忘れられた遺跡 3



 その、白色の石と星のようなもの───この際だから、星と呼ぶ事にしよう───が浮かんでいるその光景に魅入っているうちに。

 はっと、自分が呆然と立ち尽くしていることを認識して、現実世界に戻ってくる。


「それにしても…。」


 その光景を見て、本当に自分がファンタジーな世界に転生してしまったんだなぁ…と、心の底から理解した、というかさせられた俺は、改めて。


「早く、錬金術がしたいなぁ。…あるかは分からないけど。」


 そう呟いて、気持ちを新たにすると。


 よし。こんな所で立ち止まっている暇は無い。一旦、下まで降りてみるべきだろう。

 そう考えて、改めて下側を見つめ直す。


 どうやらこの階段は、巨大な空間の壁際に沿うように作られており。

 そのまま行けば、つつがなく下に降りることが出来るだろう。

 しかし、とはいえ。


「地面までこれ、何段あるんだろう。」


 ビルが丸ごと入るくらいに巨大なこの空間。

 それを、階段を使って一歩ずつ、この小さい体で降りていくという事を考えると…それは、かなりの重労働になりそうだなと思う。


 …いやいや、考えるのはやめよう。無心で降りていけば、いつかは辿り着くはずだ。


 そう心に決めた俺は、一歩ずつ行こうと。再び階段を降り始めたのである。


 先程よりもいいのは、真っ暗闇という訳では無いという所か。それでも、光が微妙にここまでしっかり届いていないからか、薄暗いという印象は変わらないが。


 ◇ ◇ ◇


「ふう…長かった…。」


 階段の最後の一段からトンッと降り立ち。

 ペタッと裸足がぶつかる音を鳴らして、地面に降りたつ。


 もの凄い長い階段を降りた気がしたのだが、終わってみれば呆気ないもので。

 多少の気疲れはしたものの、はあはあと息を荒げる程に体力を消耗した訳ではなく。

 もしかしたら、転生チートって体力の事なのか?と思いながらも、まあそれは今はどうでも良いかと、辺りを見回す。


 ここは、あの巨大な空間の端っこに位置している場所である。

 そのため、この空間全体を見回すのには最適であり。上で見た時とはまた違ってみえる景色におおっと感動しながらも、そこからでは気が付かなかった、幾つかの目につくものを見つける事ができた。


 例えば、この階段。これは丁度、この空間の壁に巻き付かれるように設計されており、螺旋状の幾何学的な構造美がそこにはある。

 そしてこの位置から丁度反対側にもシンメトリックに同じような階段があって。そこから登っていけば、自分が丁度降りて来た所とは反対側の廊下に出られるんだろうな、という想像を沸き立たせる事ができる。

 とはいえ、そちらの階段の方は途中で完全に崩れているのか。中くらいの所から先は階段そのものが無くなっており、その下に残骸と思われる遺跡の一部だったものが落ちているため、その真偽は確かめようがない。


 また、この空間の中央部に目を向ければ、そこには何やら円形に石が積み上がった巨大な台座が存在しており。

 丁度その上にあの光る星がある事から、この台座は、アレを浮かべるための儀式的な何かのために造られたものなのだろうなと考察ができる。


 また、その台座を中心にして、石の素材が違う部分があり。その近くでは円状に、そしてそれが途切れるとそこから先は十字を描くように、それは配置されており。

 それぞれの先を見ればアーチ状の吹き抜けの出入り口がある事から、それがこの巨大な空間の中の道を示しているのだろうという予想が立ち。

 良くこんなに広いのに、こうして綺麗に道が作れたなと、どこか上から目線で感心する。


 ただ残念な事に、その四方向の道のうち三つは土で埋まって閉ざされており。

 進めそうなのは、ここから右奥にある所だけのようであった。


 なんだか、一方通行が続くなぁと思いながらも。

 とりあえず、観光気分で台座を一目見てから先へ進もうと決めた俺は。何となく、近くの十字の道に足をペタッと踏み入れて、そこから中央部の台座へと歩き出す。


 なんだか、本当にゲームの中にしかない幻想的な世界の中を歩いているようだな、などと思いながら。

 円形の道にまで差し掛かった所で、あれ、自分の身長じゃあ、この台座の側面を見るのがやっとじゃあないか?とここに至って唐突に気付き。


 どうせなら、上から頑張ってこの台座を覗いておけば良かったと、ふと上側を見上げると───


「は…はぁ??」


 ゆっくりとではあるが、その星が段々とこの地面に落下していっているを認識してしまう。

 その大きさは、丸ごと一軒家がすっぽりと入りきってしまうほどのものであり。

 見た目の大きさから本能的に感じる大質量のそれが、ゴォォオォと鈍い音を立てながら、白い神秘的な光を纏って落ちて来ているさまは、まるで流星のようで。

 唯一違うのはその速度くらいのものだが、死の前の最期の記憶がそれだったことも合間って。その姿が被ってしまうのも仕方のないことであったのだろう。


 そのせいか、緊張と感動と恐怖が三位一体となって混ざり合い、体ががっちりと凍るように固まってしまい。はっと気が付いた時にはもう既に後の祭り。星は既に、目の前にまで落ちて来ていて。

