南タンネ村 2


「ごめんくださーい。」


 エルシェはそう言いながら、“ギルド”と言われているその建物の扉を開けて中に入り。続けて俺も、ごめんくださーいと小さく言いながら入る。


 そこは、全体的に整然とした小さな役所といった風貌であり。待合用に備え付けられている幾つかの椅子と机、そして正面に幾つかあるカウンターが、規則正しく並んでいた。

 カウンターの奥には何人も職員がいるようだが、こちら側入り口に、お客(?)として入っている人はあまり居らず。

 数人が、情報共有のためか話し合っていたり、何かを待っているようにソワソワしていたりしている位であり。

 時間が悪いのか、なんというかスカスカな印象を受ける。


 ただ、それらとは別にして。

 アカリやエルシェから聞いていたとはいえ、まだ信じるに信じきれていなかったピースが、一つここに来て埋まる事となる。


 待合室の端っこには直方体型の大きな機械───すなわち自動販売機が一台置かれており。

 そのラインナップは、懐かしの見たことのあるようなジュースばかりで、文明の中に“帰ってきた”というような印象を抱かせる。


 また、天井付近には小さなブラウン管テレビが置かれており。

 現代のモニターを知っている身からすれば、相当画質は良くないように感じるものの、昔はそういえばコレくらいだったなと、まだ若かった頃の自分を思い出す。


 他にも、ここからカウンターの奥を覗けばそこには何台かの、いわゆるデスクトップパソコンが置かれていたり。

 もしくは、固定電話であったりシュレッダーであったりと、結構現代化している世界がそこにはあった。


 上手い形容かは分からないが…当てはまるとすれば、いわゆる2000年代、平成中期頃といえば良いか。

 そんな、どこか懐かしいその光景に。ノスタルジーな空気を感じていると。


 エルシェは、“2番 換金受付”と書かれた所にある椅子に座っている、赤い髪に猫のような耳をつけている少女───つまりアカリを見つけて。

 その受付前には、応対してくれる筈の人が座っている様子はないが、彼女がソワソワしながら何かを待っている様子に、まだ取り込み中みたいですね、と一言呟いて。

 では、ゆっくり座って待っていましょうかということで、アカリのいる場所から数歩後ろにある、待合用の椅子にぽすんと座る。


 そうして彼女を待っているあいだに。

 その珍しさというか、どこか懐かしいその雰囲気をもっと肌で感じようと、周りをキョロキョロと舐め回すように見ていると。

 彼女は俺が周りを物珍しそうに見ていると思ったのか、ここについて説明をしてくれる。


「ここは、正式には“南タンネ村冒険者ギルド”と呼ばれる、公営企業のようなものです。」


 エルシェが言うには。

 どうやらここでは、“冒険者”というものになる事によって、依頼を受けたり魔物の換金が出来たりするようになる施設のようで。

 いわゆる、異世界モノで出てくる冒険者ギルドと全く同じような感じ、と言うらしく。

 全国からやってくる魔物の討伐依頼や魔界域ダンジョンの調査依頼、もしくは特殊な素材の採取依頼など。

 そういった類の依頼を取りまとめて、適切に各支店に分配している組織ということらしい。


「たとえば、ほら、あそこ。」


 そうやって指をつけたその先には、掲示板のようなものがあり。

 “依頼書”とよばれるものがたくさん貼られていて、そこにはそれぞれ、依頼の内容、名前、報酬金などといった事が書かれている。


「あれは、常設依頼というか。難易度も低く、出来高に比例してお金が支払われるような依頼が載っています。」


 そして、それ以外については、と続けて。今度は、アカリが座っている隣の受付を指す。

 そこには“1番 依頼受付”と書いてあり。どうやらそこで、先ほどの依頼掲示板以外の依頼を受けたりする事が出来るらしい。


「あとは、そうですね。依頼を出したいとか、“冒険者”になりたい、と言う事であれば。あそこの“3番 総合窓口”を利用すると良いでしょう。」


 そう付け加えると、そういえば、と何か彼女は思い出す。


「仕事が欲しい、と最初言ってましたよね。もし良ければ、“冒険者”登録をする、というのも良いかもしれません。」


 黒羽ちゃんほど強ければ、生活には困らないくらいには稼げると思いますよ。

 そんな事を話しているうちに、意外にも時間が経ったのか。

 先程までしゅっと待たされていたアカリの前にはいつの間にか職員が座っており、目の前で現金───よく見る紙幣と硬貨の組み合わせだ───が袋詰めにされていき。


 何やら話し終わった後、それがアカリの手に渡ると、完全にやり取りが終わったのか。

 アカリが「ありがとうございましたー」と言いながら席を立って、後ろで座っている俺たちの所に寄ってくる。


「いやー、それなりにお金が貰えたわ〜。」


 そう言いながら、ちょっと分配するから、という事で机のある所に俺たちを連れて行くと。


 先程渡された封筒の中身をそこで全て出して、コレは私の分、コレはエルシェの分、と言いながら分けていって。

 そして残った、恐らく彼女達の取り分の何倍も多い量のお金をまとめると。はい、これが黒羽ちゃんの分ね、と言う事で、先程の袋付きで渡してくる。


 それをよく見ると───絵柄とかは全然違うものの、前世での日本円とほぼ同じような紙幣や硬貨である事がわかり。

 おそらく、しめて1万6500円。ここが仮に平成中期頃の前世と同じ物価であると仮定すれば、質素にいくと数日はもつだろうそれを貰い。


 うお…。お、お金だあ…!


 内心そんな風に喜んでいると、ハッと思い出す。

 彼女達を助けた時に、わざわざ仕事をしたいと言ったのは、こうやってお金をもらう為ではなかったはずだ。


 そう一度決めたのに、流れ的にとはいえ、ついこうしてお金を受け取ってしまったのは、すこし心にくるというか。

 本当に良かったのだろうか。


 それを聞くと───アカリは、いや、むしろ受け取ってくれ、との事で。


「黒羽ちゃんと会ってから、殆ど出会う魔物全て倒してくれたじゃない?その分よ、その分。」


 そう言われて、なるほど。それを言われてしまうと、これを突き返すわけにもいくまい。

 ここは、素直にありがたく受け取っておこう。


「今回は、倒した魔物のほんの一部しか持って帰って来れなかったからそんなものだけど。しっかり状態が良くて、その個体が大ぶりなものだったら、魔物一体の値段は最高で10倍くらいは違うからね。」


 特に狼や猪、鹿系なんかの魔物は!そうアカリは付け加えて。


 そう言う事なら、今度は何か持ち運ぶ手段でも探した方が良いのかもしれない。そんな事を考えながら、お金をもらった袋に詰めて。


 取り敢えず、ポケットにでも仕舞おうかな。そんな事を考えながら、スカートにポケットがないか探そうと腰回りを触っていると───突如脳内にシロネの声が聞こえる。

 それは、ピーンポーンパーンポーンとセルフでお知らせのような効果音の声真似で始まり。


『えー。先ほどのレベルアップによって、小さい容量ですが、アイテムボックスを開放しました。私に一声かけてくだされば、モノを入れるのも仕舞うのも自由自在です。』


 つまり、そのお金も私に預けてもらって大丈夫ですよ。

 そう言うと、手で持っていた袋がふっと消えて。


『もし取り出したければ、再び私に言ってくださいね。』


 それでは!そう言って再び声が聞こえなくなると。

 色々な意味で丁度欲しい能力が手に入ったな、と思いつつ。目の前で虚空の中にお金を閉まった俺を再び二人が見て、いや、コレもまた銃の機能だからと、再び誤魔化す事となるのであった。

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