第1話 そこはゲームの中だった

 タカハル。それが男の名前だった。フルネームは浅井多佳晴。年齢は六歳。小学校一年生。


 家族は父と母と生まれたばかりの妹が一人。


 両親は二人とも美形だった。生まれたばかりの妹も将来美人になることが確定していた。


 けれど、多佳晴だけは違った。


「……やっぱり前と、同じだ」


 鏡に映った自分を見る。そこにいるのはブルドックとイノシシを合体させて潰したような醜い顔が映っていた。


「同じだ。はは、ははは……」


 同じ顔だ。まったく同じ顔だった。


「俺は本当に死んだのか? あれは夢だったんじゃないのか?」

 

 夢。だとしたらひどい夢だった。未来も希望もない、どうしようもない夢だった。


 しかし、夢にしてははっきりと記憶している。小中高校、大学、社会人。読んだ本の内容も、いくつも見て来たアニメ、ゲーム、それ以外のことも夢にしては異常なくらいに覚えている。


「転生? ループ? 過去に戻ったのか、俺は」


 多佳晴は混乱していた。何が起こっているのかわからなかった。


 顔は同じ。家族構成も同じ。しかし、違う部分もある。


 まず小学校の名前が違う。ランドセルの名札に刻まれた小学校の名前が自分の記憶している物と違っていた。


「何してるの! 早く学校行きなさい!」


 母親の声も同じだ。厳しく冷たい母の声だ。


「まったく、本当に。誰に似たのかしら」


 記憶にある母と同じだ。


「俺に似たとでもいうのか? 勘弁してくれよ」


 父親も同じだ。愛も情も感じられない父の声だ。


「とりあえず、学校へ行ってみよう。何かわかるかもしれない」


 多佳晴は準備を済ませると学校へと向かうことにした。そして、すぐに異変に気が付いた。


「違う。ここは、俺が住んでた場所じゃない」


 学校に向かうために玄関を出た多佳晴はそこが自分の記憶している町と違うことに気が付いた。けれど、違うはずなのにどこへ行けばいいのかわかっていた。


 学校へは迷うことなく登校することができた。そして、またそこでも違いに気が付いた。


 小学校の名前は違う物だった。さらに校舎の見た目も立地も何もかもが違っていた。


「見た目は変わっていない。家族も同じ。でも、それ以外はまるで違う」


 多佳晴は混乱していたが、情報を得るたびに少しずつ冷静になっていった。


 教室に入るとクラスメイトがいた。そこにいる子供たちは知らない顔ばかりだった。


 けれど、なぜかなんとなく見たことがあるような顔があった。


 それは一人の女の子。その女の子がどういうわけだか気になった。


 チャイムが鳴る。先生が教室に入ってくる。多佳晴は席につき、黒板を見た。


 黒板の隅には今日の日直の名前がチョークで書かれていた。それを見たとき驚き目を見開いた。


「どうみょうじ、さくらこ?」


 どうみょうじさくらこ。日直の名前欄にひらがなでそう書かれていたのだ。


 そして、気が付いた。見たことがある女の子が誰なのか。


「おい、まさか。ここは……」


 知っている。女の子のことを知っている。


 道明寺櫻子。それは多佳晴がプレイしていたゲーム『アナザーワールド』に登場するヒロインの名前。


「似てる。確かに似てる。でも、そんなことが」


 信じられない。だが、おかしなことが起きすぎている。


「ねえ、あいつ、ずっとこっち見てるよ」

「きもちわるい」

「きもいねぇ」

 

 多佳晴はじっと櫻子を見ていた。嫌そうな視線を向けられていることにも気が付かず、じっと見つめていた。


「もし、もしそうなら。確かめないと」


 その日、多佳晴はぐるぐると考え続けた。ここがもしゲームの中の世界なら、あれがあるはずだと。


 いろいろなことを考えながら多佳晴は無難に学校生活をこなし帰宅した。


「さっさとお風呂に入って寝なさい」


 一日を終えた多佳晴は自室で時計を凝視していた。テーブルの上に鏡を二つの鏡を用意して時が来るのを待っていた。


 時刻は夜の11時58分。子供には辛い時間だ。


 けれど多佳晴は眠くなかった。むしろ心臓の鼓動が眠ることを許してはくれなかった。


 そして、時が来る。


 時刻は深夜の12時。


「……嘘だろ」


 開いた。扉が開いた。


 裏の世界への扉が開いた。





 

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