第3話 裏世界

 裏世界。そこはもう一つの世界。世界の裏側であり、心と体が逆転した世界でもある。


「心を強く持て。ここは、心の強さが重要なんだ」


 この世界では心と体が逆転する。肉体の強さなど意味を失くす。心の強さ、精神の力が物を言う。そして、心が折れた者から死んでいく。


「よし、大丈夫。大丈夫だ。俺は絶対、大丈夫」


 多佳晴は呼吸を整える。そして、そこがどこなのかを確認する。


 知らない場所だった。そこはどこかの立体駐車場の中だった。


 何台かの車が停まっている。しかし人の気配はない。周囲は薄暗く、昼なのか夜なのかはっきりとしない。


 多佳晴は立体駐車場から顔を出して空を見上げる。空は灰色で太陽がどこにも見当たらない。


「裏世界だ。間違いない。ゲームと同じだ」


 多佳晴は確信する。ここはゲーム『アナザーワールド』の世界なのだと。


 そして、あることに気が付く。自分の体が子供ではなく大人の姿になっていることを。


「……そうか。心と体が逆転してるのか」


 裏世界では心が表に出てくる。つまり精神がそのまま表に現れる。


 多佳晴の肉体は六歳だ。しかし中身は大人だ。


 多佳晴は急いで確かめる。立体駐車場に停めてある車のサイドミラーをのぞき込む。


「顔は……。そのままだな。少しまともになってくれると、よかったんだが」


 よく見た顔だ。醜い、不細工としか言いようのない顔だ。


「まあ、いいさ。とにかくここから出ないと」


 ここから出る。裏世界から脱出する。


 それには出口を探すしかない。脱出する方法はいくつかあるが、今はそれ以外に方法はないだろう。


「確か、スタート地点は毎回ランダムだった。出口は、ほとんど同じ位置だったはずだ」


 ここがアナザーワールドの世界だとしたら、である。


 多佳晴は立体駐車場の中を観察する。


「エスカレーターにエレベーター。ということは、どこかのショッピングセンターかなにかか?」


 だとしたら確かめなくてはならないことがある。多佳晴は急いでエスカレーターの方へむかうと、自動ドアを手で開けて建物の中へ入り、動いていないエスカレーターを駆け下りた。


 多佳晴の予想通りそこはショッピングセンターの中だった。そこは建物の二階で、近くには婦人服売り場があり、奥の方にはフードコートが見える。


 多佳晴はそのフロアを見て回ったあと一階に下りた。そして、見つけた。


 見つけたのはATM。もしここがゲームの世界ならそこであることができる。


『現在取得している経験値は0です』


 多佳晴は手を叩いて喜んだ。ゲームの通りになったからだ。


 ゲーム『アナザーワールド』の世界ではATMはショップとしての役割がある。アイテムなどの売り買いや、ステータスの確認に各種ステータスの上昇などが行える。


 ただしそれは裏世界での話だ。表世界ではATMはATMでしかない。


 多佳晴はさっそくステータスを確認する。


「レベルは1。HPMPは20。ステータスは全部5か。思った通りだ」


 ここまでは想定通り。ゲームと同じだ。


「ゲームならこの辺りでチュートリアルが入るんだが。……なさそうだな」


 初めて裏世界に入るとゲームではチュートリアルが行われる。簡単な裏世界の説明やゲームシステムについての解説だ。


 だが、どうやらゲームとは違うらしい。しかし問題はない。ゲームのシステムは頭に入っている。


「とにかく経験値稼ぎだ」


 アナザーワールドでの経験値はとても重要な意味を持つ。ただレベルを上げるための数値ではない。


 その経験値を稼ぐには敵を倒さなくてはならない。


「この建物の中には『ファントム』はいなかった。ここはセーフゾーンなのかもしれないな」


 だとすると外に出る必要がある。だが、その前に武器だ。戦うための道具がいる。


 幸いにもここはショッピングセンターだ。道具はいくらでもある。


 さてどうするか、と考えていた多佳晴はふと自分の手を見る。そして思い出す。


「そうだ、侵蝕だ。マズいな、これは」


 多佳晴は指先を確認する。爪の先が灰色になり始めている。

 

 侵蝕。長い時間裏世界にいると徐々に体から色が失われて灰色になっていく。そして全身の色が失われると二度と裏世界から出られなくなる。ゲームではこれが時間制限の役割となっていた。


 ゲームと同じなら全身が灰色になる前に脱出しなくてはならない。しかし、せっかく来たのだから少しでも経験値を稼ぎたい。


 アナザーワールドでは経験値がすべてと言っても過言ではない。なぜならレベルアップもステータスアップもスキルの取得もすべて経験値を消費するからだ。


「とにかく武器になりそうな物を探そう」


 多佳晴は動きだす。その表情は明るく絶望などどこにも見当たらなかった。


 


 

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