花の魔法陣

水都suito5656

花の魔法陣

彼女に出会うまで私は全てを諦めていた。

生きる事も   

死ぬ事も   

全てを


そんな中、彼女に出会った

この国の王女に 第五王女に


公爵家長女の私はいらない子だった。

いらない者同士を寄せ集めるように彼女の許嫁になった。


「私と一緒いても、良い事なんて無いですよ」

「ふふふ。そうかもね」


会うたびに突き放す。1人がいい。いつもそうだったから。

今更私に笑顔なんて作れない。


「うーん、笑うと可愛いんだけど」

「嫌です」


それでも私は根負けした。

ぎこちない笑顔を浮かべるようになった。

彼女が会いに来るのを心待ちにしていた。


「まあまあ、それよりもお茶しましょうよ」


そんな私にとって彼女は唯一希望

生きる理由


誰からもいない子のように扱われた私に、彼女だけが優しかった。

たとえ義務感からだとしても、嬉しかった。


「あなたの優しい声が好き」

「あなたの輝く髪が好き」

「あなたの蒼穹のような瞳が好き」


自分ではずっと嫌いだったのに

この国の人の髪は黒い 瞳も黒 両親もそうだ。


「どうして?こんなに美しいのに」


彼女は本気でそう思っていた。

だから

彼女の前でだけは

ここにいてもいいと思えた。


それでも

鏡の前に立つと思い出す。

こんなのが彼女のそばに居ていいのかと


何度壊したかわからない。表面はヒビだらけだ。

今ではもう私の姿をほとんど写さない。


生きることは死ぬ迄の時間つぶしだ。

その気持は今でも変わらない


その瞬間が来るまで

私は正気でいられるだろうか


*


ある日

隣国との国境にある森に大量の魔物が出現した。

近くの村を襲い 勢いを増す

その方向は首都へと向かっていた。


そして

私と王女が通う学園もその通り上にあった。


軍備が整うまでの間

冒険者は頑張ってくれた。

それも限界がある。


スタンピードを止める事など出来るはずもなかった。

頼みの領軍主体の防衛線はたやすく突破された。


以降村人の避難が本格化した。

まとまった戦力は首都にしかない。


*


「明日には全員の避難が完了します」

領軍の指揮官はそう答え指揮所へと戻った。彼もその際同行する。

もうこの地に戦力は残らない。


住民の避難を優先してくれた。

彼女がそう命じた。


学園に通っている王女はいずれこの国の国防を担う将になることを期待された。

彼女が繰り出す攻撃魔法

その威力は甚大


ほとんどの住民や生徒教師は首都へ避難を終えた。

残ったのは学園に居る私達数名だけになった。


「住民は避難が済んだのね」


「その筈です。明日になれば誰も残りません。ただ1部の住民の避難が進んでません。年老いて身寄りのないもの、移動に時間がかかるもの、その付き添いが未だ残ってます」


「どうして。その為の馬車も用意してあったのに」


「それが駄目だった様です」


迎えるための馬車も崖崩れのため村まで来ることは出来なかった。

歩いてそこを通り抜けるのは体力的に無理だった。


「せめてあと1日あれば背負ってでも移動できたのに。


報告に来た者は悔しそうに涙を堪えた。

その服はあちこち泥だらけだ。


「時間さえあれば助かるのね」


王女はそう呟いた。

そして私の方を見る。

その目が言ってた。『助けたいと』


「駄目だよ」


「でも!あたしなら戦って時間を稼ぐ事ができるわ。王女でも価値がある事を見せる機会よ」


彼女が本気でそう思っているかはわからない。

彼女の細い肩は震えていた。


彼女は学園始まって以来の魔力の持ち。

それでもこの魔物を1人で止めるには不可能だ。

そんなこと出来やしない。

現実的ではない。

それくらい彼女もわかっている筈。

彼女の生還の可能性はゼロだ。


でも私にはとめられない。

彼女のことを止めることは出来ない


王女は宣言した。


「私が時間を作ります。1日押し留めます。それが限界。その間に避難を完了させて下さい」


「あなたの望むままに」

私はそう答えるしかなかった。


*


学園の武器庫から使い慣れた剣を持った彼女は、私を見て微笑んだ。


「ごめん、婚約はまだ破棄しないでね」


そう言ったけど、生きて帰る気は無さそうだった。


「絶対にここへは近付かせないから」


「分かった」


そう返事したけど、それは無理だ。いくら彼女が強くても。


どんなに強くても1人では戦えない。

必ず疲れ敗れる。


どうしてあなたが1人が戦わなくちゃいけない

そう叫ばずにはいられなかった。


「好きな人を守りたい。たとえ国王が決めた許嫁でも、その人があなたで良かった」


そんなこと知ってた。

彼女の言葉から好きが溢れてた。


「婚約者を守れる栄誉ね」


その笑顔は今までで一番悲しい笑顔だった。待って待って待って


「このまま私と逃げましょう」


私は思わず彼女の両手を掴んだ。嫌だよ 行かせたくない。

私は別れに気が動転した


「そんなこと出来るはずないじゃない」


彼女は力無くそう言った。

そんなこと出来やしない。

もう賽は投げられた。

それから私達は口数少なく食事を済ませ眠りについた。


彼女が目覚めたのは、それから三日後だった。

魔物の森が国から消え去っていた。



私は自分のことが嫌いだった。


