風見の森 3



「いやぁー助ったよぉ!黒羽ちゃん、だっけ。」


 そう言いながら、赤色の髪の毛をぽりぽり掻きつつ猫耳をピクピクさせているのは、猫口アカリで。


「うう…。魔力が底を突いていたので、本当に助かりました。ありがとうございます。」


 そう言いながら、今にも満身創痍で地面に倒れそうなほどに疲弊しているエルフっぽい少女は、エルシェ・ルルというらしく。


 今は、互いに自己紹介を終えて、魔石───あのスライムから取れた石のこと───を回収したあと。

 エルシェの魔力が回復してから動こうということで、この開けた場所で地面に座り、二人でちっこい俺を挟んで休憩している所であった。


「それにしても、こんなに小さいのに成人してるなんて、全然信じられないなぁ。やっぱり、嘘ついて背伸びしてるんじゃないの〜?」


 アカリはそう言いながら、隣に座っている俺の頭をよーしよしよし!と撫でながら。

 でも、助けに来てくれた時はちょーカッコよかったよ!と付け加えて、褒めてくれる。


 それに対して、エヘヘ…とつい嬉しくなって頬を緩めてしまうが───しかし、いやいや、相手は20も30も歳の離れた少女だぞとふと理性が働いて、その頭撫で攻撃から距離をとる。


 ふう、危うく俺の心が小学生に戻る所だった。


 そんなこんなで、アカリとわちゃわちゃはしゃいでいると。今度はエルシェがコチラをじっと見つめて、話しかけてくる。


「それにしても、こんなに小さいのに一人旅なんて素晴らしいですね。私なんて、最近までは街から出る勇気すらなかったのに。」


 そう言いながら、今度はエルシェが頭を撫でてきて。その手つきは優しく慈愛に満ち溢れており─── 一瞬、俺はエルシェの妹だったんだ…などと奇妙な錯覚をするが。


 しかし、すんでのところで理性が働き。いや、俺は一人っ子のおじさんだった筈だぞという事実を思い出して、なくなくその魔の手から逃れる。


 危ない、バブみでただの幼女になる所だった。


 そんなこんなで、3人で話しているうちに、段々と打ち解けてきた頃。そうだ!とアカリは思い出したように言う。


「どうしたの?アカリ。」


 エルシェがそう聞くと。彼女は、せっかく助けてもらったんだし、何かお礼でもするよ!と俺に言って。


「もしして欲しいことがあれば、何でも言ってね!」


 勿論、私の妹になりたいっていう願いでも良いよ!

 そう付け加えた彼女に対して、俺はいや、それはいいです、と遠慮しつつ。

 それなら当初の目的通り…というと、少し打算的で感じが悪いような気もするが。

 ここで辞退するのも意味がわからないので、それなら、と続ける。


「街まで案内してほしい。あと、お仕事って引き受けられる場所ある?」


 流石に、こんな可愛らしい少女達からお金をせびるのは気が引けて。

 最初の予定とは少し違うが、これくらいが良い落とし所だろうと、そう言うと。


「全然大丈夫だよ!というかむしろ、それだけで良いの?」


 アカリがすぐにそう返してくれたので、俺はうん、それで良いよ、とさらに返して。


「実は、道に迷ってて。街まで案内してもらえるだけで、願ったり叶ったりだよ。」


 そう、結構切実な内容を口にすると。アカリは、あはー。それくらいなら任せてよ!よーし決まり!っと言って。


「今日はもう帰って。そして黒羽ちゃんに街を案内しよう!」


 そう言う彼女に、つい、え、良いの?用事とかあるんじゃないの?と聞き返すが。


「いや、いいよ。この調子なら、どっちにしても街に帰らなくちゃだし。」


 そう言って、ね、エルシェ、と聞くと。


 うう〜…面目ないです…。と返事をしつつ、頷いた。


 ◇ ◇ ◇


 日が天辺を過ぎ、太陽が傾いてきた頃。

 俺たち三人は、ここ───風見の森というらしい───を、会話に花を咲かせながらゆっくりと歩いて進んでいた。


「それにしても。」


 エルシェは、口を開く。


「黒羽ちゃんのその銃───MPsG-1でしたか?それ、凄い強いですよね。」


 休憩から再開して、森の中を歩いている傍ら。

 目の前に現れてくる魔物───あのスライムや、最初にであった狼みたいなものもまとめて、人に害をなす動物の事を指すらしい───を、この銃で一撃で消し飛ばしながら進んでいると。

 ふとこの話題に至る事になる。


「確かにね、ビックリだよ!こんなに強い銃、見た事ないもん!」


 二人との会話から、どうやらこの世界、普通に科学が発展しているらしいという事が分かり。

 鉄道や船、飛行機といった乗り物系は勿論のこと。小説や漫画といった印刷物や、ゲーム、パソコンといった機械類。そしてそれから、銃や爆弾といった兵器まで。

 魔物や魔界域───魔力濃度が高く、危険な地域のことで、おそらくゲームでいうダンジョンみたいなやつだと思う───といった脅威があるからか。前世ほど世界中に科学という足跡が溢れているわけではないようだが。


 それでも、そういったものがこんな田舎町───というのはアカリの言だが───まで普及しているのを見ると、前世のそれと対して変わらないんじゃあないかと思わせてくる。


「そういえば…」


 ふと、気になって口にする。


「アカリは何で剣なんて使ってるの?銃があるなら、使えば良いのに。」


 エルシェが杖を使っているのは、魔法というものを使えるようにするための媒体か何かなのだろうから、まだ分かる。それにしても、もしあるなら銃を使った方が良い気もするが…。


 ただ、それを差し置いてでも。流石に、剣では銃に勝てないだろう。ああいう魔物と戦う時に、敵味方入り混じる混戦になったとき、みたいな限定的な状況であれば、剣の方が良いのかもしれないが。

 基本的には銃の方が、強いし楽だし手軽だと思うのだが。


 それを聞いてアカリは、いやいや、逆だよ逆!と言う。


「何で銃であんな威力が出せるのさ。」


 え?

