第4話 経験値稼ぎ

 アナザーワールドの裏世界では経験値がもっとも重要な数値である。


 まずレベルだ。裏世界ではレベルは自動的には上がらない。必要な量の経験値を消費してレベルを上げる必要がある。そして、レベルが上がると経験値の取得量も上昇する。


 裏世界での敵は『ファントム』と呼ばれている。その中で最弱なのが低級ファントムだ。


 低級ファントムを倒して得られる経験値は1だ。しかし、プレイヤーのレベルが2になると取得経験値も2になる。つまり自分のレベルが上がるごとに稼げる経験値も増えていくのだ。


 ただしレベルアップしたからと言ってステータスが上がるわけではない。ステータスを上げるにも経験値が必要で、攻撃力や物理防御力を1上げるためには経験値を1消費する。


 さらにはスキルの習得にも経験値がいる。必要な量の経験値を支払わなければスキルは取得できない。さらに強力なスキルにはレベル制限があるため、強いスキルを取得するには必然的にレベルを上げなくてはならない。


 それに加えてアイテムの購入も経験値だ。つまり裏世界では経験値が通貨の代わりであり、アイテム購入だけでなく装備品の強化などにも経験値が必要だ。


 裏世界を生き抜くためにはとにかく経験値を稼がなければならない。そして、獲得した経験値の管理も非常に重要だ。


 どのステータスを伸ばしてどこを削るか。無限に経験値を稼ぐことができればいいのだが、侵蝕という制限時間もあるためかなりシビアな選択を迫られるのがアナザーワールドと言うゲームなのだ。


 しかし、多佳晴はあまり迷わなかった。なぜなら多佳晴はゲームのアナザーワールドを何周もクリアしているからだ。


「まず必要なのは『般若面』と『成長のブレスレット』、それと『クリティカルアップ』のスキルだな」


 多佳晴はいつもある程度進め方を決めている。それを今回も周到するつもりだ。


 しかし、進めるにしても最初の経験値が必要だ。


「チュートリアルがないから装備も無し、か。なかなか厳しいな」


 絶望、している暇はない。そもそも心が折れてしまえばそこでゲームオーバーだ。


 気持ちを強く持て。タフな男になれ。


「……よし、行くか」


 多佳晴は最初のファントムを倒すことを決意する。そのために用意した包丁を握りしめてショッピングセンターの外へと飛び出した。


 だが、ダメだった。


 ファントム。それは裏世界に無限に湧いてくるモンスターである。そのファントムの中で一番弱いのが低級ファントム。その姿は白い仮面をつけた真っ黒い大きなナメクジのような見た目である。


 そんな低級ファントムの倒し方は簡単だ。まず白い仮面を割ってその下にある赤い核を破壊する。それだけである。


 だが、ダメだった。


「げ、ゲームと違うのか。か、硬すぎる」


 多佳晴は包丁を握りしめてショッピングセンターの駐車場にいた低級ファントムに戦いを挑んだ。ゲームと同じように仮面に包丁を叩きつけて割ろうと試みた。


 だが、全くダメだった。傷は付けられたが割る前に包丁が折れてしまったのだ。


 しかも、攻撃された。多佳晴は低級ファントムの触手で腹を殴られ、悶絶しながら逃げ帰ったのである。


「く、くそっ、ゲームでは、うまく行ったのに」


 痛い。苦しい。今にも吐きそうだ。


 怖い。怖い。怖い。


「落ち着け、俺。心が折れたら、死ぬんだぞ……」


 ショッピングセンターの建物の中に戻った多佳晴は物陰に隠れながら痛む腹を押さえて呼吸を整える。どうにか心を落ち着かせて冷静さを取り戻そうと必死に自分に声をかける。


「大丈夫だ、大丈夫。落ち着け、とにかく落ち着け」


 物陰から外の様子を確認する。どうやら建物の中にまでファントムは入ってこないようで、多佳晴を追いかけて来たファントムは入り口のところでもぞもぞと動いているだけだった。


「ここはゲームに似ている。でもゲームとは違う。違うんだ」


 何とか希望を見出そうと多佳晴は考えをめぐらすが、考えれば考えるほど絶望感が体を支配していく。


 経験値を稼がなくてはならない。だが、低級ファントムすら倒すことができそうにない。それに苦労して倒したとしても経験値は1しか得られない。


 効率が悪すぎる。このままだと経験値を稼ぐどころか裏世界から出ることすら難しいだろう。


「どうにか、どうにか別の方法で経験値を稼ぐには――」


 考える。ゲームではどうだったかを思い出す。


 アナザーワールドのゲーム内では経験値を獲得するには敵を倒す以外にも方法がいくつかある。ランダムに発生する宝箱からや、敵からドロップするアイテムを売ることで経験値が得られる。


「売る……」


 多佳晴は握りしめたままの折れた包丁の柄を見つめる。


「そうか、売ればいいんだ」


 多佳晴は立ち上がる。立ち上がり建物の中をぐるりと見渡す。


「やってみるしか、ないか」


 多佳晴は折れた包丁の柄を握りしめると状況打開のための行動を始めた。


 

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