昔話

 俺が子供の頃に住んでたマンションはさ、あのマンション。キャバクラの寮があるとこね。

 当時の管理人は俺の親父の叔父さん。俺のじいちゃんの一番下の弟。もう結構いい歳だよ、70歳は過ぎてる。持病持ちだからぶっちゃけいつ死んでもおかしくない。

 それでさ、俺が中3の頃マンションにおかしな男が引っ越して来たんだ。丁度受験の頃、真冬だった。

 30歳になるかならないか位の男でさ、そいつの職業マジシャンだったんだよ。そんな胡散臭い職業だけど、妙に羽振りが良くて本当はどっかの金持ちの息子なんじゃないかって噂されてた。

 そいつの部屋にはよくマンションの子供が出入りしてた。

 俺の3才下の妹もその時小学6年生で、他の小学生達と一緒にそいつの部屋に出入りしてた、らしい。

 俺は受験で思春期で、その時は余り妹に構う事が無かったからよく知らない。小学生の兄弟がいる同級生から話を聞いて後から知った、って感じ。うちは両親共働きだったし、あんまり妹には構ってやれなかった。親父なんかはほんとしょっちゅう海外出張だなんだでろくに家にいなかったし、母親もフルタイムだったし。でも今思えば構ってやれば良かった、もっと。

 でもマンションには親戚も結構住んでて、ご近所さん………ていうか住人同士の結びつきはまあ強かったのよ。マンションて言ってもそんなバカでかい高層マンションとか郊外の団地みたいに複数棟があるわけでもないしね。トータルで50世帯前後、位かな。まあギリギリ住んでる人達を漠然と把握出来る位の数、って感じ。常に誰かが妹の事は気にかけててくれたし、俺も親もそんなに心配してなかった。こんな都心なのに、どこか田舎のコミュニティみたいな空気があった。なんだったんだろうな。今思うとちょっと気持ち悪いな。

 それがさ、ある時からなんかじわじわおかしくなってきたわけ。

 例のマジシャンがマンションに来て1年位経った頃に自分の友達呼び寄せて住まわせるようになったんだよ。

 それが凄い顔の綺麗な若い男でね。せいぜいハタチ位の、それこそその時高校生だった俺とそんなに変わらない位にすら見えた。

 それでその男は何かと思ったら本当に、本当に胡散臭いんだけどさ、職業は霊能者とか言い張ってるわけ。年の離れた霊能者とマジシャンが一つ屋根の下で暮らしてんの。大人になった今ならわかるけどその組み合わせは相当ダメでしょ。胡散臭いなんてもんじゃない、よく住めたなと思う。俺が大家なら断るよそんな店子。

 でも子供ってそういうオカルトとかやたら好きじゃん。

 マジシャンは元々大阪出身で芸人みたいな仕事だから面白くて、それは子供が纏わりついてくるよな。それでその隣にいる男はとんでもなく美形。女の子は女の子でそりゃほっとかないでしょ、例え霊能者なんて胡散臭い仕事だとしてもね。遠巻きにキャーキャー言う分にはタダだもんな。

 それでその2人が住んでる部屋が案の定段々新興宗教の総本山みたいになっていくわけ。

 お年寄りのなくしものを見つけたとかさ、シングルマザーの悩みを解決したとか、それこそメンタル弱ってる水商売の女の子に寄りそうフリしたりして。弱い人間から順番に掌握されていく感じっていうの?子供達の宿題とかも見てやってたらしいしね。

 ある時霊能者に大金渡した婆さんがさ、様子見に来た娘さんにバレて、それでようやく大きな問題になったんだ。

 集会室にマジシャンと霊能者呼び出して、管理人とか、まだそいつらに騙されてなかった大人たちが取り囲んで。糾弾会だったね。俺もその場にいたからよく覚えてる。怖かった。霊能者はずっと反論していた。マジシャンは困った顔して座り込んでた。

 それでそいつらはしばらく大人しくしてた。部屋に人が来ても「今日は体調が悪いんだ、忙しいんだ、出掛けるんだ、ごめんね」って言って追い返してた。

 実際マジシャンは外で仕事してたし、霊能者は普段何やってんだか知らないけど数日間留守にしてマンションに戻って来る、そんな生活を繰り返してた、らしい。

 俺の妹の様子がおかしくなったのはそれくらいだったかな。とっくに中学2年になってた。

 なんでか知らないけど、気付いたら今度は妹が宗教の教祖みたいな扱いされるようになってた。

 マンションの中学生連中を取り巻きにして、夜にどっか出掛けて行こうとするわけ。親連中が流石に気付いた時には止めてたんだけど。でも何かと理由つけて皆で集まってなんかこそこそやってんのよ。