 アカリのその言葉に、つい耳を疑う。

 今の言い方を考えると───もしかして銃は弱いと思われている…?


 しかしその疑問も虚しく。エルシェもまたアカリに同調する。


「うん、私も疑問に思った。どんな銃弾を使えば、こんなに魔物が一発で倒れてくれるんだろうって。」


 私はあまり銃の構造について詳しくないけど。そんな、魔物を一撃で消し飛ばせるくらいの威力を持たせるように、銃弾に“魔力添加加工”が出来るなんて、聞いた事がないから。


 そう言って、じいっと俺を───というか、手に持っている銃を見つめる彼女を前に。

 聞き慣れない単語が現れたので、つい聞き返す。


「魔力添加加工って?」


 それを聞いて、エルシェは少し驚くも。まあ、少し専門的な話ですし、知らなくてもおかしくはありせんか、と一人納得して、説明を始める。


「魔力添加加工というのはですね…まあ、文字通りの意味なのですが。まあ実物を見た方が早いでしょう。」


 そう言って、アカリに剣を抜くよう目配せすると。お、おうと返事をしながら、アカリは腰に刺している剣をシュゥゥっと取り出す。


「例えばこの剣ですが。たしかに一見普通の金属で出来たただの剣にしか見えないと思いますけど。」


 ほら、よーく見てみてください。


 そう言われてそのまま刀身をよく見ると。

 キラキラと輝く金属光沢とは別に───細かく砕けて粉みたいに張り付いている何か。魔力をうっすら発している、極小の粒々がキラリと光っているのに気がつく。


「その粒々が、魔力添加加工による産物なのです。これをする事によって、非魔法使いであっても魔物にダメージを負わせることが“可能”になるんですよ。」


 なるほど。要するに、魔力を物体に纏わせるような加工のことを、そう言っている、という訳か。


 …って、今スルーする所だったが。聞き間違いではなければ、魔物にダメージを与える事が“可能”になるって言っていなかったか?

 可能って、どう言う事なんだろう。


 それを聞き返すと、彼女は今度こそ、ええっ知らないのですか?と言わんばかりの表情になり。

 うーん、それなら、基本的な所から話した方が良いですかね、と言って、説明を始める。


「この世界の物質が、どういうものからできているのか、聞いたことはあるでしょうか。」


 そう言われて、思い出す。原子…いや、素粒子…いや、ひも…?

 そんな事をポツポツと挙げると。おお、よく知っていますね、と言いながら。実は、と続ける。


「いま挙げてもらったのは、物質の持つ“物理学的な構成要素”と呼ばれるものなのですが。実は、物質にはもう一つ、別の軸による“非物理学的な構成要素”と呼ばれるものがあります。それが───“情報”と呼ばれるものです。」


 素粒子の種類としてアップクォークやダウンクォーク、電子や光子といったものがあるように。

 “情報”にも、合計9種類のそういったもの───水・金・火・木・土の基本5属性と天・海・冥の特殊3属性、そして地の無属性一種───があり。

 現在の分類で言えば、冥は違うかもしれませんが…まあ昔の名残りということで置いておきまして。

 これら5種と3種と1種、合計9種類の“情報”が物質の“非物理学的な構成要素”であり。

 これらの量的な組み合わせによって、素粒子の組み合わせで出来る原子とはまた違った物質の状態を与える事になります。


 そう続けた彼女は。なので、この素粒子の組み合わせと“情報”の組み合わせで、物質はまさに無限の可能性を理論上は取りうる訳ですが、と説明しつつ。

 これはあくまでも机上の空論であって。実際に現実に存在する状態は、かなり限られていると言う。


「と、話が逸れましたね。とにかく、物質というのは素粒子の他に、今説明した“情報”というものを持っていまして。そしてどうやらこの“情報”を多く持っていればいるほど、それが世界から不変なものとして認識される、と言う事が知られています。」


 つまり、多くの“情報”をその物質が持っていると、物理学的な変化を受け付けにくくなる、ということであり。

 そして、“情報”を多く保持しているような存在───例えば魔物と呼ばれるそれを、なんの対策もしないで攻撃しようとしても。

 世界の法則が魔物へのその攻撃を守ってしまうが故に、なんのダメージにもならず。

 そして当然、何の変哲も無い弾丸を何の変哲も無い銃で撃っても、魔物には全く効かない、ということであるらしい。


「そして。そんな、世界の法則に守られていると言っても過言ではない、“情報”による無敵の盾を崩すことのできる唯一にして無二のものが───魔力なんです。」

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