忘れられた遺跡 1

 直方体の棺桶の中から取り敢えず出た俺は、とりあえず今の自分の姿を確認しようとする。

 なるほど。原型を留めていないほどにボロボロの服とは呼べない代物に、裸足でペタペタと…ぉぉお!?

 その酷い惨状にびっくりしながら、すぐに視界を上側に戻す。


「なぜこんなに服がボロボロなんだ。」


 くぅぅっと顔を顰めながら、ぼそっと呟く。


 今の状態はなんというか。かなり…そう。良くない背徳感が湧き上がってくるような、際どいものだったのである。


 すっぽんぽんという、この姿に対して本当にマズイ状態では無かった事に安堵しつつも。

 体に着ている…というか、巻いている、と形容するのが正しいだろうその布切れは頼りなく。

 ギリギリ大事な所は隠れているが、その殆どは露出されており、目のやり場に困るような状態になっていた。


 付け加えるならこの布切れ、これ以上触ったりしたら今すぐにでも崩壊しそうな程に乾燥しているように見え。

 何かの拍子で、うっかり布に力を入れようものなら、すぐにでも裂けて、大変な事になりそうな未来が見える。


 ───いやいや。その未来は引き起こしてはいけない。


 俺は、無心で首を振る。

 まずは、服だ。服を探すのが優先だろう。後にも先にもそれを整えてからでないと、話にならない。

 いくら俺が錬金キチであったとしても、倫理観までそれに焼き尽くされて無くなっている訳じゃあない。

 ここには俺一人しかいないとはいえ、少女のこの体を外に晒すというのは良くないだろうし。

 それに、流石にこんな格好では落ち着こうにも落ち着かない。俺に露出の趣味はないのだ。


 だから、そう。人生の最優先目標は錬金術だが、目先の優先目標は、服を探す事であるはずだ。


 この際だから、贅沢な事は言っていられない。

 本当は、綺麗で可愛らしい服装でもこの体に着せてあげたかったが…あるもので我慢するか。


「ええっと…何かないかなっと。」


 この場所の塵で汚れている手をポンポンと払って、服がないかとキョロキョロあたりを見回す。


 しかし。


 目覚めた時に確認した時とは特に様子が変わりなく。

 この部屋に唯一あるのは、俺が目覚めたこの良くわからない石材で作られた棺桶くらいのもので。


 他に目につくのは、外へ続く無駄に大きな扉───というよりも俺の背がめちゃくちゃ小さくなっているのもあいまって、巨人用かと思ってしまいそうになるほど大きく感じるそれと。

 あとは、見たことのない幾何学的なデザインで白い塗装が施されている、電球のような白く光る天井照明代わりの石だけであり。


 細かく探せばあるのかもしれないが、棚や本はもちろん、空調や窓の一つすらなく。言ってしまえばここは、外へつながる道が完全に密閉されている閉鎖空間なのである。


 そんな事ある?とつい声が漏れ出てしまうほどに何もないこの場所ではあるが。


「そうなると、だ」


 なぜ、この部屋にはあの棺桶しかなかったのか。なぜ、これだけがこの部屋に置かれていたのか。

 気になることは沢山出てくるのに謎は深まるばかりであり。

 考察するのも楽しいのだろうが───その優先順位はかなり低い。まずは、何がなんでも服を見つけてから、だ。


 …こうなってくると、できる事は限られている。というか現状、実質的に一つしかない。


「あの扉の向こうに出るしかない、か。」


 そう呟きながら、大きな扉の方を見つめる。

 左右両開きで、中央に握ってそのまま開け閉めできるタイプのノブがついているそれは。

 今現在では固く閉ざされており、その先を見通すことは出来ない。


 その、未知への恐怖からくる不安に俺は、どうしようかと悩んでいる───なんてことはなく。


 むしろ反対。いや、反対にしてもっと煮詰めたもののような状態になっている、といえば良いか。


 もし、今の俺の状態を第三者から見れば。目を輝かせて顔ににっこりと満面の笑みを浮かべ、全身からワクワクが滲み出ている、冒険心に満ち溢れた年相応の少年少女のような姿が映るだろう。


 というのもだ。俺の心の声を解放すると、大体次のようになる。


 ───あ!これ「冒険」じゃん!ゲームで出てくるダンジョンとか遺跡ってやつじゃん!え?ここ、探索して良いんですか?良いんですよね!宝箱とか見つけたら、貰っちゃいますからね!失礼します!!