 別に隠れて煙草吸ってるとかさ、オカルトだとしても女の子ならこっくりさんくらいはやるだろ。近場での肝試しとかなら誰も止めないよ。大人はそりゃ体面として怒りはするけど。許せる範囲の悪い事とそうじゃないがっつり悪い事、あとその狭間の判断の難しい悪い事ってのがあるでしょ。難しいんだよな、中学生高校生位の子供達って。体力はほとんど大人に近いし口もやたら達者だけど、頭ん中がまだまだクソガキで世間知らずだから。

 それで妹はさ、段々奇行が目立つようになってきた。

 それでも自傷行為見つけた時はちゃんと病院も連れてってさ、流石にその時は家族でケアしたつもりでいた。つもり。それがいちばんよくなかったんだな。わかってるよ。

 でもある日妹がさ、夜中に空き地に皆で集まってUFO呼ぶとか言い出した時は流石に俺はめちゃめちゃ怒ったのよ。薄気味悪い。そんなことしたら学校でいじめられんじゃないの、って。でも妹は学校でも私に逆らえる人なんていないって言うんだよ。

 実際いつも先輩後輩同級生関係なく妹の周りには人がいた。

 結局UFO呼ぶのは妹がインフルエンザになっちゃって中止になったよ。最悪の場合俺がバイトの後についていくつもりでいたんだけどね。ていうかさ、そんな夜中に出掛けるなんてわざわざ家族に宣言するのがまだ子供なんだなって思った。黙って勝手に抜け出せば、俺も口うるさく怒るなんてことしなかったのに。俺に怒られてちょっとだけ、ちょっとだけ顔が怯んだんだよ。あの時の顔が今でも忘れられない。

 でもさ、中学入ったばっかの頃まではほんと大人しい妹だったんだよ。マジシャンの部屋にも、どっちかっていうと友達に無理矢理誘われて行ってる、って事の方が多かったって言ってたし。ほんと引っ込み思案でさ。勉強はまあまあ出来たけど、運動もそんな得意じゃなかったし。

 意味わかんなくて。ほんとに意味わかんなくて。

 家でさ、家族で揃って夕飯食ってる時は普通だったんだよ、俺の妹。いつもにこにこして学校であった事を素直に楽しそうに話してくれる。勉強わかんなけりゃ俺に聞いてくることもあった。

 でもたまに意味わかんないこと言い出すしやりだすの。でもその時折の奇行にさえ目を瞑れば、そうじゃない時は本当に素直な良い子だったんだよ。

 あとからわかったんだけど、あの男達の部屋に、妹だけはずっと出入り出来てた。

 その部屋で何が起きてたかはなんとなくわかるだろ。

 俺は気付いてやれなかった。

 バイトと部活ばっかりしてたから。高校が楽しすぎて、家にほとんどいなかった。それでも自分は自分なりに家族を愛してるつもりだった。少なくとも嫌いではなかったし、仲は悪くなかったはずなんだよ。そんなつもりはなかったんだよ。とんでもなく後悔してる。


 それでさ、ある日突然。霊能者と妹がいなくなった。

 妹は中3になったばかり。15歳。

 GWに家族で誕生日のお祝いして、連休明けの平日に妹が「今日は体調悪いから学校休むね」って言ったのよ。

 母親が仕事午前中だけ休んで病院連れてって、微熱はあるけど大したことなかったから病院の前で妹に昼飯代だけ渡して別れたんだってさ。母親は心配したけど妹はこれくらいなら1人で帰れるって言い張ったから。実際かかりつけの病院から家までは歩いて5分も掛からないし、病院の隣にコンビニがあってさ。母親は1000円握りしめてコンビニの中に入って行く妹の背中を見たのが最後。

 夜になって両親が帰宅したら部屋で寝てるはずの妹は家にいなくて、昼ご飯食べた形跡は勿論薬飲んだ形跡もなくて、学校に行くにも遊びに行くにもいつも履いてたアディダスの白いスニーカーもなくて、俺がバイト終わって夜9時過ぎにマンション戻ったらパトカー止まってて大騒ぎよ。スマホを見たら両親からの着信とメッセージが大量に入ってて意味がわからなかった。

 「もういい」とだけ書いてある変なメモだけ残されてて「家出の可能性もある」って言われて母親は半狂乱になってたよ。メモは妹がその時好きだったキャラクターのメモ帳破った奴で、薄いピンクの紙に青いボールペンで殴り書きされてたんだよ、もういい。

 それはどっからどう見ても妹の字だった。元々ちょっと癖字気味だったんだけど、焦ってる時に凄く汚い字になる。

 確かに妹の様子はおかしかった。でもそこまでおかしくなってるとは誰も思ってなかったから。いや、実際ちょっと持て余してはいた。でも思春期の女の子なんてそんなもんだろ。大人しくて夢見がちで。家族はそう思い込んでた。誰も妹が消えたがってたなんて、家出するなんて、そんなこと思ってなかったわけよ。