 このまま俺はそれに巻き込まれて死んでしまうんだぁ!とぐるぐる思考が回ってしまい。

 いよいよをもって、うわ、うわー!お、おちおちおち、落ちるぅー!とその場で立ち尽くして叫び。しゃがみ込んで目を瞑ったその瞬間。


 ───しかし、落下の衝撃はおろか、何か起こる気配もなく。


 あれ?と。

 恐る恐る立ち上がって、目をゆっくりと開いてみると。

 そこには、白いその星が巨大な台座の丁度真上に、台座の大きさが足りないのか少しはみ出しながらも、うまく収まっている様子が映し出されていた。


 それを見て、ふううぅぅう、と長いため息をつく。


「たたた、助かった…。本当に助かった…。」


 まさか、せっかく手に入れた第二の人生が、こんなにもあっさりと終わりを迎えるなんてと、そんなことを思いながら絶望していたが。

 終わってみれば大したことではなく、単にこの星が、この台座にうまくハマるというイベントであった、という訳である。


 なんだよ驚かせやがって。心臓がまた止まるかと思ったわ。などと、悪態を付ける程には落ち着きを取り戻し。


 何がトリガーかは不明だが、恐らく俺に反応してこの台座に星がハマったんだろうなと思いつつも。

 どれ、せっかく近くまで星がやって来たんだ。白い光を触るのは、ちょっと流石におっかないけれども、こうして適切な距離を保って観察するくらいなら大丈夫だろう。


 そう考えた俺は、その星をじっくりと見て。

 どうやら、何らかの塊が中から光を放っているっていう構造になっているのかと、そう思った次の瞬間。


 ビリッ。

 ほんの少しだけ、この世界に転生してから初めて明確に感じた、頭からやって来た痛みを認識して。


「ぅあ?」


 少し顔を顰めると同時───星から白い何かが一気に霧散して飛び出したかと思えば、自分の中にぎゅうぅぅぅと入り込んでいくのが見え。

 そして身体中に何か力のようなものが湧き上がっていき、脳内に、存在しないはずの様々な“記録”が、一気に押し込まれていくのを感じとる。


「うっっっ…??」


 その、洪水と言ってもいい情報量の多さに、唐突であったことも重なったからか。

 俺は、痛みからふらっと倒れると───そのまま意識を失った。


 ◇ ◇ ◇


 どこかフワフワとして、足のつかないその感覚の中。夢の中を泳いで、入るべき“箱”の中に自我がたどり着いた時。


 意識が覚醒する。


「うわぁぁ!!」

 

 がばっ!と叫びながら、俺は目覚めると。


 そこは、先ほどまで目にしていた結晶と星と台座の空間ではなく───図書館であった。

 どこまでも広く続いていて、天井すらよく見えないその場所には、沢山の書架と本がみっちりと並んでおり。

 まるで、一つの巨大な迷宮のように三次元的に広がっていて、今まで訪れたどんな複雑な場所よりも入り組んで見え。ファンタジーの中でしか見れないような、摩訶不可思議な構造をした場所であった。


「は?え?」


 そんな、突然変わってしまった景色に驚いて固まっていると。

 視界の奥から、何か動いてやってくる人型の存在を認識する。


 すわ!何者だ、とそこに目を向けて確認すると。


 そこに現れたのは、俺のこの体と瓜二つであり、そして完全に逆のような存在───すなわち、長い銀髪に銀色の瞳を持っており。俺のこのちんまりとした体を成長させた、17歳か18歳くらいにみえる美少女が現れる。

 司書のような制服に身を包んでいる彼女はこちらを認めると。目を大きく丸めて、驚いたような表情を一瞬浮かべるが、それはすぐにかき消され。キリッとした雰囲気を出してから、ゆっくりと口を開く。


「ようこそ、お越しくださいました。この知識の聖域、人類の叡智の図書館。Kl-08-a機の持つ権能の一つ、コア・シェルフへ。」


 お待ちしておりましたよ。貴方と再びあい見えるまでの、幾星霜の永き時を。


 そう言うと、彼女はニコッと笑い。

 こちらを愛しむように、じっと見つめて来たのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る