TS転生ロリは錬金術が大好きすぎる

szmysk

第0章 目覚め

プロローグ

 俺は、いわゆる錬金術と呼ばれるものが大好きだ。愛していると言ってもいい。

 …いや、俺の錬金術に対する愛は、そんなありきたりな表現で表せるモノではない。


 錬金術という存在そのものに成り代わりたい。そうだ、これこそが正しく言語化された感情だろう。


 …自分でも、その思いは捻じ曲がっているというのは分かっている。でも、それでも錬金術に対する憧れというものは止められなかったのだ。

 それくらい錬金術に恋焦がれ、想い続けたのである。


 その始まりの記憶はもはや思い出せない程に古くなってしまい、もはや理由も忘れてしまったが。

 きっとおそらく、それが俺の、俺だけの運命だったのだろう。

 生涯で一度出会うかも分からない、一目惚れのようなもの。人生を捧げてでも投げ打ちたい、自分の芯となるようなもの。

 人によってそれは色々だろうが。俺にとってのそれは、紛れもなく錬金術だったのだ。


 だからこそ、錬金術というものに魅せられた俺は、その人生を積極的に錬金術に捧げて生きてきた。

 錬金術を題材にしたゲームやアニメ、マンガなどは勿論全てを舐め回すように摂取して。錬金術という名前が無くても、それに近いようなシステムのある題材のものも摂取して。

 それらに飽き足らず、実際に過去行われていた、化学の全身となる錬金術の形態を学んでみたり。

 実際に何か錬金術が出来るわけではないが、物語の中の彼らを真似して。良い年した大人ではあるが、色々な素材を混ぜ合わせて調合ごっこをした事もある。


 しかし、世界はどこまでも残酷なもので。

 錬金術、と創作の中で言われるようなものは実際には存在せず。そこにあるのは、完全に物理学によって支配された現実だけ。


 魔法のように色々なものを素材から生み出す技術も、等価交換で物を作り出す技術も、奇跡論によって生み出す技術も何もなく。

 それら全ては架空のものとされ。そこで見た錬金術という夢を追うその第一段階で、ずっこけてしまうものであった。


 でも、だからと言って俺の行動が簡単に止められる訳ではない。好きになってしまったモノを諦めるなんてことは、できなかったのだ。


 錬金術が無いなら無いなりに、他に出来ることがあるだろうと。錬金術というのは、ただ魔法でモノを作り出すという技術だけではないだろうと、そう思い至ったのである。


 錬金術というものを題材にした作品は数多くあれど。その大部分には、錬金術の探求とは別にもう一つ、「冒険」というものがつきまとう。


 それは単に、錬金術というモチーフが、剣と魔法が存在するファンタジー世界の中にしか存在し得ないから、というのもあるかもしれないが。

 少なくとも、錬金術という技術を納めている人、すなわち錬金術師というものは、大なり小なり外に出て旅をして、様々な経験をするものであり。

 そしてその部分に関して言えば、ただこの残酷なまでの現実の中で唯一実現可能な、錬金術の一つの側面であったのだ。


 だからこそ前世で俺は、仕事の合間に暇さえあれば、色々な新しい体験をしたり色々な所に訪れたりと、この世界を冒険して回っていた。

 様々な都市への観光から始まって。色々なレジャースポットで遊んだり、山を登ったりスカイダイビングをしたり。

 スキューバダイビングをして魚釣りをしたり、地図を持たずにフラフラと適当に散策をしたりもして。

 もしくは、その辺りに生えている草や昆虫を食べてみたり、種を植えて植物を育ててみたりといったこともしたものだ。


 それらの体験は、良いことも悪いこともあったが、どれにしても「冒険」をしている気分になれて。

 この、魔法も何もないこの世界であっても、物語の中の錬金術師達の背中に、一歩近づけたのではないかと思えたのである。


 そして。


 俺自身が前世で死んでしまったのも。錬金術の事を愛してやまずに、それを盲目的に追い続けたが故であった。


 冒険をするということは、リスクを冒すということである。

 買ったことのないおやつや調味料を買って試してみる、みたいな小さな冒険ならともかくとして。

 その辺りに生えている野草やキノコを食べるだとか、木の上やコンクリートに這っている虫を食べるだとか。もしくは、海の中の奥深くまで潜水するだとか、洞窟の中にはいって探検するだとか。

