第2話 アナザーワールド

 ゲーム『アナザーワールド』。そのゲームの主人公は高校生活を送りながらヒロインたちとの絆を深め、ファントムと呼ばれる怪異に立ち向かうというそんな内容だ。


 ジャンルはアドベンチャーゲーム。恋愛要素もあり、ギャルゲーとしての人気もそれなりに高かった。


 ゲームのシステムは二つのパートに分かれている。アドベンチャーパートとRPGパートだ。主人公はアドベンチャーパートでヒロインたちと絆を深め、その絆の深さがRPGパートのステータスに反映される。そのため、ゲームをクリアするにはヒロインたちの好感度が重要であり、真のエンディングを迎えるにはすべてのヒロインの好感度をほぼ最大値にしなくてはならない。


 そのRPGパートのメインとなる舞台。それが『裏世界』だ。そこにはヒロインたちの分身が存在し、表世界でのヒロインたちの好感度が分身の能力に影響を与える。


 その裏世界の扉が開いた。裏世界へ行く方法はいくつかあるが、深夜の合わせ鏡もその一つだ。


 多佳晴はそれを試してみた。そして、思った通りの結果となった。合わせた二枚の鏡の中にうごめく影を見たのだ。


 それはこの世のものではない不気味な影だった。


「ここは、ゲームの世界だ。なら、俺は……」


 主人公なのか、と多佳晴は考えたが、すぐに違うと心の中で否定する。


 なぜなら名前が違うからだ。ゲームの主人公の名前は『不動礼介』。もし自分が主人公ならその名前になるはずだ。


 それにゲームの主人公である礼介が櫻子と幼馴染と言う設定は無い。主人公は櫻子と高校に入学して初めて知り合ったはずで、小学校から一緒ではなかったはずだ。


 なら自分は誰なのか。何者なのか。


 考えられるとしたら。


「モブ、か?」


 モブ。ゲームのモブキャラ。もしくはゲームの背景に映る名も無き人物。


 しかし、それにしては、いろいろと設定が細かい。


「見た目ぐらいは、普通にしてほしかったよ」


 見た目はそのままだ。この世界に来る前の世界とほとんど変わらない。変わっているのは年齢だけで、このまま成長すればまったく同じになるだろう。


 両親の態度もそうだ。二人にまったく似ていない多佳晴は両親から邪険に扱われ、二人の愛情は妹にだけ注がれていた。もしこのままいけば多佳晴は自分の記憶にある運命をたどることになるだろう。


 何もない、絶望しかない未来。たった一人孤独に人生を終える惨めで哀れで醜い人生をたどるだろう。


「嫌だ、そんなのは……」


 絶対に嫌だ。せっかくやり直せるかもしれないんだ。


 確かに見た目は変わっていない。家庭環境も同じだ。


 だが世界が違う。ここはまったく違う世界なのだ。


「やってみよう。いろいろと」


 たとえ見た目が同じでも、両親が冷たくても、できることがあるはずだ。


「……もう寝よう。さすがにこの体でこれ以上起きているのはつらい」


 裏世界が存在することが確認できた。12時も過ぎて日付が変わっている。


 今日はもう寝て明日からいろいろと考えよう。新しい人生をどうしていくかを考えよう。


 と多佳晴は思っていた。


 けれど。


「う、動かない」


 テーブルの上の鏡を片付けようとするが鏡はまるで強い力で固定されたかのようにまったく動かなかった。


「まずい、まずいぞ」


 多佳晴は必死に鏡を動かそうとする。けれど、まったく動かない。


 そして、それは現れた。


「嘘、だろ」


 鏡の中から真っ黒い腕が現れたのだ。


「やめ」

 

 黒い腕は逃げようとした多佳晴の腕をつかむ。その黒い腕は凄まじい力で多佳晴の腕を引く。

 

 そして、引きずり込む。黒い腕は多佳晴を鏡の中へと引きずり込んでいった。

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