第10話 正体

 しくじった。


「鬼さん、でしょ」


 裏世界で有希と出会った翌日、多佳晴は何の警戒もせずに小学校へ登校した。そんな無防備な多佳晴に有希が接触してきたのだ。多佳晴が一人になるときを見計らい、有希が声をかけて来たのだ。


 完全に失念していた。多佳晴は有希が同じ小学校に通っていることを忘れてしまっていた。ゲーム内での有希は櫻子とクラスは違うが同じ小学校に通っていたという設定だった。クラスが違ったから、忘れていたからと言うのはただの言い訳にすぎない。


 それに有希の能力のこともだ。その能力があるから多佳晴の正体を見破られたのだ。


「わかるよ。おんなじ色だし、ニオイだから」


 色。そう有希は魂の色やニオイを感じ取ることができる。彼女はその能力を使って悪人を見つけ出し、彼らを裏世界へ誘い込んで殺すと言うことを繰り返していた。


 魂の色やニオイは個人個人で違う。たとえ顔や体が変わってもそれは同じだ。表世界では小学校二年生の姿だが、有希には裏も表も関係なく同じ人間に見えるのだろう。


 それでも多佳晴は何とか誤魔化そうと試みる。あまりゲームに登場するメインキャラクター達とは深く関りたくはない。


 関わればシナリオが変わってしまう。未来が変化してしまう。そうなれば災王や厄災王を倒せなくなるかもしれない。


 とは思うのだが。


「な、なんのこと? 鬼ごっこはしてないよ」

「ウソついた」

「ぐ……」


 有希は魂の揺れなどから相手の嘘を見抜くことができる。ゲームではその能力のせいで周囲から気味悪がられて孤立していた。


 誤魔化しきれない。それに嘘をつき続けて有希に不信感を抱かれると後々面倒なことになるかもしれない。


 ならここは、と多佳晴は心に決める。


「……そうだよ。俺が鬼だ」


 下手な嘘は見破られる。なら正直にすべてを話してしまったほうがいい。嘘を見破れると言うことは真実がわかるということだ。多佳晴の言っていることが全て事実だと有希にはわかるだろう。


「――というわけなんだ」

「ふーん、そっか」

「驚かないのか?」

「別に。でも、おもしろそう」


 多佳晴は全てを話した。自分の名前と自分が転生者であること。裏世界のこと。そしてこれから起こるすべてを見てきたことをだ。ただ、この世界がゲームの世界かもしれないと言うことは伏せておいた。その事実が有希の心に悪い影響を与えるかもしれないと思ったからだ。


「私、いじめっ子を殺すんだ」

「そうだ。俺の知っている未来ではそうなる」


 有希の表情はあまり変わらない。


 それにしてもあらためて見ると有希はとても美人だった。


 光の加減で青色に見える艶やかな長い黒髪、透き通るような白い肌、髪と同じ色の大きな瞳と人形のように長いまつ毛。まだ十歳にも満たないがどこかの大人びた雰囲気のある静かで神秘的な美少女だ。


「どうしたの?」

「ああ、いや。同じ人間なのにな、と思っただけだ」


 有希は不思議そうに首を傾げている。


「人間だよ? 鬼さんもでしょ? 違うの?」


 そう、人間だ。多佳晴と有希は同じ人間だ。


 だが違う。多佳晴は親から実の子供かと疑われるほどに顔が醜いのだ。


 美女と野獣、女神とゴブリン。有希と多佳晴の容姿にはそれぐらいの差がある。


「鬼さんは私を助けてくれるの?」

「ああ、そのつもりだ」

「どうやって?」


 どうやって。それはまだ考えていない。そもそも有希と出会ったのは昨日の今日なのだ。これから対策を考えようとしていたところに有希の方から接触してきたのだ。


「それはこれから考える。まだ時間があるからな」

「ふーん。でも早い方がいいよね?」

「まあ、そうだろうな」


 対策。有希がいじめられないように対策する。


 そうなると一番効果的なのはいじめの原因を潰すことだ。


 有希がいじめられるようになる原因。それはズバリ色恋だ。クラスでも一番人気の男子生徒が有希のことを好きだと言う噂が立ったことが原因でいじめが始まる。


 つまりは嫉妬だ。男子生徒が好きだった女子生徒の一人が有希に嫉妬し、そこからいじめに発展していった。


 原因はわかっている。ならそうならないようにすればいい。


「じゃあ、鬼さんは今から有希の彼氏ね」

「……は?」


 さて、どんな対策を練ろうか、と多佳晴が考え始めたところで有希がこんなことを言い出した。


「彼氏がいれば他の人と付き合えないよね」

「絶対そうだとは、言えないが」

「ウワキするの?」

「いや、そうじゃなくてだな」

「じゃあ、いいよね」


 お前誰が好きなんだよ、と男子たちが騒ぐ。すると「俺、冬園が好きなんだ」と男の子の一人が打ち明ける。その噂がクラス中に広まる。その噂に嫉妬した女子生徒たちが有希をいじめるようになる。


 だが、その途中に「でもあいつ、彼氏いるじゃん」という話になればそこで終わるかもしれない。


「いやいやいや、そういう話なのか? どう考えてもエルフとオークにしか」

「えるふ? おーく? なんのこと?」

「いや、いい。こっちの話だ」


 美しいエルフと醜いオーク。どう考えても有希と多佳晴はそれにしか見えない。


 そんな二人が彼氏と彼女の関係になる。多佳晴にはそれが不自然に思えて仕方がないのだ。


 だってそうだろう。醜い自分が美少女と付き合えるはずがない。


 まあ、相手は小学校二年生の子供だけれども。


「じゃあ、他の方法考えてよ。それまで彼氏ね」


 と言うことで一時的にではあるが多佳晴と有希は恋人同士になったのだ。


「……これでいいのか?」


 恋とか愛とかを理解しているのか。確かに子供の時は女の子の方が精神年齢が上だという話を聞いたことがあるような無いような。


「行こう、鬼さん」

「ここでは名前で呼んでくれ」

「じゃあ、多佳晴」


 有希は多佳晴に手を差し伸べる。


「……あの」

「恋人でしょ? 手ぐらいつなぐ」

「あ、ああ、そうか」


 何を動揺しているのだろう、と多佳晴は情けなくなる。見た目は子供だが中身は大人のはずなのに、本当に情けない。


 多佳晴は有希の手を取る。小さくて柔らかい手は少し冷たかった。

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