 そういった行動には、物理的にも病気という意味でも、常に死ぬかもしれないというリスクが付きまとう故に。


 そうした冒険の中で俺がポックリ死んでしまうのもまた、必然だったのかもしれない。


 いつかの年の一月下旬、北海道のとある雪山にて。

 冒険と称していつものように一人で山を登り、頂上まで行った後。そこから見える雄大な景色の中で、コーヒーを一杯しばいた後に、いざ下山しようと山を下っている最中の出来事であった。


 日中天気はすこぶる良く、そのせいで雪の地面がいくらか凍っていたために。

 気付かず足を取られて滑って転んだ結果、運が悪い事に急な斜面に落下してしまい。


 そのせいで、頭でも打って気を失っていたのか、気がつけば辺りは真っ暗になっており。

 ここが何処だか確認することも出来ず、痛みで体を動かす事もできず。何処から落ちてきたのかも分からない有様であった。


 体も、擦り傷や打撲痕、骨折などの症状があったのか。雪の冷たさである程度緩和されているものの、それにしても身体中を走る痛みが凄まじく。

 こんな事なら目が覚めないで、気を失ったままの方が良かったな…などと思い始めていたその時だった。


 不幸中の幸いか、それとも運命か。俺はそこで、前世の生で文字通りの意味で、最後の思い出が出来たのである。


 ふと、暗くなった夜空を見上げると。


 そこに現れたのは、無限に広がる黒紫色の天球に浮かび上がる、キラキラと光る星々であった。


 赤、黄、青、緑。様々な星の輝きが、その暗闇の中で煌めいており。広大な宇宙の深淵の上を、悍ましいほどの光点で埋め尽くしていた。

 その美しさは筆舌にし難く。

 普段見ているような夜空と比べれば、その差は歴然。月明かりしか届かないこの場所で見る星空は、これまでに見てきた他のどんな景色よりも、“現実離れ”していたのだ。

 

 そういえば、こうしてまじまじと天体観測はしたことはなかったなと。その、余りにも雄大な景色の前で、興奮からか痛みも忘れて呟く。

 心の何処かでこれが見納めか、と。これから訪れるであろう自分の“死”に対して、どこか納得をしながら。


 何分、何十分、見続けたのだろうか。

 段々と力が抜けていき、自身が衰弱していっている感覚を覚えながらも。


 しかし、感動はそれだけでは終わらなかった。

 

 ───あれは…。


 夜空の上から、一瞬輝いて堕ちるそれ。初めは見間違いかと思ったそれは、しかし時間が経てば経つほどに落ちる頻度が増え続け。

 自身を構成する岩石が地球大気の摩擦によって溶かされ蒸発し、火を纏って落ちていくその様子は。

 命を削りながら美しい尾を引いて大量に燃え尽きていく儚さと、しかしそれでも突き進んでいく力強さを感じさせる。


 流星群だ。

 初めて見る、予想外だったそれの登場に、俺は───涙を流す。

 こんなに素晴らしい経験を、幸運にも死を前にして得られるなんて。


 冒険の果てで、この雄大な自然の中、この見た事もない“出来すぎている”ともいえる景色を見ながら死ねるなんて、むしろ本望だと。


 唯一、両親より先立つ自分に心残りはあるが───それであっても俺は、これ以上に良い死に方なんて無いと、本気でそう思っていた。


 来世では、錬金術が出来る世界に生まれたいなぁ、なんて。


 流れ星に願いを言えば叶う、という迷信を思い出して、祈ったりしながらも。その景色を目に焼き付けながら、体の奥底からやってくる深い眠気にそのまま従い。


 俺は意識を再び失って、そして───今度こそ間違いなく死んだ。


 しかし、そんな願いが星に通じたのか。


「あれ…ここは…」


 アニメでしか聞かないような、柔らかい少女の声が、その石造りの部屋の中に響き渡る。

 そこは何処かの地下にあるのか、陽の光が部屋に入る様子を見せず。天井についている、表面に幾何学的な文様が描かれた、白く光る石が証明代わりとなって、その部屋を照らしていた。


 出入り口はただ一つ。何処かの王城の一室のように広いその空間には、中央にある棺のような鉄色の直方体の箱を除いて、他には何もなく。

 その箱の重い蓋は横に外れており、そこからひょっこりと、肩まで黒髪を伸ばした少女が現れる。


 絶対に有り得ることのない、奇跡のような現象。

 2度目は有り得ないとどこか諦めて、それで満足したと思い。自然という強大な相手に、何も争うことなく死んだはずの俺に。


 第二の、夢を掴むチャンス。それが突然やってきたのだ。


 その少女───すなわち“俺”は。


 気付けばいつのまにか、黒髪黒目、身長130センチの美少女ロリとして、このよく分からない場所に異世界転生していたのである。

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