風見の森 4


「魔力が“情報”の壁を破壊できる…」


 そう呟いた俺に、エルシェは頷く。


「ええ。正確に言うなら魔力というのは、“情報”に干渉する事ができる唯一の力、というべきでしょか。」


 具体的に言えば、“情報”を固めたり、集めたり、散らせたり。そういったことが魔力には可能なようで。


「なので、相手の“情報”を破壊する為には───魔力を帯びた何かで外から勢いよくブン殴ることで、破壊する事が出来るんです。」


 うお、唐突に脳筋になったな。

 そんな感想を受けていると、さらにとエルシェは続ける。


「ただ、それだけでは相手の“情報”を削ることが出来ません。あくまでもそれは、相手の体の“情報”を破壊できる場を作っているだけに過ぎませんから。」


 そう彼女は言うと。

 ところで、目には目を、歯には歯を、という格言を知っているでしょうか、と続けて。


 突然のことわざに驚き、あ、この世界でもハンムラビ法典ってあるんだ…と、そう思っていると。

 エルシェは俺の驚きの心を知ってか知らずか、そのまま話を続ける。


「本来の意味は色々と違いますが、ここは分かりやすさを優先させましょう。つまり、“情報”には“情報”をぶつけることで、効率的に相手の情報を破壊できるのです。」


 例えば私のウォーターカッターは、水の“情報”をぎゅっと空気中から集めて固めたものに、魔力を乗せて飛ばしているものですし。

 分かりにくいですが、アカリの剣は魔力添加加工によって、地の“情報”を持っている刀身に対して常に魔力が乗るようになっています。


 その言葉に、なるほどなぁ…と思っていると、彼女は続ける。


「とにかく。相手が魔物であれば、その体が持つ“情報”をそういった手段でもって削りに削ることで“情報”の壁を破壊できて。そしてやっとダメージを与えられる、というわけです。」


 ただ、完全に全部の“情報”を削り切る必要はなくて。その物質がその物質であり続けられなくなるまで“情報”を削れば十分なので、そこは救いですねと言いつつ。


「ちなみにですが、当然私たちにも“情報”というものがありまして。

 単に銃で撃たれても火で燃やされそうになっても爆発に巻き込まれても、“直接”大した影響を受けずに怪我をしないのはこのためです」


 あーなるほどね。…あーなるほどね!?


 え、この世界の人ってそういう感じなんですか。

 攻撃を受けてもダメージはおろか、怪我の一つも負わず。削られるのは、“情報”という名のHPゲージだけ。

 そんなの…そんなの、まるでここがゲームか何かの世界みたいじゃあないか。


 ……。いや、ゲームみたいな世界だから、こうして剣と魔法のファンタジーが目の前で繰り広げられている、とも考えられるのか。

 むしろそういう意味で言えば、この世界自体が何かのゲームを舞台にした世界と言っても過言では無い。

 寡聞にして知らないだけで、こういった設定のあるゲームの世界に転生した、という可能性も捨てきることはできず。

 真実こそ知る方法はないが。こういった事実から考えるに、むしろその説こそが合っているような気がしてきた。


 そんな、毒にも薬にもならない、確かめようもないことを想像していると。


 エルシェは、話が少し逸れてしまったので、本題に帰りましょうか、と言うと。

 初めの疑問であった、なぜ銃が使われないか、という話に戻る。


「もし仮に銃で魔物の相手をするのであれば。相手の“情報”を削るために、中に装填する銃弾一発一発に魔力添加加工をしないといけないわけです。」


 そうで無いと、魔物の“情報”を破壊することが出来ませんから。

 そう言うと、しかしと続けて。


「魔力添加加工は、基本的には職人の手作業が必要になる工程なのです。つまり、工業的に大規模に生産できるような代物では無いわけで。」


 彼女が言うには。

 銃弾という、かなり小さな物体に対して付与できる魔力や“情報”なんて大したものじゃあない一方で。その加工難易度は普通の剣に施すそれよりも、丸くて小さくて複雑な機構故に文字通り何百倍何千倍と高く。


 それゆえに、銃が使われるような場面というのは、そういった魔力添加加工のされていない単なる銃弾でも大丈夫な用途。すなわちもっぱら“儀礼用”か“遊び用”に使われるくらいで。

