3 プッツンしました
みんなが朝の支度を進める中、具合が悪いと判断され、ヴィヴァンハウスの医務室に移動させられた私はベッドに押し込まれて現在、一人絶望しています。
「死んでもダメだった……」
生きる希望がわかない。かといって、死ぬこともできない。
戻ってしまう元凶もわからない。対策さえ練られない。
そこまで考えた時、私の中で何かがプツンと切れた気がした。
ムクッと上半身を起こした私は、ふるふると身体を震わせた後、大きく息を吸い込んだ。
「っ、もう!! 暴れてやるぅぅぅぅっ!!」
こんな風に大きな声を上げたのはいつぶりだろう。もしかすると、初めてかもしれない。
元々、大人しい性格ではあった。なのにこんな運命になっちゃったものだから、余計に冷めた子になっていった自覚はある。
この巻き込まれループについても、落ち込んだり絶望したり、大泣きすることはあっても、基本的に声を上げることはなかった。
静かに一人でしくしくとうずくまっているタイプなのだ。
こうして感情を怒りの方向で爆発させたのは、生まれて初めてだった。
魔力が暴走したのも。
……えっ。あれっ? 魔力が、暴走してるっ!?
ガタガタと室内が揺れ、カーテンがバサバサと音を立てる。
私を中心に暴風が吹き荒れていて、もはや自分ではどうにもならない状態となっていた。
「なにこれなにこれなにこれなにこれぇ……っ!?」
身体から急激に力が抜けていくのを感じる。これは、やばいのでは? と思うと同時に、こんな状況だというのに疑問もわいてきた。
私、こんなに魔力あったっけ?
確かに、生まれつき魔力はあった。でもそれは微々たる量で、ちゃんとした魔法なんて発動さえしなかったのだ。
だからたとえ魔力暴走したとしても、すぐに魔力を使い切って倒れるだけのはず。
はずなのに……!
「何ごと、ルージュ……っ、きゃあっ!?」
異変を察知したのだろう、シスターがドアを勢いよく開けて入ってきた。でもその拍子に、暴風に煽られて廊下の壁に身体を打ちつけて気を失ってしまっている。
ああっ、そんな! ごめんなさい。シスター、無事でいて……!
「と、ま、れぇ……!」
このままでは、様子を見に来た人みんなが同じ目に遭う。下手したら大きな怪我をしてしまうかも。
大人ならまだしも、子どもたちが来てしまったらもっとやばい……!
魔法なんか使ったことがない。だから、魔力の操作も、抑える方法も何にもわからない。けど!
「とまれ……っ」
無駄に百年以上も生きた経験がある。魔法を使っている人を見たことは、たくさんあるでしょ!
「止まれっ」
身体は大人になれなくても、精神は大人だ。やってやれないことはないっ! こんなことくらいで、諦めるなルージュ!
「止まれ!!」
私が叫んだ瞬間、荒れていた風がピタリと止んだ。でもまだ魔力はこの場に留まっているのを感じる。
なんとなく、これをそのままにしておくのも危険な気がした。どうしたものか。むむむ……。
ふと脳裏に、前の人生で起きた出来事が浮かんできた。
宿屋に泊まったとあるお客さんが、入り口付近で魔法植物の
膨張花は魔力を溜めることのできるお花で、一定以上の魔力が溜まると実が大きく膨らんでいく。そしてこれ以上は溜められない、となると実が破裂し、中にある硬くて鋭い刃状の種が周囲に飛び散るのだ。
破裂前の実は薬に使われるので、採集依頼も多い。でも、うっかり魔力をたくさん吸わせてしまうと大事故になる、というわけ。
だからもし、実が膨らんで破裂しそうになった時は、破裂する前に小さな穴を開けるという。
一見、余計に破裂してしまいそうなものだけど、針で刺す程度の穴を開ければゆっくりと内部の魔力が外に出ていって、じわじわと萎んでいくのだ。
あれを見た時は驚いた。そんな対処法があったんだ、って勉強にもなったし。
それをなぜ、今思い出したのかはわからない。
ただ、大きく膨らんだ実が萎んでいくイメージが、この暴走した魔力を抑えるのに役立つ気がしただけである。
あれとは逆に、ゆっくりゆっくり外に出て行った魔力を自分の身体の中に入れていくイメージだ。
膨張花の実が萎む様子の、逆再生みたいな。
「戻れぇ、戻れぇ……」
声に出して言う必要はないと思う。でもつい、口に出しちゃうんだよね。その方がイメージしやすいというか。
そのおかげかどうかはわからないけれど、イメージ通りにゆっくり体内に魔力が戻っていくのを感じる。
これが、魔力か……。今更だけど、初めて魔力というものを意識した気がする。長い年月を経験しているというのに。
「全部、戻れぇ……」
ようやく、最後の一滴が体内に入ったイメージが済んだところで、私はベッドにぱたりと仰向けに倒れ込む。
元々、上半身しか起こしていなかったから、枕が私の頭をぽふりと受け止めてくれた。
いやぁ、驚いた。
……もしかして私、魔法使いになれるんじゃない?
