4 なんかすごい人きた


「……ええ、はい」

「……ですか?」


 うー、ん……なんだか話し声がする。


「……そう……ですね」


 シスターの声? 誰かと話しているのかな。


「今朝は、朝目覚めた時から様子がおかしかったのです」


 あ、はっきりと聞こえてきた。えっと、今朝というと……私の話、かな。


「熱があるわけではないのに、酷く震えていて……体調が悪そうでしたので、医務室で寝かせて」


 ああ、やっぱり私の話だ。


 そうだ。魔力暴走を起こして、なんやかんやで安心したら大泣きしちゃって、それで……寝ちゃったのかな、私。

 五歳児の体力の限界、か。


「朝食の後に様子を見に行く予定でした。ですがその前に……」

「魔力暴走が起きた、と。なるほど。朝に震えていたのは、その予兆だったのかもしれませんね」


 あれ。なんだか、今朝のことまで都合よく解釈されている……? というか、男の人の声? 低音の、ものすごく良い声だなぁ。


 一体、誰と話しているんだろう。ヴィヴァンハウスに大人の男の人が来るなんて、里親を希望する時くらいしかないのに。


 あ、もしかして私の里親に?

 ……いや、そんなわけないか。繰り返してきた人生の中で、そんな人は一度も現れなかったもん。


 というか、里親を希望する人自体が少ないし。誰もが自分たちの生活で手一杯で、貴族はよほどの理由がない限り、誰の血を引いているかもわからないような子どもを引き取ったりしない。


 そのよほどの理由だって、きっとろくな事情じゃないだろう。何かに利用されるに決まっている。

 これまでの人生で、貴族の在り方というのも嫌というほど見てきたからね!


 庶民なので知れたのはほんの一面だろうし、偏見だとも思う。でも貴族に良い印象はないんだから仕方ない。


 ハウス育ちの子どもたちは、ほとんどがそのまま自立して、冒険者なり雇われ店員なり、女の子ならそのままシスターになるなどの道に進む。


 というか、それしかないのだ。その日暮らしをするしか、生きる術を持たないから。

 ま、ハウス出身に限らないけどねー。平民ならみんな、似たり寄ったりだ。


「あら、ルージュ。目が覚めたのね!」


 あれこれと考えごとをしながら目を開けてぼーっとしていると、シスターがこちらに気付いたようだ。

 ゆっくりと顔を向けると、近くにはシスターの他に深い藍色のローブを纏った男の人が座っている。この人が、低音イケボイスの主だろう。


「具合はどうかな、ルージュ。頭が痛いとか、気持ちが悪いとかはないかい?」


 とんでもない美形が目の前で微笑んでいる。

 透き通るような銀髪と水色の瞳が神々しくもあった。


 この人、知ってる。一方的にだけど。


 ベルナール・エルファレス。


 エルファレス侯爵家当主であり、魔塔のトップに立つ人物で、王国一の魔法使いと呼ばれる超有名人だ。


 ……なんでそんなすごい人がここにいんの?


「ああ、驚かせてしまったかな。そうだよね、急に見知らぬ男に声をかけられたら、ビックリするよね」


 いや、そういう理由でビックリしているわけではないんだけども。貴方、有名人だし。


 そんなとんでもない美形の男性、エルファレス侯爵はふにゃりとした笑みを浮かべると、私に対して気遣うような言葉をかけてくれた。紳士だ。


 続けざまに、シスターからもフォローの声がかけられる。


「ルージュ、大丈夫よ。この方はエルファレス様。侯爵家のご当主様で、とてもすごい魔法使いでいらっしゃるの。突然起きた魔力暴走を察知して、駆け付けてくださったのよ」


 ええ、知っています。彼のことは。どの人生でも有名人だったし。

 とは言っても、知っているのは名前と顔と肩書きくらいだけどね。


 ちなみに、シスターは平静を装ってはいるが、手が小刻みに震えている。

 だよね。お貴族様ってだけで緊張するのに、こんなすごい人の相手しなきゃなんないなんて。


 卒倒していなくて良かったよ。いや、卒倒しちゃったシスターがすでにいたりして?


