5 大人になってから、ね


 エルファレス侯爵はコホンと一つ咳をし、私から離れてローブをバサっとさせてシワを伸ばすと、何ごともなかったかのように話を続けた。


「ですがシスター。これは実際、一番良い方法だと思うのです。ルージュの持つ魔力量を簡易的に調べてみたのですが……底が見えませんでした。僕と同等か、それ以上あるかもしれません」


 …………は? えっ、そんなに?


 あっても、普通の魔法使い程度かと思ってたんだけど。五歳児にしては多すぎる程度の。

 聞き間違いでなければ、国一番の最強魔法使いと同等って言ったよね?


 ……さすがに無理があるでしょ。大げさに言っているだけだな、うん。


「加えて彼女はまだ五歳。未熟な身体と心では、いつまた暴走が起きるかわかりません。こういう言い方はズルくてあまりしたくないのですが……ハウスも危険かと」


 あー、それは困る。とても困る。

 身振り手振りや話し方が大袈裟なのが鼻につくけど。


 というか、なんでこれまでは平気だったんだろう?

 感情を爆発させなかったから、かな。


 ループを繰り返して成熟しきった精神では、嫌なことがあっても感情が大荒れするようなことはない。

 

 ……今回、ついに決壊してしまったわけだけど。

 私って、溜め込んで爆発する厄介なタイプだったんだなぁ。


 でも基本的に、感情を抑えるのは得意だ。今回思い切り発散させたから、もう数百年は平気だと思うよ。


 と、言うわけにはいかないけどね。


「それに僕はずっと、後継者を探していました。これほどの才能の持ち主に出会えたのは奇跡です。どうか、ルージュを養子に迎えさせてください」

「ええっ!? だ、ダメではありませんが、その……エルファレス侯爵家に、ですか……?」


 シスターが驚き、困惑するのも無理はない。私だってものすごく驚いている。


 だって、急に身寄りのない子どもを侯爵家の娘にしたいだなんて言うんだもん。


 それだけではない。彼には息子が二人いたはずだ。確か双子だと聞いている。

 奥様を溺愛する愛妻家でもあり、エルファレス侯爵家は将来安泰だと言われていたはずなのだ。


 しっかり跡取りがいる侯爵家に、ヴィヴァンハウスの娘が後継者として養女に貰われるなんて、大問題でしかない。


 やめてやめて。いくら人生に飽きてるからって、そんな面倒な争いに巻き込まれるのはごめんだよ!


「もちろんそうさ。ルージュ・エルファレス。とても良い響きだと思わないかい?」


 しかし当のエルファレス侯爵はこちらの心配などお構いなしな様子である。

 しかもなんか、一人だけズレている……。名前の響きを気にしている場合じゃない。


 そういえばこの人、王国一の変人魔法使い、という不名誉な呼ばれ方もしていたっけ。納得である。


「あの。おじさんには子どもがいるんじゃないの? 私はいらないでしょ」


 埒が明かない。そう思った私は五歳児とは思えぬ冷めた眼差しを向けながら告げる。


 シスターがギクリと肩を震わせているけど、構うもんか。

 だって、聞きたかったことでしょ?


 ここは幼女に任せなさい。らしからぬ言動ではあるだろうけど、多少の失礼は許されるよ。きっと。たぶん。許して。


「へぇ、知っているのかい? そうなんだよ。うちには双子の息子たちがいるんだ。一人は頭が良くて、一人は運動神経が抜群で。その上、妻に似てとってもかわいいんだ! 自慢の息子たちだよ!」


 今度はでれっとした様子で語るエルファレス侯爵は、子煩悩だということがよくわかる。


 いや、だからそうじゃない。言いたかったのはそこじゃない。


 けど、それならなおさら良好すぎる家庭に亀裂が走りかねない養女を迎え入れてはならないのでは?


 首を傾げて呆れた眼差しを向けていると、エルファレス侯爵はフッと優しい眼差しを浮かべて声のトーンを落とした。


「だけどね。残念なことに二人とも、魔力が一切ないんだよ。魔法使いにはなれないんだ」

「あ……」


 なる、ほど。そういうことか。


 魔力は誰にでもあるわけじゃない。まったく持たずに生まれてくる人も多いのだ。


 ただ、貴族は魔力持ちがほとんどだから意外過ぎるというか……きっと、周囲の声がうるさいに違いない。

 貴族というのは、力のある家を蹴落とすのに余念がない人たちだから。


「エルファレス家を継ぐことはできても、魔塔を継ぐことはできない。だから僕はたくさんの弟子をとっているけれど、実力的になかなかね。ずっと後継者にしたいと思える人には出会えていなかったんだ」


 家門の存続は血筋で決まるけれど、魔塔の主は実力で決まるもんね。うん、理解した。


「今の今までね」


 理解はしたけども。


 やめて、無駄に色気を振りまく流し目を寄越すのは。こちとら五歳の幼女ぞ?


「もう、鳥肌がやばいんだよ。あの大きな魔力を感知してからずっとね。悪人でないことを神に祈ったよ。そうしたらどうだい? まだ五歳の愛らしいレディーだというじゃないか。毎日神に感謝の祈りを捧げたいね」


 またしても気持ち悪い暴走モードに突入してしまったエルファレス侯爵。


 でもね、ダメなものはダメなんですよ。こっちだって下手に希望を持たせるわけにはいかないの。


「私は、後継者になれないよ」


 およそ幼女とは思えないほど毅然とした態度だったと思う。


 暴走モードになった彼の呼吸を一瞬だけ止めてしまうほどの威力を発揮したみたいだから。


「そんなことないさ! 君なら絶対に……」

「なれないよ」

「……」


 何度目だろう、侯爵様の言葉を遮るのは。


 さすがにもう、わざとだと勘付かれたかもしれない。幼女と言えど、罰を与えられても仕方ないね。


「……わかった。その話は保留にしておくよ。でもルージュ。君をこのままヴィヴァンハウスに置いておくのは危険すぎる。ハウスの子どもたちもだけど、君自身も」


 引いてくれた、らしい。表向きは。

 でも私にはわかる。彼がまだ諦めてはいないことを。


 ここで私が、もう暴走は起こりません、感情を抑えられるので、なんて言ったところで説得力はないだろう。

 なにより、シスターがかわいそうになる。私を信じたいと思ってはくれそうだけど、立場的に危険性は無視できないよね、そりゃ。


「だから、うちに来て魔法を学ぶのはどうかな? 僕が君を立派な魔法使いにしてみせるよ。そうして大人になってから、魔塔を継ぐかどうかを決めてもらいたいな」


 大人になってから・・・・・・・・。その一言が、ズシリと重い。


 ぶっちゃけると、魔法を教えてもらえるのはありがたい。必要とされているのは嬉しいから。


 もう、本当に……泣きたくなるほどに。


「わ、かった……」

「うん。協力してくれてありがとう、ルージュ。君には何不自由ない生活を約束するから」


 そっと肩に置かれた手の温もりが、どうしようもないほど切ない。


 あーあ……大人に、なれたらいいのに。


 でも、こんな人生は初めてだ。せっかくだし、満喫するのもいいかもしれないね。


 私は曖昧に微笑んで、差し出されたエルファレス侯爵の手を取り、握手をするのであった。

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