【黒歴史放出祭】8歳の私にゲーム用コントローラーを買ってもらった父親の話

ジャック(JTW)

グランツー〇スモは悪くない


 私が小学二年生に上がった頃、我が家にはゲーム機があった。PS2である。私はPS2世代ではなかったが、友人の家にあった物が羨ましくなって、かなり拝み倒して買って貰ったものだった。中古だったが、綺麗でしっかり動いた。DVDを再生することもできたので、DVD閲覧用ハードとしても使われていた。

 そんなある日、父は中古ショップでグ〇ンツーリスモ4という車を運転するゲームを買った。私よりも父が熱中してやりこんでおり、ゲーム機を占領するほどのやり込みっぷり。私はそのうち別のゲーム機を買い与えられ、PS2はほとんど父専用のハードになった。


 そんな日々を過ごしている中お正月がやってきて、私はお年玉を貰った。額は一万円程で、子供からすればとてつもない大金だったことを覚えている。

 お年玉は私の合意の元、私の母親に預けられていた。母親はきちんと通帳に入れて記帳もしてくれており、私は感謝していた。そんな時、まだグラン〇ーリスモ4に熱中していた父は、中古ショップでふと目にしてしまう。



 ──グランツーリ〇モ4を遊ぶ際に使える、ハンドルコントローラーという物を。



 それを目にした父の瞳の輝きを、私は今でも思い出せる。確か価格は8000円だった。父はあまり財布が豊かではなかったらしく、その日すぐにコントローラーを買うことは無かった。

 しかし、ソワソワしながら私の方をチラチラ見て、「ハンドルとブレーキがついた本格的なコントローラーだって」と言い出した。私はその頃別のハードにハマっていたので、「ふうん」と気のない返事を返した。


 すると父は「お年玉、幾らぐらい貰った?」と尋ねてきた。私が素直に「1万円くらい」と答えると、父はソワソワしながら「それだけあればコントローラー買えるね。ハンドルコントローラー、欲しくない?」と聞いた。

 私は車を運転するゲームがそもそも得意ではなかったので、「要らない」とバッサリ答えた。父はシュンとしていた。



 ここで引いてくれれば良かったのだが、ここからが父はしつこかった。毎日のように中古ショップの話題を出し、「もう売れちゃってるかもなあ……」とこれみよがしにため息をつき、「もう手に入らないかもな……」と言いながら私をチラチラ見てくる。


 子供の頃の私は素直に、うわ、鬱陶しいと思った。


 やろうと思えば私のお金を強奪することも出来たかもしれないが、さすがにそこまでクズではなかった。私の意思で買わせようと、父はあの手この手で私に『ハンドルコントローラーを買って欲しい』というアピールを始めた。


 用もないのに中古ショップに行って、わざわざハンドルコントローラーの前を通り掛かったり、それを私に見せたり、目の前でグランツー〇スモ4を普通のコントローラーでプレイして見せながら「やっぱり普通のコントローラーじゃ操作が難しいよね」と言ってチラチラ見てくる。「俺は運転が得意だから、ハンドル型のコントローラーの方がやりやすいと思うんだよね」と、あまりにも露骨にアピールしてくる。


 最初は全く父のことを相手にしていなかった私も、1週間、2週間、3週間目に突入するかという間そこまでされたら父のことが可哀想になってきていた。


 ……この大人、プライドの欠片もない。

 そんな哀れみと、『お父さんが喜んでくれるなら、8000円使ってもいいかもしれない』という健気な子供心から、私は母にこう言った。


「お父さんが欲しがってたコントローラー、誕生日プレゼントにして、お年玉使って買ってもいい?」と。


 母は焦って、「本当にいいの? お父さんの欲しいものはお父さんが買うべきだと思うし、あなたがお金を出さなくていいのよ?」と必死に私に声をかけてくれた。


 私も母の意見が真っ当だと思っていたが、それでも、連日のしつこいアピールの結果、私の心はそんなに欲しがるなら日頃のお礼を込めてプレゼントしてもいいかなという方向に傾いたのだ。

 結果、私はハンドルコントローラーを買って、父にプレゼントすることになった。父は、「本当に買ってくれるとは思わなかった」と言いつつ、少年のようにはしゃぎ喜んだ。家にあるカラーボックスを日曜大工で改造して、ハンドルコントローラーのハンドルと、付属しているブレーキを取り付ける専用に加工するという熱の入りようで、幼い頃の私も、8000円の出費はデカかったが、父がここまで喜んでくれるならあげた甲斐があったかもしれないと思い始めた。


 父は、ワクワクしながらPS2にハンドルコントローラーを接続し、グランツーリス〇4を起動し、「おおー!」と感嘆の声を上げた。我が家にはテレビがリビングの一台しかなかったので、テレビの中央を父が陣取る形で遊ぶことになった。


 私も多少なりとも心躍らせて父の楽しむ姿を見ようとしていた。父は、「ありがとう!」と言いながらゲームを始めた。最初は、ハンドルコントローラーの新鮮さに慣れないのか、多少もたつきながらも、父はゲームを楽しんでいるようだった。

 私は(父がテレビを占領しているので暇潰しが出来ず)暇だったので、そんな父を後ろから見ていた。


 父は数日間、ハンドルコントローラーに苦戦しながらも、楽しそうにしていた。そこで話が終わっていれば、良い話で終わったのかもしれないが、そうは問屋が卸さない。


 ──父は、一週間後、ハンドルコントローラーを全く使わなくなった。


 あまりのことに「お……お父さん…………?」と私が抗議の意味を込めて呼ぶと、父は「ああ。結局、普通のコントローラーの方が遊びやすかった。アハッ。ごめん!」と言って、ハンドルコントローラーを部屋の隅っこに放置して、普通のコントローラーで遊び始めた。


 私の苦悩は……私の健気な心は……私の8000円は……。

 こんな……こんなことに……こんなことのために……!


 …………ハンドルコントローラーは、その後10年間くらい埃を被って放置された挙句、「流石にもう使わないよね? ……捨てていい?」という父の手によって指定のゴミの日に出され、処分されることになった。


 その頃18歳になっていた私は……ゴミ袋に入れられたハンドルコントローラーを見て、切ないような、ばかばかしいような、世知辛いような、そんな気持ちになった。


 さよなら私の8000円。

 私はこの出来事から、『他人ちちおやにいくらねだられても、財布の紐を緩めてはいけない。父親だれかに何かをあげる時に、見返りを求めてはいけなかったのだ』という教訓を得た。


 もしも万が一この話でアマギフ等が貰えたとしても父親に、何かをねだられても絶対に絶対に絶対に買わない。


 それくらい、幼い私の心に苦く黒く刻みつけられた歴史でしたとさ。

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