公爵家の長女に生まれたけど私はいつも独りだった。

家に居場所はなかった。

家族からも使用人たちからも腫れ物を触るように扱われてた。


赤い髪

白い肌。

蒼天のような瞳

その容姿はかつてこの国を滅亡寸前に追いやった魔女そのものだった。



人々は嫌いながらも、その美貌に、心を奪われる。

それを隠す様に人々は遠くから見つめるだけだった。

そんな存在の私。


私は自分が嫌いだった。


「ねえ一緒にお出かけしない?」


「ええ、面倒なんですけど」


それでも許嫁の彼女だけは、私の事が本気で好きだとわかった。


「変な人」


「良く言われる」


彼女の存在が私の生きる全てだった


「だからごめんね」


貴方がいない世界には耐えられない


「最期は笑顔が見たかったな」


ベットに横になる彼女を見ながら精霊語を唱える


「眠りの精霊よ この者にしばしの安らぎの救いを」


彼女の体が淡く光った

その光を包まれ次第にけんが取れていくのがわかる。


「それじゃ行ってくるね」


深く腰を折って、永遠の別れを告げた


*


学園の中を歩きながら、色んなことを思い返す。


忌み子として育てられた私を庇ってくれた彼女

学園の試験にトップを取り続ける私にいつもすごいよと言ってくれた彼女


「ほんと幸せだったな」


玄関ホールを出た


前方の森からザワザワと獣たちの雄叫びが聞こえてくる。

じっと立ち止まってみていると、後から一人の生徒が近づいて来た。

彼女の身の回りの世話をしていた生徒だ。


「すみませんが彼女の事を頼みます」


「嫌です、必ず帰ってくると約束してください」


「では約束します」


「もう、嘘は駄目ですよ」


なかなか手厳しい


「この学園に残っているものは私達だけです」


ありがとう

私は再び腰を折って礼を言う。


そうして私は1人魔物のいる森へと歩き出した。


*


「この日の為の力だったのかなぁ」


私は魔法を使うことが無い。

使う場所が無い

そんな機会も無い


暫く歩いていると、小高い丘に登る。


「地面が見えない」


その全部が魔物

自然と震える体

図鑑でしか見たとがない魔物が数十メートル先まで来ている。


もう時間が無かった。

今しかないと


できる限り高くへ

崖のギリギリに立ちゆっくり目を閉じる


右手と左手を高く上げる

天上へと伸ばす


周囲からモヤのようなピンク色の何かが渦をまく。


赤く輝く 


黄色く輝く 


オレンジ色に輝いて 


そして紫に輝いて


沢山の色が混ざって

それは集まり 形を作る


次第に形を変え図形になる 不思議な模様 

うわあああああ 痛い 痛い でも頑張れる


身体中がきしんでゆく 体がばらばらになりそう

力が抜けてゆく。


指先から出た物が形作る。


一輪の花


制服のスカートがふわっと舞い上がる。

と同時に体が浮く


高くへ 天上へ


魔物達の声も届かない 天へと


『花の魔法陣』


詠唱を終えそう呟く

その瞬間、天上まで登っていた私の周りに巨大な魔法陣が出現した。

その数百 千 万


文字や記号ではなく、全てが色とりどりの花で作られた魔法陣

それはゆっくりと降下を始めた。


とても美しい光景だった

凶悪な魔物達は空から降ってくるそれに為す術もない。


1輪が軽く10メートルを超える花達が乱舞する。


その花に触れた瞬間

幸せな夢を見たように、魔物は崩れ落ちてゆく。


そして降り注ぐ無限の花は、大地を覆い尽くした

そこは魔物が住まう森だったはず


色とりどりの花が乱舞し咲き乱れた。



その光景は避難途中の村人にも見えた。


「お爺ちゃん、あれなに」


そう問われた祖父は孫と一緒にそれを見続けた。

きれいな花が舞い降りる風景を、ただ呆然と眺めるしか無かった。



「父上あれは何ですか!花が・・・巨大な花が降ってきてます」


花は魔物を倒し、その骸を土へと返した。


それでも途切れる事無く降り続いた。


人々は最初自分も死ぬんじゃないかと恐れた。


でも花は魔物以外には無害だった。

子供達は楽しそうにそれを拾って集め、親達は注意して回っていた。



三日後

ようやく花はやんだ

国中を花畑に変えて



校舎の中

ベットに眠る王女の傍らでその生徒は見た。


天空に最後に残った赤い花は、地上に舞い降りず天へと昇る。


「帰ってくる約束、どうするんですか」


そして主のいない制服だけが、静かに花の中へ舞い降りて行った。


*

人々はようやく魔物の脅威が去った事を知った。


奇跡に瞬間に立ち会ったのだと。




可憐な花が魔物から国を救った。

いったい誰がやったのか

国の偉い学者にも解らなかった。

公爵家の長女が失踪したことも、その騒ぎでかき消えた。


花がやんだ日、王女は目覚めた


自分の傍らには泣き続ける生徒が居た。

そして彼女は伝えた。

あの日何があったかを


王女は

その事実に魂が壊れるほどの声を上げた。


*


広大な花畑の中に1人の生徒がいた。


制服を抱きしめ名前を呼んだ。

その声は確かに天へと届いた


『貴方を守れなかった』

『私が守ったからいいのよ』


そうして王女はまた泣いた。




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