 霊能者が居なくなったのは妹が家出してから3日後位だったかな。

 皆妹の家出は霊能者にそそのかされたんだと思った。

 マジシャンを問い詰めても、本当に寝耳に水で何も知らなかったらしくて妹の行方は全くわからない。

 そいつらの部屋で本当は妹のこと匿ってたんじゃないのかって最初は思ったんだけど、妹が居なくなったその日に、俺がバイトしてる間にその部屋に父親が管理人と警官連れて乗り込んでたらしいから違ったんだよな。

 マジシャンが朝起きたら霊能者はいなかった。

 自分の荷物全部引き上げてたし、そもそも霊能者がマジシャンより早起きすること自体がかなり珍しくて胸騒ぎがしたらしくて、そしたら俺の家出した妹もまだ見つかってないって知って青ざめてた。

「あの男、ずっと『人を探してる』って言ってた」

 俺がキレて問い詰めたらマジシャンは色々話してくれたよ。一対一で話すとそんな悪い奴ではなかった。マジシャンも霊能者と連絡つかなくなってた。多分マジシャンも霊能者に軽く洗脳されてたのかもな。可哀想な大人だなと思った。でもその時、マジシャンだけは実はそんな悪い奴じゃないのかもしれない気がした。それから俺は時々マジシャンと話すようになった。


 霊能者とマジシャンは大阪で出会ったんだって。小さな劇場でマジシャンはお笑いライブによく出演してた。あと寄席とかね。大阪だからかな、そういう場が東京よりずっと多いのかな。どうなんだろうな。

 ある日の夜、小さな劇場でのお笑いライブの後に深夜公演が入ってて、それがその頃流行ってたっていう怪談ライブ?って奴だったんだってさ。

 マジシャンが帰ろうとした時に声をかけられたって言ってた。同じような関西訛だけど微妙な言い回しで出身が違う事はなんとなくわかったって。でもなかなか本当のことは教えてくれなくてのらりくらりとかわされてたって。でも綺麗な顔してたからさ、結婚詐欺みたいな感じでコロッと騙される奴がいるんだよ。顔の造形っていうかさ、清潔感のある人間は良い奴に見える。そういうのを霊能者はよくわかってたんだと思う。胡散臭い仕事を自称してる癖に、着てる服は結構まともだったんだよな。スーツの良く似合う男だった。

 それからマジシャンと霊能者は時々イベントで共演する事があってさ。マジシャンの「自分はこういうタイプの芸人だから呼ばれれば日本中どこでも行く、小学校にも結婚式にも呼ばれるし、全国に知り合いが増えていく」って話を興味深そうに聞いてたらしいよ霊能者は。多分マジシャンのフットワーク、人脈に興味があったんだと思う。あとほんとにマジシャンは田舎の親が金持ちでマジシャンとしての仕事もバイトもそれなりに安定して続けてたから金目当てってのもあったのかもしれないな。

 マジシャンは大阪で長くお世話になってた劇場の支配人がトウキョウで新しくイベント会社を作るって聞いて、その手伝いのために東京に来たんだってさ。体力には自信があるからイベント設営のバイトしながらマジシャンも続けてたら、ある日突然霊能者から連絡が来たんだって言ってた。

 霊能者が、自分もそっちに拠点を移したい、って。

 マジシャンはトウキョウに伝手のない霊能者を可哀想に思って招き入れた。よくテレビでお笑い芸人が売れない内は他の芸人と複数で一緒に住んでたって話をしてるじゃん?マジシャン自身はお坊ちゃんで然程お金には困ってなかったけど、それでもそういう芸人事情を肌身で知ってて快く受け入れたんだと思う。好意に付け込まれたんだな。あとやっぱり坊ちゃんだったんだろうな、本当にヤバい人間を知らない。

 多分霊能者は桂と同じ町の出身だよ。少し変わった言い回しで物を話すことがあったから。俺もマンションで擦れ違って何度も挨拶されたことがある。今思えば桂と話し方が似てた。

 あいつは常夜教の信者だと思う。

 ていうか筆頭巫女の下に2〜3人、下働きの巫女がつくんだろ?巫女って言われてるけど男女問わず、年齢問わず本家筋の中から選ばれるって聞いた。そいつらが主に生贄の調達とか加工をするって聞いたけど。どこまで本当なのかな。

 その霊能者、ていうか自称霊能者は多分最後の生贄を探す役だったんだな。

 妹は死にたがってたんだ。だから奪われた。

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