻略対象の一人だ。そして、真エンディングを迎えるために倒さなければならないラスボスだ。
そんな有希のことを多佳晴はあまりしらない。多佳晴はゲームの中の有希しか知らない。もちろん子供の頃の彼女の姿など知るわけがない。
「ねえ、多佳晴。どうしていつも図書室にいるの?」
「静かでいいだろう。静かにしてくれ」
「そう。私も嫌いじゃないよ」
図書室。転生前の世界でも多佳晴は小学校の図書室に入り浸っていた。本が好きだからという理由もあるが、そこにいれば誰も何も言ってこないという理由もあった。静かにしなければいけない場所では他人から醜い顔を罵られることも、見下され蔑まれ笑い者にされることもない。
「何読んでるの?」
「まあ、適当に」
「面白い?」
「それなりだな」
「そっか。次、私に貸してね」
「どうして?」
「面白いんでしょ?」
「まあ、それなりだよ」
ゲームの中の有希は無口な少女だった。過去が過去だからそうなっても仕方がないのだが、感情があまり読み取れないキャラクターではあった。
有希の過去。つまりはこれから起こる未来の出来事だ。
特別な力をもって生まれた有希はそのせいで周囲から孤立し、いつもひとりぼっちだった。小学校高学年になるとイジメられるようになり、それと同時期に彼女の父の会社が倒産。父親は再就職先を探すがうまく行かず、ストレスから酒におぼれるようになる。そして、有希の父親は酒に酔って有希や彼女の母に暴力を振るうようになる。
そんな有希の父や有希をいじめた者たちがある日突然姿を消す。最終的には行方不明と言うことで片付けられたが、実際は違う。
有希が殺したのだ。父やいじめの主犯格たちを裏世界に誘い込み、殺した。
それから有希は同じことを繰り返す。人の魂の色やニオイを感じることができる有希はその力を使い悪人を見つけ出し、裏世界に引きずり込んで次々と殺していった。
そして彼女は最後、厄災王の生贄となって消えてしまう。それがゲームの中での有希の運命だ。
「私って死ぬの?」
有希は多佳晴に問いかける。
「そうならないようにするさ」
「してくれるの?」
できるかはわからない。けれど、何とかするしかない。
しかし、それにしても。
「死にたくないから、がんばって」
表情はあまり変わらないのはゲームの通りだ。感情に乏しく無表情で口数も少ない美少女。それがゲームの冬園有希というキャラクターだったはずだ。けれど実際の彼女は思った以上に人懐っこくよくしゃべる。きっとこれが彼女の本来の姿なのだろう。
ゲームの中の有希は重たい過去を背負ってしまったことで性格が変わってしまったのかもしれない。だとしたらゲームでの印象と今の印象が違うことの説明がつく。
「……理解できないな、まったく」
「なにが? なにが理解できないの?」
「いろいろだよ」
「いろいろ?」
「いろいろ」
表情はあまり変わらないが、その言葉や行動には愛嬌がある。それになにより本当に美しい。有希は可愛いとか美人とかではなく、ただただ愛らしく美しい。
こんな美しい生き物をなぜいじめるのか多佳晴はさっぱり理解できなかった。
「ねえ、今日も行くの?」
「ああ、そのつもりだ」
「私も行きたい」
「ダメだ」
「ならいい。勝手に行くから」
「だからダメだって」
有希はどう思っているのだろう。いきなり自分の未来を教えられたのだ。お前は化け物のエサになって死ぬのだ、と告げられたのだ。
彼女が何を考えているのかその表情からは読み取れない。
「……わかった。俺の言うことを聞くって約束するなら、いいぞ」
「約束する。多佳晴の言うこと何でも聞く」
有希は裏世界に自由に出入りできる。だからいくら止めたところでどうにもならないことは多佳晴もわかっている。
それでも裏世界には来てほしくない。できるならばすべて断ち切って普通に暮らしてほしい。世界の敵になどならずただ普通の女の子として平和に生きてほしい。
「ねえ、多佳晴」
「なんだ?」
「呼んだだけだよ」
時間が過ぎていく。一定のスピードで流れていく。
運命の時に向かって真っすぐに。
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