 でも、そっか。あの魔力暴走を察知して来てくれたんだ。


 ……街中で、それもヴィヴァンハウスで大きな魔力を感じたら事件かと思いもする、か。


 もしかしたら、私が知らないだけで魔塔の人たちが大勢駆け付けたのかもしれないな。

 それは多大なるご迷惑をおかけした。悪いことした。


 でも仕方ない。あれは不可抗力だ。


「まさかあの魔力の持ち主が、君のような小さなレディーだとは思ってもみなかったから、僕もとても驚いているんだよ。だから、少し君にもお話を聞かせてもらいたいのだけど……いいかな?」


 エルファレス侯爵は、どことなくそわそわとした様子で言葉を続けてくる。


 ……? なんだろう。すごい人のはずなのに、ちょっと親しみがあるような雰囲気。

 まるでプレゼントを前に、早く開けたくてウズウズしている子どもみたい。


「もちろん、今すぐじゃないよ。ゆっくり魔力を回復させて……」

「大丈夫、です」


 彼があまりにも早く話を聞きたがっているように見えたので、失礼かもしれないけど言葉を遮ってしまった。五歳児だから許して。


「もう、起き上がれる……ますから」


 そう言いながら上半身を起こすと、エルファレス侯爵だけでなくシスターも目を大きく見開いて驚いた。


 え、何? なんで?


「あれだけの魔力暴走を起こしたんだ。君は魔力切れを起こしているだろう? 魔力切れはとても危険なんだよ。回復するまで無理をしては……」

「魔力切れは起こしてないよ。たぶん……?」


 慌てたように告げる侯爵の言葉をまたしても遮って首を傾げる。すると、これまで優しげだった眼差しが鋭く光ったように感じた。

 あ、何度もすみません。さすがに不敬だったかな。


「ちょっとだけ、調べさせてね」


 けれど、どうやらそうではないらしい。エルファレス侯爵は怒っているのではなく、心配しているような目だった。


 右手を私の胸の前にかざし、何やら目を閉じて集中している。

 ほわりと温かなものが彼の手を通じて私の全身を駆け巡るような感覚が走った。手を触れているわけでもないのに、不思議。


「……魔力がある。それも、これは……すごいな」


 エルファレス侯爵は左手で口元を覆っている。ただ、口元の笑みが隠しきれていなかった。

 な、なんだろう、この興奮が抑えきれない! みたいな雰囲気は。


 ちょっとこの人、気持ち悪……。顔の良さだけではカバーしきれぬ不気味さがあるな。


「信じられないほど魔力量が多い。シスター、ルージュはまだ五歳だよね? 計測はしたことないのかな?」

「え、えっと、ヴィヴァンハウスの子どもたちは全員、七歳になったら魔力の有無や量を計測します。そのくらいの年齢なら怖がらず、大人しく言うことを聞いてくれますから」

「なるほど、まだ測定していないのか。いやしかし、こんなところでこれほどの才能を見つけるとは……」


 引きまくっているシスターを前に、もはや取り繕うことを忘れたのだろう。

 穏やかな言動は消え、丁寧な口調も忘れ、エルファレス侯爵は早口で捲し立てている。


 あれだ、研究者気質の人ってこんな感じだよね。関わりたくない感じの。


「ルージュ!」

「うわ」


 今度は急に私の両肩をガシッと掴んできたエルファレス侯爵は、目をキラキラと輝かせて私の顔を覗き込んできた。え、こわ……。


「僕の娘になろう?」

「え、やだ……」

「な、なんでっ!?」


 あ、なんか懐かしいなその反応。結婚の申し込みを断った時のリビオのようだ。

 断られるなんて微塵も思ってないこの自信家ぶり。貴族ってみんなこうなのかな? リビオはただの冒険者で貴族ではなかったけど。


「うちに来れば素敵なお洋服もたくさん買ってあげるし、美味しいご飯も食べさせてあげるよ?」


 ハァハァと息も荒く早口で迫る美中年。怖い怖い、怖いから!

 ちょ、シスターも固まってないで助けてよー!


「おやつだって好きなものを用意するから! 甘〜いものとか! 好きじゃない?」

「えっ、甘いおやつ? ……いやいや、ダメダメ。釣られないもん」

「おっ、おやつは有効か」


 ええい、五歳児の本能よ、鎮まりたまへ!

 いや、ここは五歳児を有効活用すべきかもしれない。


 ギュッと両手を握りしめ、胸の前で抱え込むように。

 そして少し猫背気味にして、ちょっと震えてみせる。


「……おじさん、こわい」

「おっ、おじ……!」


 ガーンという音が聞こえてくるようなリアクションだ。そんなにショックだったのかな、おじさん呼びが。ごめん。


 でもいくら美形でも貴方、三十代半ばくらいでしょ? 五歳からみたら立派なおじさんだよ。イケオジだよ。


「ひぇ、ルージュ……! あ、あのっ、どうか落ち着いてくださいエルファレス侯爵様。ルージュはきっと、えーっと、そう! 急な話すぎて混乱しているんですよ」

「はっ、そ、それもそうですね……申し訳ありません。僕としたことが取り乱してしまったようです」


 はぁ、やれやれ。気付いてくれて何よりです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る