微量すぎる魔力しか持っていなかったから、魔法を使うという頭がなかったよ。まさか自分にこれほどの魔力があったとは。
……いやいや、納得するな。どう考えてもおかしい。おかしすぎる。
どうしてこんなに魔力があるわけ? 普通の魔法使いがどのくらい持ってるものなのかはわからないけど、少なくとも五歳児が持つレベルを超えてると思うんだよ。
確か、魔力は生まれつき持っている量にバラつきがあって、そこから成長するとともに少しずつ増えていくもの、だったよね。訓練の積み重ねでも増えるんだったかな?
だから年配の魔法使いや長命の魔族なんかは魔力量が多いとかなんとか。
「……まさか」
今しがたヒビが入ってしまった天井を見上げながら、小さな声を漏らす。
もしかして。これまでのループ人生分、魔力は引き継いでいた、の……?
そう考えれば納得できる。もはや百年以上は体感として生きているから、最初は微量な魔力でも、ひたすら積み重なって増えていたのなら多くもなるよね。
だとしても、やたら多すぎる気はするけど。そこはあんまり深く考えないでおく。
いずれにせよ、原因はループにあるに違いない。
これは嬉しい、かも。
だってさ、五歳に戻る度に全てがリセットされていたんだよ? 体力も、筋力も、人間関係も全て!
引き継げるのは記憶と頭脳くらい。それすらも五歳の頭には限界があるからか、全てを思い出せなかったり読み書きが少し不自由になったりするほどなのだ。
まぁ、成長とともに思い出したり、できるようになるから別に問題はなかったんだけど。
魔力は。魔力だけは、ひたすら引き継いで、コツコツ積み上がっていたってことだもん。
魔力だけは私とずっと一緒にいてくれたってことでしょ?
これがあるから、このループが悪夢ではない、現実なんだと実感できる。
これまでの私が確かに存在していて、ちゃんと生きてきたのだという証になる。
じわりと目頭が熱くなってきた。視界がぼやけて、涙がポロポロ流れ落ちていく。
「ぅ、わぁぁぁん……!」
声を上げて泣いた。
別に現状が変わるわけじゃない。魔法が使えるようになるからって、この繰り返される運命が終わるわけでもない。
それでも、証がある。ただそれだけで嬉しくて仕方なかった。
ずっと感じていた孤独が、ほんの少しだけ埋まった気がしたから。
「ルージュ! ルージュ、大丈夫!?」
「ああ、怖かったのね……もう大丈夫よ。ええ、きっと大丈夫」
シスターたちが駆け寄ってくるのがわかった。
大泣きする私を見て、魔力暴走が怖くて泣いているのだろうと都合よく解釈してくれている。
五歳児の精神がシスターたちに両手を伸ばし、胸に抱かれてしがみつく。
守られるように抱き締められて、ほぅと大きく息を吐いた。
彼女たちの体温が、今まで以上に安心を与えてくれる気がした。
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