第9話 ある冬の日
あっという間に一年が過ぎた。
「今日も稼いだな。よし、帰るとするか」
レベルは20に達した。相変わらずの経験値獲得量アップ装備の紙装甲だが、それでも何とかなっている。
とりあえずHPをカンストすることができた。それ以外にもステータスは大幅に上昇している。レベルを上げたことで経験値獲得量が増え、経験値四倍増の効果のおかげで低級ファントム一体で80の経験値を稼ぐことができるようになっていた。
低級ファントムを毎日狩れるだけ狩る。そんな日々を多佳晴は送っていた。
そんなある日のことだった。そろそろ浄化薬の効きも悪くなってきたし表世界に帰ろうかと考えていた時、ある音を聞いた。
「泣き声? どこからだ」
どこからともなく子供の泣き声が聞こえて来た。多佳晴はその声が聞こえてくる方へと向かった。
「女の子、か。迷い込んだのか?」
さて、どうしよう。と多佳晴は考える。
表世界へ送っていくのは当然だ。しかし、自分の顔をさらしてよいものか、と多佳晴は考える。
自分は顔が悪い。はっきり言って不細工だ。と多佳晴は自分のことをそう評価している。
正直、何度も不審者に間違われている。それは転生前の話ではあるが、転生前は数えるのが嫌になるほど職務質問を受けたし、不審者情報として出回ったこともある。
それに人助けにもいい思い出がない。助けたのに嫌な顔をされたり、なぜか加害者に勘違いされたこともある。
イケメンに助けられたかった、と言われたこともある。真正面から堂々とではないが、助けた相手が去り際にボソッと言った言葉を聞いてしまったのだ。
人助け。それはいいことなのだろう。けれど、ためらってしまうのも事実だ。
しかし、そんなことも言っていられない。迷い込んだのはどうやら小学校低学年ぐらいの女の子なのだ。
女の子がいるのは小さな公園の中だった。どうやらそこはセーフゾーンのようで、ファントムがいる様子はなかった。
「ただでさえ顔が悪いのに今は般若面だ。どうしたもんか。いや、般若面のほうがマシか」
あれやこれやと考えてしまう。けれど、そんな風に考えている時間は無い。
侵蝕が始まっている。多佳晴はすでに浄化薬を五回使用してしまっているため効き目がなくなっている。女の子の方も裏世界に長く居座れば浸食され、二度と裏世界から出られなくなってしまうだろう。
考えている暇はない。行くしかない。
「行く、行くぞ。行くんだ」
多佳晴は大きく息を吸い込み大きく吐きだしてから行動を始めた。
「……大丈夫か?」
「!!?」
多佳晴は公園の中に飛び込み女の子に声をかけた。声を掛けられた女の子はピタッと泣き止み、多佳晴を見上げて目を見開き硬直してしまった。
「安心してくれ。敵じゃない。キミを、その、元の世界に戻してあげようと」
「もとの、せかい?」
女の子は涙を拭く。そして改めて多佳晴を見上げる。
「オニ?」
「まあ、そうだな。だが悪い鬼じゃない、良い鬼だ」
「いいオニ?」
「そう、良い鬼だ」
理解しているのかいないのか、女の子は真っ直ぐな目でじーっと多佳晴を見上げている。
「……えーと、キミの名前は?」
「ゆき。ふゆぞのゆき」
「ふゆぞの……。冬園有希!?」
驚いた。多佳晴はその名前を知っていた。
「どうしたの?」
「い、いや。なんでもない」
冬園有希。その名前を多佳晴は知っている。
有希はゲームのヒロインの一人だ。ただ、彼女は少々特殊で、ヒロインではあるが仲間ではない。
彼女は真エンディングのラスボスなのだ。
「おじさん誰?」
「鬼だよ。まあ、正確には違う、と思うが」
同じだったような気もする。般若と鬼は、同じだったか、違ったか。
いや、それはどうでもいい。と多佳晴は思いなおす。
とにかく今はこの子のことだ。冬園有希を名乗る女の子だ。
「確かに似ている、気がする。しかし、そうなると、これは……」
冬園有希はヒロインの一人で真のラスボスとなる女の子だ。そして彼女は殺人者でもある。
小さい頃から有希は裏世界に入ることができた。普通の人間とは違い自由に出入りする能力を持っていた。
そんな彼女は小学校高学年の頃からイジメられるようになった。それはかなりひどいイジメで、有希が自殺を考えるようになるほどだ。
だが、彼女は死ななかった。逆にイジメて来た者たちを殺した。
有希はイジメの主犯格三人を裏世界に誘い込み、ファントムに殺させたのである。
もちろん死体は出てこない。裏世界で死んだ人間は表世界に戻ることは出来ない。そのためイジメの主犯格三人は行方不明ということで処理された。
有希は主犯格三人を殺してから心に大きな闇を抱え、その心の闇を厄災王に利用され復活の生贄にされてしまう。
しかし、まだここにいる有希は人を殺していないはずだ。だとすれば、これはチャンスかもしれない。
「さあ、帰ろう。送ってあげるよ」
「うん」
ここで有希と繋がりを作っておく。そうすれば彼女が闇堕ちすることもなくなるかもしれない。
まだこれからだが、どうにか有希を救うことができれば、厄災王の復活を阻止することができるかもしれない。阻止できなくても遅らせることは可能かもしれない。
「もうここに来ちゃだめだよ。ここは危ないからね」
「鬼さん、いいにおいする」
「ニオイ?」
「うん。いいにおい」
何のことだか多佳晴はわからない。香水などつけていないし、ニオイがするものを裏世界で食べた覚えもない。
しかし、そんなことを考えている場合ではない。さっさと有希を連れて裏世界をでなくてはならない。
「手を離さないでね」
「わかった」
多佳晴は有希と手をつなぐ。そしてつないだ手と反対の手でロープを取り出した。
この出会いが世界の運命にどういう影響を与えるかはわからない。ただ、シナリオに変化があることは確かだろう。
その変化が大きいか小さいか。その違いでしかない。
多佳晴は願う。希望があることを。
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