6 おーけー、把握


 それからの数日は、少しだけ慌ただしく日々を過ごした。

 ヴィヴァンハウスのシスターたちがてんやわんやだっただけで、子どもたちは平穏そのものだったけどね。私も含めて。だって五歳児だもん。


 あれからエルファレス侯爵は、使いの者をハウスに寄越して何度か話し合い、手続きを行っているようだった。


 さらに暴走から五日後、再びエルファレス侯爵自ら私の下を訪れ、きちんと説明をしてくれた。

 いくら幼いとはいえ、当事者を抜きにして大人だけで話を進めるのはフェアじゃない、と。


 イケオジへの好感度が上がった。


「ルージュ、君のことはやっぱり娘として迎えようと思っているのだけれど」

「え」


 ただ、提案はなんとも頷きにくいものだった。

 事後報告でないだけまだマシなのかもしれないけど、ほぼ決定とでもいうような雰囲気が漂っている。


 イケオジへの好感度が下がった。


「そんな顔をしないでくれよ。これでも、どちらが君への当たりが厳しくならないかを考えた結果なんだ。ヴィヴァンハウスから連れてきたただの子どもを魔塔の後継者にする、となると後ろ盾が何もない状態になる。君は何をされても貴族に対して何もできなくなるよ。庶民扱いだからね。一方、エルファレスの者になれば、そう簡単に手出しはされないし、報復だってできる。なんなら手伝うから」


 サラッと怖いこと言った。報復する前提なんだ……?

 ゆるゆるした雰囲気を纏っているくせに、意外と過激派である。


 そのくらいじゃないと、侯爵家の当主も魔塔の主もできないのだろうけど。その片鱗を垣間見た。


 目を丸くしていると、エルファレス侯爵はニンマリと口角を上げた。美しい水色の目は笑っていない。


「君、実はすごく賢いでしょう。僕の言っていること、しっかり理解しているよね」


 しかも鋭い。まぁ、あまり隠すこともなく素を出していた自覚はある。

 一緒にいる時間が長くなるなら取り繕わなくて済むのは助かるんだけど。


 だいぶ可愛げのない幼女になってしまうな……? でも、この人なら大丈夫かもしれない。

 変人だし。変幼女も受け入れてくれるに違いない。


「家族は全員、受け入れてくれるよ。妻はずっと娘を欲しがっていたし、息子たちも妹ができると喜んでいたから」

「なんでそんな歓迎モードなの……?」


 つまり、家族全員変わり者ってことですね、把握。


 何はともあれ、言いたいことはわかった。

 相変わらず、後継者については保留のままにしてくれるらしいし、ここはお気遣いに甘えてエルファレス家の娘になってみようと思う。


 代り映えしなかった人生の繰り返しに変化が訪れると思えば、悪いことではないだろう。

 それに、彼からはイメージしていた悪い貴族という雰囲気が感じられないからね。


「わかった。よろしく、お願いします」

「うん。よろしくね、ルージュ。僕のことはお父様と呼んでもいいよ? あ、パパも捨てがたいな」

「……ぜんしょ・・・・します」

「うーん、やっぱりとても五歳とは思えない言葉選び。興味深いね」


 やはり取り繕わなくても受け入れてくれている。

 ただ、パパ呼びはね……。だって、これまでの人生で誰かを父と呼んだことなんてないし。急に言われても、ねぇ?

 魔法を教わることになるし、無難に先生と呼ぶことにしよっと。


 ※


 いよいよ、ヴィヴァンハウスを出る日がやってきた。

 早朝から準備して、私は今エルファレス侯爵が贈ってくれたワンピースを着ている。

 鏡の前に立って見てるけど……髪ははねてるし、痩せてるし、服に着られている感が満載だった。


 若草色のお上品なワンピース。なんだか落ち着かないな。貴族になるんだから、慣れなきゃね。


「元気でね、ルージュ」

「うん、シスターも。あの、たまに会いに来るからね」

「あら、貴族のお嬢様が気軽にこんな所へ来ちゃダメよ。でももし来てくれるのなら……ちゃんとお供の人と、ね」


 寂しそうに笑みを浮かべるシスターを見ていたら、込み上げてくるものがある。


 思えばどの人生でも、帰る場所はここだった。ずっと大人になれないんだもん。

 働くようになってもハウスから通っていたし、帰る場所はここしかなかったから。


 ハウスではない別の場所で暮らすだなんて、本当に現実味がない。けど、すでに私は受け入れている。新しい人生の選択肢を。


 両手を広げてシスターに駆け寄ると、ギュッと優しく抱き止めてくれる。この安心感と温かさはいつも変わらないな。


 きっとまたお世話になる日が来る。だって私は、十八歳になる前には五歳に戻ってしまうからね。


 ほんの少しだ。束の間の貴族生活。


 この人生で得たあらゆる知識は、この先の人生を楽しむために活かせたらと思う。生きる希望を失わないためのものに。


「いってきます」


 ハウスのシスターや子どもたちに大きく手を振って、今度はエルファレス侯爵に駆け寄る。

 侯爵はそんな私の背にそっと手を当て、反対の手を差し出してくれた。


「馬車には自分で乗れるかい?」

「もちろん」


 そう言いながら手を借りつつ馬車用の台に足をかけるも……ちょっと、高くない? 片足の力だけでは上れないんだけど。


 はー。剣術の訓練をしていたあの頃の筋力が恋しい。三人程度の悪漢なら余裕で倒せるほどの実力があったのに。

 五歳現在の私は、ビックリするほど軟弱である。


「失礼するよ、かわいいレディー」

「え、わ」


 突如、浮遊感を覚えて目を丸くすると、目の前に美しいお顔があった。どうやらエルファレス侯爵に抱き上げられたらしい。わぁ……。


「あ、ありがとう、エルファレスせんせぇ」


 さすがに急な至近距離イケオジは心臓に悪い。動揺した私は少しだけ舌足らずになってしまった。


 ちょっと、目の前で微笑まないでもらえます? ご自身の顔の良さは幼女にも効くんですよ。


「……先生、ね。悪くない響きだ。でもどうせなら、ベルナール先生かベル先生がいいな」

「ベルせんせ」

「いいね。慣れたら『お父様』か『パパ』も頼むよ」


 あー。それは当分、無理かな。


 座り心地のいい馬車のイスに座りながら、出来るだけベル先生から目を逸らす。なんだか気恥ずかしくて、窓の外に必死で顔を向ける私。


 うわ、ベル先生はめちゃくちゃこっちを見てる気がする。視線が、視線が刺さってるよ……!

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