 上で挙げたように魔物を狩る用途に使おうと思うと、どうしても高コスト低リターンという意味のわからないものになってしまうらしい。


「それ故に対魔物という意味で言えば、あまり銃という武器を選択する事に意味がないんですよ。」


 そう言って、エルシェは俺が手に持っているMPsG-1を見て。


「ですが、どうやらその銃については、話が違うようですね。」


 一発一発の破壊力は今の所、出会ってきた全ての魔物の“情報”を、弾丸が貫く軌道上一点集中とはいえ、一撃で消し飛ばすくらいには強力であり。

 弾丸の装填も、魔力を込めれば自動で終わって、その上インターバルみたいな弱点も見られない。


 それはすなわち、この銃は、銃がもつ弱点を完全に克服した次世代型の兵器である、という事であり。


 まさに、これまで考えられてきた“銃”に対する“弱い”という固定観念をガラガラに崩せるような、そんな強力な武器なんですよ。


 そう言うエルシェに、なるほどなぁ…と思いつつ。


「まあ、そういう訳ですので。盗まれたり変な人に絡まれたりしないように、ちゃんと警戒してくださいね。」


 そう冷や水を浴びせるように唐突に言われて俺は、あ、ハイと言うしかなく。

 まあ、おそらく虚空にしまうテイクオフするので大丈夫だとは思うが、気をつけるに越したことはないだろう。


 ◇ ◇ ◇


「お、見えてきたな。」


 変わり映えのしない森の中をずっと歩いていると、ふとアカリは言い。

 その言葉につられて、視界の先をよく見れば───ちょうど森がここらで途切れているのか、その先には木々が殆どない草原が広がっており。

 少し歩いた所に、何やら小さな展望台ともいうべき石造りの塔があるのが分かる。

 その見た目は多少古そうであり、全部が全部風化していた初めの遺跡よりはまだマシながらも。所々崩れており、かなり立ち入ることを躊躇いたくなる見た目をしている。


「あれは、うちら地元の人間には“星見の遺跡”って呼ばれてる、古くからある小さな遺跡なんだ。」


 そういって、その展望台のような遺跡───星見の遺跡まで、無言で歩く。

 先程までいた森とは違い、木がないお陰か。

 サラサラと涼しい風が草の上を吹き付けて、丁度良い日差しの暖かさと共にそれが身に沁みわたり。

 気持ち良いというか、このまま自然と同化したくなるというか。

 そういった、ある種の本能的な快感に酔いしれながらいると。


 気付けば既にそこに辿り着いており。目の前に星見の遺跡が現れる事となる。


 扉がなく、アーチ状に入り口が付いているその建物の前には、“危険!立ち入り禁止!”という看板が建てられており。

 外から見える中の空間を覗くと、螺旋状に上に続く階段が見え。

 おそらく、この展望台のような建物の屋上にそれは続いているのだろうと察する事が出来る状況になっている。


「何で星見の遺跡って呼ばれてるかっていうとな。」


 そう言ってアカリは上を見上げると。


「夜になったら、明るく輝く大きな“星”がここから浮かび上がるからなんだよ。」


 ───それって。もしかしてステラ・ハートのことか?


 内心でそう思いながら、でも…とアカリは続ける。


「でも残念ながら。その星が見られたのは、ちょうど今から二年前までのことで。」


 そう言うと彼女は、先程まで感じていた明るくて楽しそうな雰囲気をすっかりと引っ込めて。

 何かを思い出して、しんみりするように目を閉じてしまい。

 何というか、話しかけようにもすごい話しかけにくい雰囲気になってしまったのを感じていると。


 それを見かねてか、エルシェは口を開く。


「まあ、という訳でして。残念ながら、今となっては、この星見の遺跡の“星”は、見る事が出来ないのですよ。」


 そう言うと彼女は、それに、と付け加えて。

 ここに書いてあるように、今立ち入るのは、倒壊とかの恐れがあるので、入っちゃいけませんよ、と。

 まるで小さい子供に注意するように俺を見ながら言っているのに気付いて。ステラ・ハートの件も合わさってか、もしかして俺、そんなにここに入りたいという顔をしていたかと尋ねると。


 それはもう。キラキラ目を輝かせていましたよ、と返ってきて。

 さすがに恥ずかしさからか顔を赤くする他なかった。

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