第1章 星見の遺跡

風見の森 1


 長く続く、一番初めに見たあの遺跡の廊下と同じような形のそこを、ゆっくりと歩く。


 天井に規則的についている白色に光る結晶と、側面に広がっている、いくつかの何もない小部屋。

 そのうち一、二ヶ所の部屋を探索してみたは良いものの、何もない事を確認した今。どうせ残りも全部同じだろうと他全てをスルーして、コツコツと靴を鳴らしながらただ黙々と進んでいた。


 そして。


「あれ、何かある。」


 そんな廊下の奥、突き当たり正面の、扉の付いていない部屋に入ると。


 先程までの規格外の大きさのある空間という訳ではないにしろ。廊下の横についていた小部屋とは比較にならないほど大きい場所に出る。


 何度も見て来た小部屋同様にして、その空間の中は中央部を除いてすっからかんであり。

 これまでの何もない部屋を一瞬彷彿とさせるが───それらとは違い、中央部には何かを祀るような形をしている台座が設置されていて。

 その上に、青く光る幾何学模様が描かれた玉が置かれていた。


 どことなく、先程見た色違いのステラ・ハートのミニチュアバージョン、といった印象を受けるそれを見て。


「何だこれ…。」


 そう呟きながら近付くと───脳内に、シロネの声が響く。


『あ。これは、固定型空間転移錨ですね。』


「なるほど…?」


 えっと、ごめん。唐突すぎてよく理解できなかったんだが。固定型…?なんだっけ。


『固定型空間転移錨です。魔力を一定量注ぐと、この台座が指定している場所に転移する事が出来ます。』


 なるほど、転移とな。

 取り敢えず、試してみる他無いのかな?ここ以外に行くところも無いし。

 そう思い、魔力をこの玉に込めれば良いのかと聞くと、はい、そうです、と続き。


『アンカーを刺して送っても良いですが、普通に手で触れて直接送るのが、早いしロスもないと思います。』


 ということで。

 では早速…、とそれに触れて、フンッと魔力をこめると。


 キィィィンと青く光ったと思った次の瞬間、視界がフワッとジャンプし。


 ──────

 ───


 一瞬の暗転の後、先程までとは完全に雰囲気…というか、何もかもが違う場所に出ることとなる。


 おお…これが転移…。

 何がとは言わないけど、俺が男のままだったら、ヒュンッとしていたな。

 そんなこくだらない事を考えながら、周りを見回すと。


 天を見上げれば青い空。周りを見渡せばどこまでも広がっている青い森。

 ぴょぴょぴょ、クククク…、キーキーキーと、多種多様な動物の鳴き声がそこらから聞こえてくる。


 なるほど。どうやら、どこかの森の中に転移したみたいだ。


 何となく感じられる暖かな陽気と生命の息吹から、どうやら春の季節なのかな?と勝手に想像してみたりしつつ。

 そう言えば、と。遺跡から転移して来たんだから、何か遺跡の跡はないのかと探ってよく観察してみるが。


 しかし、どうやらここは完全に自然の中であり。遺跡の壁や地面など、どれだけ周囲を探しても見つかりそうもなく。


 転移の台座も見つけることができず、あの遺跡とは一方通行の別れをしてしまったらしい。

 そう思うと、先程のあの白い結晶を採取しておけば良かったと少し後悔の念が残るが。

 まあ気持ちを切り替えて、今を考えよう。


 久々の───実際の時間を考えればそうでは無いかもしれないが、気持ち的にはそれくらい経っている気がする───外の景色をゆっくりと眺めながら。


 何となく、新しく始まった冒険の匂いにどこかドキドキしつつ。

 よし、行こう。

 そう決意した俺は、新品のように見えるロングブーツで地面をギュッと踏み締めて。

 森の中を歩み進もうと、いざ出発と思ったその次の瞬間。


 ……いや、どこに行くべきなんや、俺は。


 広大な森を目の前にして、その考えに至った俺は一度立ち止まると。脳内で作戦会議を始めるのであった。


 ◇ ◇ ◇


 先ずは、この森から脱出して、川を見つけて。そこからずっと流れに沿って降りていって…。


 そんな、どう考えても運に頼らざるを得ない行動プランを考えていると。


 ───ガウガウッ!


