谷根街道

 エルシェは、何かを思い出してぼけっと立ち尽くしているアカリの肩を叩いて起こし。

 あ、ああ、悪い…とアカリが呟くのを見てから、まあとはいえ、と話を続ける。


「いくらこの星見の遺跡が倒壊していたとしても。私たちも、黙ってこれを見過ごしている訳ではありません。」


 そう言って、表情をキリッとさせると。


「あの星を再び見ることが出来なかったとしても。私たちの歴史や思い出が詰まった場所、という事実は変わりありませんから。」


 なので今、この星見の遺跡をなんとか形だけでも再建しようと。私たちも含めて、この辺りの村に住む方達が準備している最中なんですよ、と続けて。


「なので、何年かかるかは分かりませんが。もしその時になったら、ぜひ再びこの星見の遺跡に訪れてみてください。“星”が無かったとしても、この遺跡の屋上から見える景色は、本当に素晴らしいものですから。」


 そう言って彼女は視線を遺跡の屋上の方に向けると。何か昔の記憶を思い出しているのか、少ししんみりとして。

 しかし彼女の中では既にそのことに折り合いがついているのか、直ぐに視線をこちらに戻すと。


「暗い話はここらにしまして。そろそろ移動しましょうか。」


 そう言いながら、彼女は星見の遺跡から体ごと逸らして目線を遺跡の奥に向けると。

 今まで遺跡の影に隠れていて全然気付かなかったが、そこには土や草で踏み固められた道ではなく、石畳が敷かれた“街道”があり。

 その道の左右には、おそらく夜でも移動できるようにという目印の役割だろうと推測される、先端が光るように出来ているポールのようなものが等間隔に設置されていた。


 そして、そんな道をなぞって見てみれば。

 今立っている星見の遺跡の所から草原の奥の方まで、街道がずうっと一直線に続いているのが見て分かり。

 幾つか分岐があったり、謎のオブジェがあったり。もしくは、複数の人影が見えたり、魔物が街道の上に侵入して渡っていたりするが。

 それらを除いてこの道は全く同じ景色を見せながら、地平線の彼方までまっすぐ続いているように見えて。


 いつか見た国道12号線を思わせるその景色に、あ、もしかしてここを歩ききるんですか、と素朴な驚きがやってきて。

 ただまさかそこまで長いわけでは無いだろうと、確認の意味を込めて疑問を口に出す。


「うへー、道のりは長そうだねぇ。どこまで歩くの?」


 俺はそう聞くと。

 思い出の中に囚われていたであろうアカリは、先ほどエルシェに肩を叩かれて現実に戻ってきたのか。

 すっかり調子を取り戻した彼女は、初めて会った時と同じような明るさで、うーん、そうだなぁ…と言い。


「“とりあえず”、あと1時間半くらいかな。」


 その、これからの長い道のりを思わせる言葉に対してマジですか、と心の中で思う。


 この体になってからは…なんというか機械の体だからか、全然疲れる様子を見せないので。

 まあ、おそらく物理的には歩くのは大丈夫だと思うんだけれども。

 その道のりを当然のように受け入れているアカリとエルシェの二人の様子に、若者は体力があって良いなと感心しつつ。

 おじさんはもう年だから、その距離を聞いてもそんなテンションではいられないよと、心の中で泣き言を呟いて。


 まあ、そうはいっても仕方ないという事で、その思考を変えるべく。


 早くステラ・ハートを見つけてサクッと“情報”をゲットして、そして錬金術の本を復活させて錬金術をやりてーな!と思う事でモチベーションを上げて。


 それじゃあ進もうか、という事で、俺たちは、石畳みの街道を歩き出した。


 ◇ ◇ ◇


 そうして歩く事、約一時間半ほど。


 ここに至るまでに俺は、前世ではありえない、あ、ここファンタジーの異世界だわ、と思わせる幾つかの出来事に出会うこととなった。


 それは例えば、新たな“人間”との出会いだ。

 別に仲良くなるとか話しかけるとかそういう意味ではなくて、単なる見た目の話なのだが。


 異世界ファンタジーで見るような、いわゆる“冒険者”のような風貌をした人たちとすれ違ったり。

 もしくは、街道を外れて草原の中で魔物と戦っているグループの人たちが居たり、何かを頑張って採取している人たちを見かけたり。

 または、街道の道中に定期的に置かれているベンチに座ったり寝そべったりして休憩している人たちが居たりするのを見て。


 これが異世界の空気感か…と感じつつ、俺は、この世界に生きる“人間”の多様さに、心の中で驚いていた。


 ファンタジーでお馴染みの、隣を歩くアカリを筆頭にした、いわゆる動物の一部が人間に付いているように見える獣人に加え。

 エルシェのような、エルフやドワーフ、もしくは悪魔や天使、鬼といった、架空の存在の特徴を持っている人間もいたり。

 もしくは、人間という形から更にもう一歩踏み込んで、全身から体毛が生えた、獣の特徴を十分残して擬人化したような、全体的にモフモフしていそうな人であったり。

 または、もう完全に動物や魔物の形をしているのに、人間と同様に喋ったりしているような人…人?であったりと。


 全体的に、人としてカウントされるような“人間”がかなり多くいるようで。


 言い方は悪いが、前世では普通の人間しか人間として認められていなかった世界に生きていたせいで。

 そのあり得ざる光景に何度も目が吸い寄せられ、気になるなぁ…と何度も思いつつも。


 ここに生きる彼らにとってはそれが当然なのか、特に何か不思議がるということもせず。


 アカリやエルシェは、別にそういった彼らに対して何か意味のある目を向けることはないし、そしてそれは彼らも同様であり。


 これでは、興味津々と他人を見ている自分自身こそが不審者じゃあないかと感じた俺は、早々に認識をアップデートした方が良いなと思いつつも。

 自分が想像するような、いわゆる人間と離れている容姿を持つ人間を見かけるたびに、その物珍しさからかついジロジロ見てしまってしまい。

 その度に、本当にごめんなさいと毎回心の中で謝っていたのであった。


 そんなこんなで人間観察をしつつ、アカリやエルシェと話をしながら。

 右側に見える、雲を突き破って天高く聳え立っている、遠くにあるせいで青く見える山々を眺めたり、はるか上空を飛ぶ超大型飛行動物であるドラゴンなどを見送ったりしているうちに。


 長いと思っていた道のりは案外そうでもなく、気付けば目的地まで辿り着いており。

 異世界あるあるの門番とかがある訳ではなかったため、明確な境界がある訳ではないが。

 雰囲気としては、その“村”の郊外に既に入っている、といった状況であった。


 そこは、幾つかの家々や畑が疎らになって立ち並び、長閑な空気が漂っていて。

 人の気配はするものの、全体的にそこまで賑わっているというわけではなく。


 しかし、今立っている、村の外から地続きな街道沿いの場所は一転して、ある程度賑わっており。

 村を貫いて出来ているようにみえるその街道の周りには、村民というよりは、冒険者といった風貌の人が集まっていて。

 そこで何か買い物をしていたり、話をしていたり、食事をしていたりする光景が見てとれた。


 そして、そんな村の中心、すなわち主要道路をそのままなぞって奥を見てみれば。

 そこには、昼間のせいで日差しが強く降り注いでいるからか分かりにくいが、不規則で幾何学的な形の光を放つ、黄色に輝く“星”───ステラ・ハートがあった。


「さあ、着いたよ。」


 アカリはそう言って続ける。


「ここが、私とエルシェの故郷───南タンネ村だよ!」

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