 というように。俺の中の錬金術大好き人間としての側面の一つである、未知の世界への冒険に心が踊りすぎており。

 それを落ち着かせるのに忙しくなるほどには、この扉の先にワクワクを感じているのだ。


 そうとなれば、こうして立ち止まっている意味は無い。


「よし、行こう!」


 そう決意した俺は、ペタペタと裸足で歩いて扉の前に辿り着き。


 いざ、ご開帳〜。


 ───と、背が低くすぎたので、グググッと背伸びをしながら取っ手を握って扉を開けようとしたその瞬間。


 バキッ!


「うぇ?」


 金属製のようにみえるそのノブは、握って力を入れようとしたその一瞬にして粉々の塵となって破壊され。

 次の時にはもはや空気の中に溶けていき、ノブのない扉…つまり、ただの壁になってしまった。


 ?????


 心の中に、疑問符が大量に付く。

 え?ノブが壊れた?そんな事ある?


 しかしその時、俺の脳内に天啓が降りる。


 あ、これ、俺のチート能力なんじゃあ無いかと。


 もしかしてこの体、メチャクチャ力が強いんじゃあないか?特に出会った訳ではないが。まだ見ぬ神様が転生チートとして、最強身体能力をこの体に授けたんじゃあないか?

 転生といえば、の醍醐味の一つだし、きっとそうに違いない。


 と。そんな思考をしていると、そのノブの破壊された拍子に振動が時間差で扉に伝わったのか。


 ガラガラ!


 そんな音を立てながら、扉は勝手に自壊してしまい。

 地面に落ちると同時、まるで砂で作ったレプリカだったと言わんばかりにそれらは粉々になり。幾つかの塊を残して塵となって空間に舞い上がり、跡形もなく無くなってしまった。


 その、あまりにもな光景に、冒険のワクワクで埋め尽くされた心が一気に落ち着きを取り戻し。

 あ、これ相当風化しているだけだなと、冷静な部分で判断した俺は、取り敢えず、一つだけ守るべき方針を決めた。


 ───うん。生き埋めにならない為にも、もう少し慎重に動かないとね。


 触るだけで壊れてしまうノブに、振動だけで崩れてしまう扉。

 まだ調べてはいないが、ここの壁やあの棺桶も、おそらくそれに類する反応を返すくらいには、簡単にボロボロになるだろうという予想はつく。

 ここがもし、予想の通り地中かなにかに埋められていた場合。それはすなわち、この場所の崩壊と、俺の生き埋めが確定するという訳で。


 いくらなんでもそれは流石に怖い。

 という訳で、慎重に慎重を重ねて、どこにも振動を与えないようにゆっくり移動するべきだろう。


 などと。そんなことを考えていると、塵も落ち着いてきたのか。

 段々と視界が晴れていって、そして。目の前に広がる新たなエリアを、この瞳に映すことになる。


 そこは、左右に続く長い廊下であった。

 と言っても、続くのは左側だけであり。右側は、壁が完全に崩れていて、土で廊下が丸ごと埋め尽くされていた。


 それを見て、やはりと一つ頷く。

 見るからにこの場所が、どこかの地面の下にまるまる埋まっている、という予想を補強するものとなっていたのだ。


 となると、だ。生き埋めのリスクもあるし、ここからは本当に慎重に進む必要があるだろうなと、心に決めて。


 何か出てきて欲しいけど、なにも出てくるなよぉ〜と、反対のことを願いながら。取り敢えず先に進める、左側に伸びている廊下を進む事にした。

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