 それを掻き消すように、どこからか低く唸る獣の声がしたと思うと。

 視界の奥、木々が生えているその先から。大きい狼のような獣が二体飛び出してくるのが見えてくる。


 それらはどうやら真っ直ぐこちらに向かってきており。戦わないという選択肢は、どうも取れそうにないらしい。


 一旦考えるのはやめにして。先ずは、邪魔者を退治してからにしよう。


 そう思うと俺は、手に持っている銃を強く握りしめて…魔力を込めて弾を装填する。

 カチリと重たく響くそれを持って。まだ距離があるからか、落ち着いた状態で狙いをつける事ができ。

 二匹のうちの一匹のほうに銃口を向けて、その射線上のポインターが、動くソイツの脳天を指したその瞬間───引き金を引いて発砲する。


 パァン!!


 狼と俺との間の距離は十分に開いていたが。スナイパーライフルにとってのそれは、偏差の必要もないくらいに近距離での発砲であり。

 弾丸は音速を超えてするりとポインターの指す場所丁度に命中すると───その瞬間。

 着弾の衝撃で狼の頭が地面にガンッと縫い付けられ、貫かれた頭蓋から赤い血を撒き散らす。


 続いてもう一発と、残りの一匹の方に銃を向けて照準を合わせようとすると。


 隣で仲間が一撃でやられたのを見たからか、もう一匹は、その光景を見て恐れを成して。

 急にピタッとその場で止まると、反転して森の奥の方に逃げ帰ってしまった。


 ───ふう…何とかなった。

 どうやら、戦闘は無事に終えられたみたいだ。


 前世でも、冒険と称して色々な自然の中に出かけていたからか。銃こそ使った事はないものの、この手で何度も動物相手に手を掛けた事があり。

 戦闘中に取り乱さないでいられたのは、そういった経験もあるのかなと思う。


 弱肉強食、生き残る為とはいえ。

 中々慣れるものじゃあないなと考えたりしつつ、まあこれも経験か、と思い直し。


 さて、この狼(と思われるもの)の死体はどうしようかな、と。今は、持って帰る装備も…というか持って帰る場所も無いし。でも、放置するのも病気とかの意味もあってダメだよなと思いつつ、その場で立ち尽くしていると。


 サクサクっと草をかき分ける音がしたかと思うと、そこから立派な角が生えた鹿が現れて。

 俺と、その死体を交互に見つめると。ヒョイっとその死体を口で持って、ソソクサと森の中に消えていった。


 ????

 その、そんなに簡単に獲物って持ってかれるんだ、という驚きと、鹿って草食動物じゃあなかったっけという事実から二重に驚いていた俺は。

 ま、まあ、処理する手間も無くなったし、ラッキーだと思うことにしようとして。


 あ、銃弾を取り除いてリムーブしておこうと、シロネに指示しようとしたその瞬間。


 安心するにはまだ早いと言わんばかりに、問題が次々とこちらの方にやってくる。


 先程狼がやってきた方とは逆側から。今度は動物の鳴き声という感じのものではなくて───


 うぎゃぁぁぁ!!!


 おそらく二人分の少女?の叫び声が聞こえる。


 何かあったんだろうか。

 ───いや、考えている暇はない。すぐに助けに行かなければ…!


 冒険というのは、偶々そこで出会った人たちとの助け合いというのも一つの醍醐味なのだ。

 何か困っていそうなら、手伝ってあげたい。そういう気持ちがある。


 ───それに何より、今のこの身は、無一文住居なし親なし迷子の浮浪者と変わりがない。助けて恩の一つでも売って、少しでもおこぼれに預かりつつ、街まで案内して貰わなければならない。


 シロネの、『それが本音じゃないですか?』という呆れた声が聞こえて来た気がするが、それを頭から振り払い。

 その悲鳴の発生源へと、急いで向かった。

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